2章2話:フミーとリーゼとドットルーパ
王都には監獄があり、自警団が捕らえた者も多くはそこへ流れ着くのだそう。
「面会受付終わったぞー。ボディチェック受けたら進んでいいってよ」
フミーはリーゼへ言われるがまま、監獄へ来ていた。
ボディチェックを受け、看守立ち合いの元、面会が行われる。
弱い光が照らす通路を歩き、ドットルーパのいる檻へ。
「よお、久しぶりー! ……でもねぇか」
「リーゼか。一体何の——って何でフミーのお嬢ちゃんまでいるんっすか〜」
「昨日ぶりだね!」
気さくに声をかけるリーゼにドットルーパは顔を上げた。
それからフミーに気づいた彼に笑顔で応じる。煽ってると思ったのか、彼は苦そうに口を曲げた。
首を絞められた跡はもう消えているし、フミーは彼への悪感情などないのに。
手錠と足枷がされ、あぐらをかいているドットルーパが柵越しに見える。
この監獄では囚人服がないらしく、マントを外している以外は、前に会った格好のままだ。
顔つきも以前と変わらず、大きく鋭い瞳で八重歯を光らせている。
「悪かったな。お前らの根城教えたのウチだわ」
「そうだろうな。で、無意味に謝りに来ただけっすか〜?」
「用があるのはフミーの方な」
リーゼがフミーを親指で示すのに対応し、一歩前へ出て、檻へ近づく。
「死者蘇生について知ってることない?」
「……」
前置きなど不要に、本題へ切り込む。
何も答えないドットルーパに、いささか唐突すぎたか、と考えたのも束の間、彼は鋭い瞳をさらに鋭くし、それをリーゼへ向けた。
「リーゼ、あんた教えたのか」
「不老不死の吸血鬼だから何か知ってるんじゃないって言っただけだぞ。怒るなよ」
特徴的な喋り方をせずに彼はリーゼへ問いかける。背筋が凍るようなその視線を向けられても、リーゼは平然といつも通りに言葉を紡いでいた。
何か、フミーにはわからない意図が含まれてる会話だ。その中で微かにピリついた空気だけは、肌で感じる。
しばらく睨み合った後、ため息を吐いて、ドットルーパはフミーへ向き直る。
「残念だけど、オイラはそんなの知らないし、興味ないなあ。むしろ、不老不死で死にたくてしょうがない身だし、そのために組織に入ってたんっすし〜」
フミーの質問かわし、代わりに組織へいた理由をぼやく。
嘘は言っていない気がする。なら、リーゼの当てが外れたのか。
いいや、リーゼがわざわざ連れてきてくれた機会だ。これだけでは終われない。
「なら、知ってそうな人に心当たりは?」
「———。リーゼ、本当にこいつに何も教えてないっすか〜?」
「そうだっつってんだろ。お前から聞いた方がいいだろうからな」
フミーがドットルーパに問い、ドットルーパがリーゼへ問う。それを、リーゼはぶっきらぼうに対応する。
「あーー。しょうがねぇっすね〜」
頭を乱暴に掻き、手首に付いた手錠をジャラジャラ鳴らした。
「組織『テーキット』は生について研究していた組織、ここまではいいっすね〜?」
「え……『テーキット』って名前だったの!?」
「知らなかったっすか〜」
これまで暗に『組織』としか呼ばれてなかったが、ここに来て正式名称を知ることになるとは。
しかも、その名は聞いたことがある。
ネオンの研究所と同じ名前だ。
その疑問を投げかける前に、ドットルーパが続けて口を開く。
「その『テーキット』の最終的な目的は——死者蘇生。これも知らないっすね〜?」
「!!」
それは、奇しくもフミーが目指しているはずのものだった。
フミーが驚きで固まる中、横にいるリーゼは平然としていてそれが事実なことを示している。
「組織内でも一部の奴しか知らなかったことっすよ〜。で、何故そんなことを求めてるのかって言ったら、もちろん生き返らせたい相手がいるから。……『テーキット』を作ったの組織ボスに、ね」
「……」
名前も知らない、組織『テーキット』のボス。
その人が作った組織のせいで、フミーは幽閉され、父様は死んだ。
だけど、自分と同じで生き返らせたい相手がいるのだと思うと複雑な気持ちだ。
正直に言ってフミーは、カザミショーヤを生き返させられるなら、見ず知らずの人の犠牲を厭わないかと言われると、否定であれ肯定であれ即答はできない。
カザミショーヤを生きかえらせることが目標だが、それまでの道は定まっていないのだ。
だから、同族嫌悪も、同情も、親近感も、怒りも入り混じった感情が、会ったこともないその相手に湧いてくる。
「まっ、オイラは、オイラが楽に死ぬ方法以外興味ないんでー、組織の人間ほとんど死んでる今、その『ボス』に聞くのが手っ取り早いんじゃないっすか〜」
「生きてるの……?悪い組織の親玉ってすぐに処刑されるイメージなんだけど……」
お馴染みの本で得た知識である。組織が壊滅している以上、頭はもういないのではと思う。
「吸血鬼だから死なないし、処刑とかできないんっすよ〜」
「えっ、ドットルーパと同じなんだ」
「オイラの母親だからね」
「……。そう、なんだ」
何故、最初からこの話をしなかったのか、何故、リーゼがドットルーパから聞いた方がいいと言っていたのかがその一言で納得できた。
ドットルーパはケロリとしていたが、その瞳はどこか空虚であり、親子間の複雑性が感じ取れた。
「待て待て。確かに処刑はされてないが、王城の地下で凍結されてるだろ」
途中から口をつぐんでいたリーゼが入ってくる。
「なら、解凍すればいいだけっすよ〜」
「あのなぁ……、二度と解く気ねぇくらいに何重にも封印用の付与魔法がかかってるって話だぞ。警備だって厳重だろうし」
「方法がないものなんてこの世どこにもないと、オイラは信じてるっすよ〜」
「……」
気安く提案したドットルーパに反論するリーゼだったが、彼が信条を口にすると押し黙った。
「それに、何のためにオイラがあいつを攫ったと思ってるっすか〜」
「あいつってリク……?」
「そうそう、そんな名前のやつ」
攫ったという言葉にフミーが反応し、心当たりを口にすると肯定される。
ドットルーパの部下二人の元にいたのだから半ば確信していたが、リク誘拐の首謀は彼であった。
そして、リクの能力に関しては今朝聞いた。
直接触って見たもの、の性質がわかり、分析ができる力。
「リクの能力があれば……」
「時間はかかるかもしれないが、間違いなく封印が解ける。……どうですか。これが、オイラの心当たりっすよ〜」
「……ありがとう。教えてくれて」
ドットルーパの話は、初めて知ることがたくさんあった。
けれど、彼の言う通りに『ボス』の凍結を解きたいと思えるほど、軽率にはなれない。
「誘導が下手くそだな」
「誘導だなんて、侵害っすね〜」
「かっ。組織の再結成に『ボス』は不可欠。でも投獄されちまって身動き取れねぇから、フミーに頼んでんだろ?だがな、フミーが乗ってもリクは乗らねぇから無理な話だそりゃ」
リーゼに思惑を推理されるも、平然としているドットルーパ。
フミーにも、解凍をさせたいんだろうことは伝わってきているが、リーゼに言及されても動じない以上それほど強い望みではないのか、はたまた、他にアテがあるのか——。
「フミー」
推理しようとしたフミーの思考は、ドットルーパに名前を呼ばれ停止する。
「死者蘇生について知りたいってことは、あんたにも生き返らせたい相手がいるはず。家族っすか〜?」
「好きな人だよ」
それはきっと、フミー自身に興味を持った裏のない質問である。
カザミショーヤを思い浮かべて笑顔でサラッと返したが、ドットルーパは眉で皺を刻んだ。
それが面会最後のやり取りだ。