2章3話:フミーとバニーガール
監獄を後にし、飲食店で昼食を済ませ、やってきたのは図書館であった。
「ちゃんと、静かにしろよ。ここの司書怒るとおっかねーからな」
入る直前、立ち止まってフミーへ注意をしてきた。
怒らせたことがあるのか、怒ってるとこを見たことあるのか、どっちなのだろう。
言われずとも図書館では静かにするので、フミーが怒られることはないだろうけれど。
余計なことは言わずに頷き、図書館へ足を踏み入れる。
「——っ」
本棚が、先が見えないほど縦横規則的に並んでいる。
フミーが幽閉されていたのがこの空間だったとしても読みきれない、圧倒的物量。
本だらけの空間とは、読書家にとって夢のようだが、これほどまでだと怖さも感じる。
それでも尚、広がる光景に釘付けになった。
立ち尽くすフミーとは違い、迷いなく奥へ進んでいくリーゼに我に帰った。
その足取りから、何度も来ていることは明らかだ。
自由に見て回りたい気持ちを抑え、入り口のカウンターに座る司書さんへ会釈してから、リーゼへ着いていく。好き勝手に歩いてしまえば迷子になってしまうだろうから。
「あった」
ある地点で立ち止まり、リーゼは小声で呟く。
数分歩いたはずだが、すれ違った人はおらずだ。
「……」
本を抜き、パラパラとめくるリーゼ。
その本を横から覗き込むと、お菓子の絵が載っていた。さらに、材料や作り方も記載されてある。
「レシピ本……」
「店に新メニューをそろそろ追加したくてな。参考になるもん探してんだ」
イマイチだったのか本を戻し、その隣の別のレシピ本を取り出しながら、フミーへ説明した。
リーゼは喫茶店を経営している。働いたことのないフミーにとって、仕事に向き合う様というのは輝かしい。
「なんで喫茶店を選んだの?」
「んあ? ……なんでだろうな。聞かれてもわかんねーよ」
本のページを目で追いながら、リーゼは答える。
数ある職種の中から選んだ以上、何かあるのかと思ったがそうではないらしい。
組織にいた理由は金と言っていた。
だけど、森の高台にあるあの喫茶店が繁盛していうとは考えにくい。
職業を選ぶ最大の理由であったはずのものは今はなく、曖昧に選んだ。
そういうことも、あるのか。
「フミー、プリンとパフェならどっちか選べ」
「その二つなら……パフェかな」
「そうか」
答えを聞いて、パフェのレシピが載ったページをじっと眺めてから、本を閉じた。
そして、そのまま元の場所へ戻す。
「借りてかないの?」
「おおよそは頭に入ったし、必要ねぇ」
そう言って踵を返した。感心しながら、フミーもそれに続く。
全然本は読めなかったが、こんな空間へ足を踏み入れられただけで満足だった。
———
図書館を出てからは王都内をぶらぶらと散策する。
その最中、変な銅像を見つけた。
兎が札束風呂に入り、ご満悦な表情をしている像だ。シュールである。
その正面には暗い裏路地が続いている。
二人で顔を合わせて、進んでみることを決意。
狭い道であり、リーゼを先頭に一列で歩く。
「……ほー」
「行き止まりだね」
しばらく歩いたところで壁が道を塞いでいた。
凸凹も傷も一つもない灰色の綺麗な壁だ。
この裏路地で不自然なくらいの存在感を放っている。
そう、
「「不自然」」
リーゼと声がハモった。
この壁の正体、それは、魔法が一切使えないフミーですら見抜けるような魔法により作られた雑な置物である。
魔法製の物体というのは、見た者に違和感を与えやすいと前に父様から教えてもらった。ベテラン魔法使いともなるとそうじゃない物も作れるらしいが。
「これ、魔法製の割に魔法耐性ゼロだぞ。ちょっと魔法ぶち込むだけで壊れるんじゃね?——えいっ」
そう言って、掌でペタリとへ壁に触れると、掛け声と共に魔法の光が溢れ出す。
ドガアアアアアアァァァァァァン!
低い鳴き声を上げながら、壁は一瞬にして崩れ、地面に落ちた残骸は霧散していった。
スピーディーで派手な絵面であったが、早くもその先にあるものに意識が奪われる。
——『〈カジノ〉casino』
金ピカの文字が掲げられた店があった。
———
赤く長い耳に対してふわふわした丸い尻尾は白い。
カジノにいる、兎モチーフの衣装に身を包んだ者といえば、それは一つしかない。
フミーとリーゼを出迎えた者は、そんな赤いバニーガールと煌びやかな空間である。
「初見さんですか?」
「ああ、そうだな。ここカジノだろ? ウチ子供連れだけど大丈夫か?」
子供というのはフミーのことか。やはり、159歳ということは信じてもらえていないようだ。
かくいうリーゼは何歳なのだろう。
「年齢制限はありまんよー。辿り着いた方は基本誰でも歓迎! それが、ここのルールです」
「あの壁を壊して辿り着いた奴ってことか」
「別にー、壊さなくてもいいんですよ。テレポートで来た方もいらっしゃいますし、空からだって来れます。ただ、ある程度お客様を厳選したいので、壁は設置させてもらってますが」
ウサ耳を揺らしながら、愛嬌を演出するかのように、自身の唇に人差し指を当てながら話す。
「それはそうと、利用されるなら説明受けてもらって、契約書にサインしてもらいまーす」
そこからは、お金をチップへ変換する、景品が色々ある、換金ももちろんできる、店内での乱闘は禁止、と言った基本的なことを教えられた。
二人して契約書に同意のサインをする。
リーゼはバニーガールに説明を受けても尚、契約書をじっくり読んでいて意外にも慎重であった。
ちなみに、ルールを破ると恐ろしい魔法の刑になるのだとか。
フミーはお金を持ってないので、リーゼから借金する形でチップを貰う。大人になって働いた時に返せと言われたので、明日にでも働き先を見つけて返さなければ思うところ。
だがそれも、華やかで豪勢なカジノを見渡すと考え悩むのは無粋に感じ、今は忘れることにする。
ギャンブルの要素がある小説もいくつか読んだことがある。
幽閉されていたら絶対できないことであり、だからこそやってみたい願望が芽生えるものだった。
だから今、フミーはとても浮き足立ちワクワクしていた。
「せいぜいチップ0にしないようにな」
そう言い残して、リーゼはポーカーの席へ。
ポーカーだけにポーカーフェイス大事だと思うが、意外と表情豊かな彼女は大丈夫だろうか。
フミーは最初に何をやるか迷ったが、ブラックジャックが目に付いた。
カザミショーヤともやったことがあり、実戦経験がある。
「あら、お嬢ちゃん、やってくのね。ルールは知ってる?」
「うん!」
4つある席の内の一つに座る。
ディーラーは黒いバニーガールの女性だ。
自分以外に座っている人がいないのだから、彼女との一対一になる。
「どれくらい賭ける?」
リーゼから渡されたチップは30枚だ。ちなみに、リーゼも同じ数である。
たくさん賭けてたくさん稼ぐ、そんなギャンブルの醍醐味には憧れるが、最初のうちはあまり賭けない方がいいだろう。
「5枚で!」
「りょ〜かい」
5枚のチップを出すと、ニッコリ笑うディーラー。
ブラックジャックを簡単に言えば、トランプの合計点が21を超えないようにしつつ21にディーラーよりも近づける。といったところか。
カードを追加するかどうかの塩梅が難しいゲームだ。
「じゃあ、さっそくカード配るわね」
——1回目、初期手札が20でスタンド、ディーラー19で、フミーの勝利。
——2回目、初期手札が18でスタンド、ディーラー23でバースト、フミーの勝利。
——3回目、初期手札が16でヒットし19、ディーラー20で、ディーラーの勝利。
——4回目、初期手札が21でナチュラルブラックジャック、ディーラー15で、フミーの勝利。
——5回目、初期手札が17でヒットし20、ディーラー18で、フミーの勝利。
——6回目、初期手札が19でヒットし21のブラックジャック、ディーラー20で、フミーの勝利。
——7回目、初期手札が18でスタンド、ディーラー17で、フミーの勝利。
——8回目、初期手札が9でヒットし18、ディーラー19で、ディーラーの勝利。
——9回目、初期手札15でスタンド、ディーラー25でバースト、フミーの勝利。
——数回、いや数十回も続け、相変わらず賭けるチップは少ないが、徐々に徐々に増えていく。
「お嬢ちゃん、運が良いのね。……いいえ、直感かしら。一度もバーストしていないわ」
バーストとは手札の点数が21を超えることだ。これになると、自動的に相手の勝ちになってしまう。
だからこそ、手札を追加するかどうかの塩梅が難しいのだけど、バニーガールのお姉さんが言う通りフミーはバーストしていない。
ヒットするかどうかは完全になんとなくの判断であるが、これが直感ということか。
ちなみにヒットとは、追加でカードを引くことである。バーストといい用語が色々あるのが面白いところ。
そんなこんなで、チップを100枚まで増やした。
次はもっと賭けるチップを多くしてみよう。
「お姉さん、チップ20、ベット」
「ふーん、今さら自信湧いちゃったのかしら」
かくして、ブラックジャックだけで500枚稼いだ。
「これだけあれば、何か景品と交換できるかな」
増えたチップを見ながらぼやくフミーに、ディーラーのバニーガールが反応する。
「いくつかできるわ。私のおすすめは——」
———
「ああぁ……クソッ! 一回1000枚までいったのに残ったのは300枚かよっ……!」
不満気に首を掻きむしるリーゼ。
「元手よりは増えたしいいじゃない。何か景品と交換するの?」
「欲しいもんなかったし、換金した。てか、お前こそ何か交換してたな」
「ああ、コレね!」
手に持っていた物を掲げた。
ディーラーのバニーガールにおすすめされ、自分でもピンときた物である。
「本……いやノートか……?」
「日記帳にするの」
日記でそれまでの出来事を記録しすれば、再会したカザミショーヤへフミーの物語を語る時に便利だと思ったのだ。
記憶力にも限界もあることだし、記録を残すのは大切だ。
しかも、特別性のノートであり、経年劣化することもなく、付随している革のカバーは盾代わりになるくらい丈夫らしい。さらに、持ち主追跡機能があり、必要になった時引き寄せられるんだとか。
さらにさらに、ページ数は1000ページで、ちょっとした辞典レベルだ。毎日1ページ書いても1000日保つ。
「今日さっそく使うんだーっ!」
その場で跳ねるご満悦なフミーに対し、リーゼは微笑を浮かべ、そのまま二人はカジノを出た。
昨日のことも書きたいのに、すでに今日、書かなければならないことがたくさんある。
出来事だけではなく、感じたこと、考えたことを書き残したい。




