第14話 競争
「本当にお祭りみたいになっちゃったわね」
「それでいいんだよ。バカ騒ぎは皆好きだろ」
冒険者ギルドの掲示板には『石運びレース』の詳細が記載された大きな紙が掲げられ、冒険者達が群がっていた。
「優勝賞金は金貨10枚!? 副賞は高級魔道具!?」
予想以上の大盤振る舞いだ。金貨10枚となると、C級冒険者の平均年収2年分。となると、冒険者が湧かないわけがない。
「こんなの私が出たいわよ! ……勝ち目ないけど。ルークは出ないの?」
「S級は参加不可。勝負にならなきゃ誰もでないだろ」
「言うわね~!」
確かに、ルークが出れば他がやる気をなくしてしまう。出来るだけ多くの冒険者に参加してもらって、なるべく多くの石を運んでもらわないといけないのだ。
「レースも何種類かあるのね」
団体レース、重量級レース、個数レース、そして個人レース、主催側の魂胆が見え見えだ。だがもちろん参加受付場は賑わっている。2位以下の賞金もよく、尚且つ参加賞もあった。それだけコストをかけたとしても、このレースは職人ギルドや領にしてみると、かなりお得に石材を街まで運び込むことができたのだ。なんせ賞金や副賞は王族が出してくれている。それだけで予算としてはかなり浮いたのだ。
(車があればねぇ)
この世界にまだ車はない。運搬といえば馬車や牛車が主力である。魔道具の最先端をいくクラウチ工房のウィリアムに何故作らないのか尋ねた時、まさかの答えが返ってきた。
『実は私、前世で免許を持っておりませんで……家電は大好きだったんですが、車にはあまり興味がなかったんです』
今もあまり……と、小声で言った言葉をトリシアは聞き逃さなかった。
『あ、でも! 重い家電の荷下ろし用の装置は今考えているんですよ~!』
ニコニコと次の楽しみを語っていた。彼は前世、生まれも育ちも大都会だったらしく、車という移動手段がなくても特に困ったことはなかったようだ。
(まさかウィリアムさんの前世がこの世界の発展に関わることになるなんて)
情熱は時空を超えて。今回の副賞の魔道具はクラウチ工房の新作だった。
◇◇◇
レース会場は南門の外。この辺りは大きな街道があり、遠くの方まで見渡せる。街道全体が見える城壁上の通路が解放され、また小高い丘に観覧席もつくられ、多くの観客が陣取っていた。もちろん出店もできており、店番達がレースが始まるのを今か今かと待っている観客に声をかけている。今日一番売れているのは双眼鏡で、価格の高いものはスタート地点である採掘場までよく見ることができた。
(採掘場から南門までは途中に障害物もあんまりないしね)
ただし、高低差はあるので重いものをもって移動するのは一苦労だ。
運搬用の荷車がずらずらと採石場に並んでいる。レース用なのか、少々小さめだ。今回、これを使っても使わなくてもどちらでもかまわない。さらに言うと馬も牛も利用が自由だ。運搬の手段は問われない。唯一、故意に他の参加者の妨害することは禁止されている。
(絶対に今日、岩をたくさん移動させるぞ! っていう運営側の思惑を隠す気ないのね)
なんでもいいから、とりあえず運んでくれたらそれでいい。そういうことだとよくわかる。
「なんだ。結局裏方か」
本日の仕事場に向かう途中で久しぶりにルークと会った。というより、ルークが人ごみの中、目ざとくトリシアを見つけて駆け寄ってきたのだ。
「だってこれに関しては勝ち目ないんだもん。こっちで稼ぐ方が確実よ」
ルークはこのレースが決まってからバタバタと動き回っていたので、トリシアとちゃんと話すのは久しぶりだったからか、どうも口元が緩んでしかたがない。にこにことご機嫌そうにトリシアには見えた。
(ルークもお祭り楽しいんだな~)
トリシアは今回のお祭りの救護所対応としてギルドに雇われている。
「ルークも審判役でしょ! よく引き受けたわね」
「たまにはこんなのもいいだろ」
最近のルークはこれまでと違い、興味があることもないことも積極的に挑戦している。一番恩恵を受けているのは冒険者ギルド、特にアッシュだった。ルークは器用になんでもこなした。エディンビアにやってくる冒険者が増えたことによって発生するアレやコレやの問題を処理するのに、ルークはぶーぶー言いながらも手を貸していた。
そうしてひと仕事終えて巣に帰り、『ただいま』とトリシアに声をかけることが何より幸せだった。
「ハービーと双子も治安担当で今日も出払ってるぞ」
「すごい人だもんね~あ! 城門の方にノノがいた」
「じゃあハービー達は丘の方だな」
オーイ! とトリシアが手を振るとノノはすぐに気が付き手を振り返してくれている。少し離れたところにいたリリも同じくすぐにトリシアに気が付いて、焦るように猛スピードでブンブンと手を振っていた。
ハービーとケルベロス、それから双子はここ最近、冒険者が増えすぎたため悪化した治安を守る役目を、冒険者ギルドと領主双方からの依頼で引き受けていた。と言っても酷いのは冒険者街なので、ハービー達も双子も、ダンジョンへと向かういつものルートを少し遠回りしてできるだけ練り歩くようにする程度ではあったが。
(依頼って銘打ってもらってると動きやすさもやる気も変わるしね)
彼らの仕事のメインは、冒険者同士の喧嘩を彼らが大怪我をする前に止める役割だった。ケルベロスも双子も喧嘩しているどちらかに肩入れすることはない。公平なのだ。だから余計な恨みも買いにくい。
双子もハービーもこの役目を打診された際、頬が赤くなった。頼られたことが何より嬉しかったのだ。こういう依頼は、コミュニケーション能力に劣る自分達には決してまわってこないと思っていたからこそ張り切っている。
「さっきピコとダンにあったけど、ピコはだいぶ貢がれてたぞ」
「アハハ! そりゃあピコは可愛いから」
ダンとピコは親子でこの祭りを楽しんでいた。ダンも最近忙しい。エディンビアにやって来たばかりの勝手がわからない冒険者や新人冒険者の面倒を見ていたのだ。兄貴分として多くの冒険者に慕われ始めていた。その愛娘であるピコもそれはそれは可愛がられている。
「じゃ、そろそろ行くな。終わったら夜は屋台回るぞ」
「そうね! それを楽しみに頑張りましょ」
今日は長丁場になる。朝から4レース。参加者は何レース参加しても構わない。ヒーラーを活用して全レースに調整するもよし、1レースに全力投球するのもよし。何位であろうと採掘場から石を運び終えたら、参加賞としてエディンビアの食堂で利用可能な『晩酌セット』の食事券が1週間分貰えるのだ。
(全レース参加したら1ヶ月夕飯には困らないってことだもんね)
冒険者街の一角にその食券が使える大きめの食堂を臨時で作り、冒険者の食事処不足解消も担っている。
今回のお祭りの為に、いつもの中央広場では大きな舞台が作られており、優勝者は今晩、そこで改めて表彰される。一躍ヒーローになれるのだ。
「トリシア~今日は頼むぞー」
「はーい!」
アッシュが救護用のテントから手を振っているのが見えた。ゴールエリアに近い丘の上。馬も用意されているので、途中で何かあればトリシアは久しぶりの乗馬が待っている。
「おーうトリシア! 久しぶりだな。儲かってるみたいじゃねぇか」
「それはお互い様じゃないですか~」
無精髭の男がアッシュの後ろから出てきた。男の名前はダグラス、西門の側、冒険者街で治療院を開いている。元C級冒険者のヒーラーだ。この街で一番冒険者の治療をしているのは彼になる。
アッシュは、よろしく頼むぞ、と声をかけるとどこかへと行ってしまった。ギルドマスターもなかなか大変そうだ。
「西門の方には来てくれるなよ~! 患者とられちま~う!」
トリシアに向かって、わざとらしく眉をよせながらダグラスは不安そうに話しかけるが、そんなことほんの少しも心配がないほど、彼はエディンビアにはなくてはならない存在だ。
西門側に開業するほとんどのヒーラーは、稼ぐだけ稼ぐと、治安の良い他所の街へと出て行ってしまう事が多い。荒くれ者を相手にするより経験を積んで一般向けに治療院を開く方が、非力なヒーラー達は長生きできると感じがちだ。そんな中で彼はもう15年近くこの街で冒険者達を治療し続けている。
「怪我人少ねぇといいな~今日くらい休みてぇよ」
「まぁ、ギルドからすでにそれなりに貰ってますからねぇ……」
溢れた冒険者の治療に追われて、ダグラスはお疲れ気味だ。今日はほとんどの冒険者がダンジョンではなくこの祭りに来ているので、気分転換も兼ねて救護係を引き受けていた。
(相変わらずこの街はヒーラー不足ね)
だが最近ようやくヒーラーが集まり始めている。エディンビアでのヒーラー需要の大きさが徐々に知れ渡り、報酬の良さと仕事と経験を求めてポツポツとやってきていた。ダグラスの連続勤務日数もあと少しで止まるだろう。
◇◇◇
最初は団体レース。各パーティは早目にスタート位置につき、切り出された岩々の中から、どの石を持っていくか相談している。あらかじめ切り出された石はどれも大男1人分はあった。
「あの岩、三分割までは許されてるんですっけ?」
「そうそう。ある程度デカい状態で運んで、後で加工するんだと」
トリシアは双眼鏡を覗き込んでいた。王都で買った魔道具だ。小さくて軽いがよく見える。
「剣がボロボロになりそう」
「だから俺らみたいに、職人ギルドが武器職人に金出してんだよ」
少し離れたところに武器職人達が待機しているテントが見えた。どうやら今日の参加者に限り、通常より安く武器の修理を受け付けているらしい。
(あ。切り出し用の魔道具の貸し出しもしてる)
「皆協力的なんですねぇ」
「現状がヤベェのは街中わかってるからなぁ」
「あ! 武器も売ってる!」
「この際新しいの買えってことか~? あの商売っ気は見習わねぇとなぁ」
ファンファーレが鳴り響いた。急に決まった祭りのわりになかなか豪華な演出だ。
「始まった!」
甲高い鐘の音と共に花火が打ち上がった。遠くから雄叫びが聞こえてくる。
「おお! やっぱり魔術師のいるパーティが強いな」
ダグラスもいつの間にか双眼鏡を取り出していた。トリシアのものより大きくて古い。彼が冒険者時代に使用していたものだった。
「やっぱり荷車は皆使ってるなぁ」
「この距離だからなぁ~よっぽど魔術に自信がねぇと……」
たとえ魔術があっても重たいものを運ぶのは大変なのだ。魔術は発動より維持が難しい。それが難なく出来るのは極一部の魔術師だけだ。なので今、どのパーティの魔術師も持ち上げるだけでも苦労している姿が観客には見えている。それでも人力よりはマシだが。
「今回は賞金もいいけど、副賞の魔道具がいいよな。俺も現役なら欲しい」
「保温マントいいですよね~これから寒くなるし」
それはホットカーペットと同じような機能を持つ外套だった。軽くて圧縮も出来るので持ち運びに便利。もちろん性能がいい。
クラウチ工房の冒険者向けの人気の魔道具で、手に入れるのは実はかなり難しい。
(流石王族、よく手に入ったわ)
と、トリシアは思っているが、実際のところクラウチ夫妻はこの街に住むトリシアの役に立つのならと急ぎ増産してくれたものだった。
「おお! 一騎打ちだぞ!」
ゴール前のストレートコースを走っているのは2組。後方にはぞろぞろと何組もの冒険者達が見える。どちらのパーティも荷馬車に乗り込んでいるのは1人だけ。ほぼ並んでゴール目指して走っている。が、その時片方の冒険者が手を前にかざした。
「遠隔ヒールだ!!!」
荷車を引く馬にヒールをかけ、疲労を取り去ったのだ。
結局それが決め手となって、団体レースで優勝したのはC級に上がりたてのパーティだった。
トリシアもダグラスも飛び上がって喜ぶ。日頃は目立たないヒーラーが、これほど拍手喝采を浴びることがあるだろうかと。
「いや~ヒーラーが日の目を見ると嬉しいですねぇ~!」
「よくやってくれた! 今夜はいい酒が飲めそうだ!」
トリシアとダグラスはドヤ顔で続々とゴールに運び込まれる大きな岩を見ていた。