第15話 勝者
さて、次のレースは長期戦。個数レース、主催側からすると本命の試合だ。1チーム10名までが協力して、制限時間内によりたくさん運んだチームが優勝となる。
「10人か~優勝しても1人金貨1枚になっちまうな」
ダグラスは双眼鏡でスタート地点に集まる数多くの冒険者を見ていた。トリシアも彼も、つい先ほどまで、1つ前のパーティレースに参加していた冒険者の疲労回復をおこなっていたが、回復するやいなや、冒険者達はまた急いで会場まで戻っていった。
「何を言うんです! 1時間石を運んで金貨1枚なんて依頼、どこにもないですよ!」
トリシアも同じく双眼鏡で見ていた。冒険者達がワイワイと楽しそうに話し合っているのが見える。このレースに参加している冒険者達はどちらかというと、優勝より参加することに意味がある、ただ騒ぎたい! という風に考えていたが、先ほどの試合の盛り上がりを見て俄然やる気が湧いたようだ。
「負けても時給が夕食1週間分なんて、報酬としては十分!」
4レース中、このレースの参加者が1番多い。他の冒険者パーティと組むちょっとした楽しいイベントになったようで、レースの詳細が公表されてからあちこちで盛り上がっていた。人数が多い分、可能性も広がる。また憧れの冒険者、気になるライバルと共闘できるイベントなどなかなかない。
人気のある冒険者は取り合いとなり、冒険者街では変な修羅場が生まれ、双子やケルベロスが仲裁に入った。一番多かったのはダン。彼の自称弟分達がダンを誘う以前から、我こそが彼と共に勝利をえるのだと揉め始めたので、ギルドにはレース不参加者としてダンの名前が記載される羽目になった。
『なんでこんなことになってんだ……?』
元々レースには参加せず、ピコと祭りを楽しむつもりだったダンは、自分のいないところで自分を巡って争いがおこっていることを知り、ただポカンとした顔をしていた。
「個人の有名どころはあんまり出てないのはそのせいか?」
ダグラスは双眼鏡を覗き込みながら、スタート地点にいる冒険者達の顔を見て名の売れている冒険者の姿があまりいないことに気が付いた。揉め事を避け、早目からこのレースを辞退し、ダンの名前の下に何人か同じように名をつらねたのだ。
「そうみたいですね。あと、やっぱりヒーローになるなら個人レースか重量レースですから」
冒険者にとって意外と知名度は重要視されている。指名依頼に繋がることもあるからだ。そういう売り込みの場としても、十分な御披露目の場となる。
「ま。確かに俺らと同じで、第二の人生、金持ちのお抱え護衛ってのは美味しいからなぁ」
先ほどと同じようにファンファーレの音、甲高い鐘の音が鳴り響きレースはスタートした。
「おお! まとめて運ぶ派と往復する派に分かれてる!」
「やっぱ分担作業だな~」
(なんか……何かを思い出すんだけど……なんだっけ……)
わらわらと駆け回る冒険者達を遠目でみながら腕を組み、うーんと唸りながらトリシアは考える。
「あ! 運動会か!」
「運動会?」
本気だったり、ただ楽しんでたり、とりあえず仲間に引っ張られて出場したからやっているだけ……という雰囲気の冒険者もいる。
「一括りに冒険者と言ってもいろんな人いますね~こんな風に観察できることもなかなかないですし」
「確かに。こんな余裕ぶっこいて冒険者の大群見ることなんてないからな」
2人は昨年起こったスタンピードのことを思い出していた。誰も命を張っているわけではない。参加者も観戦者もただ各々が楽しんでいる。
レース中一番盛り上がったのは、小競り合いから生まれた冒険者同士の乱闘騒ぎだった。審判役のルークによってあっという間に鎮静化したが、もっとやれー! という野次があるところがこの街らしい、と馬にまたがって怪我人の治療に向かうトリシアは呆れながら思ったのだった。
結局このレースは順当にA級混成チームが優勝した。職人ギルドの職員達は、運ばれた石の山を見て上がる口角をコントロール出来ていない。
「次は重量級か~エリザベート様は出るのか?」
「個人レースに出るそうですよ」
彼女の怪力は冒険者界隈ではすでに有名だ。彼女もそのことをよくわかっている。
『私が出たら勝負にならないでしょ』
『なんか聞いたような台詞ね』
エリザベートは自信満々だった。
『だけど個人レースには出るわ。殿下と勝負なの』
『なんだか楽しそうねぇ』
トリシアはちょっぴりにやにやとしてしまう。エリザベートもそれに気が付いた。
『ふふ! 正直、こんな関係になれるなんて思ってもみなかったわ! 私が私のまま、あの方と関われるなんてね』
いつもの不敵な笑みではなく、穏やかな喜びの笑顔だった。
同じくリカルドも、
『まさか私の魔術と彼女のスキルで勝負ができるなんて! こんな幸せなことが人生で起こるなんて考えもしなかった!』
と、いたく感激している様子をルークに見せていた。
『殿下は魔術の研究がお好きで、特に戦闘以外での使い道を研究されているからな。お互いを傷つけることなく競争出来るのが単純に楽しみなんだろう』
というルークの考察を聞いて周囲は納得していた。
重量級レースは同じ大きさに切り揃えられた大きな石を1人で運ぶレースだ。おのずと参加者は魔術師だけになる。いかにフィジカルの強い前衛の剣士達でもこれを1人でどうこうするのは不可能だ。
「重量級は魔術大好きなリカルド殿下の案らしい」
「色んな魔術が見れそうですもんね」
彼の希望通り、ファンファーレ直後から、冒険者は四苦八苦しながら大きな石を魔術で運んだ。大地の魔法で地面を動かしながら這わせていったり、風魔法で少しだけ浮かせて自分で押して運んだり……。
「大型の素材は解体ありきだからなぁ」
ダグラスは冒険者時代を思い出すように腕を組みながら応援している。魔物を狩ってそれを持ち帰るのに丸ごと持って帰る冒険者はいない。エリザベートは別だが。
この辺の魔術は職人ギルドに在籍する魔術師の方が数段上をいくようだった。日頃の使い道がそれに特化したものだから当たり前だ。見守っていた職人達から野次とも応援とも取れる声が相次いでいる。
「そんな魔法使ったら石が削れちまうだろーが!」
「全体を包み込めー!」
「違う! そこは分散させるんだ! そうそう! うまいぞ!!!」
この世界の基礎魔術は地水火風と回復魔法。バリエーションは少ないが、魔術も使い方次第で可能性は無限大にある。
このレースは、参加者全員が魔力切れを起こす寸前の事態になった。ゴール後全員がフラフラと倒れ込む。
勝者は元職人の冒険者と知った職人ギルドの人々は、それはそれは大盛り上がりだった。
「ついにきた……!」
街が夕焼けに包まれ始めた頃、ついに本日の最終レースが始まる。腕に自信のある者たちが横1列に並んでいた。エリザベートとリカルドは隣り合う場所に立っている。
(エリザと殿下の嬉しそうな顔……ある意味デートなのかな?)
石のサイズは初めのレースと同じく大男1人分。全員が馬を近くに待機させていた。いかに早く荷馬車に石を載せるかで勝負が決まりそうだ。
「石を乗せるまではエリザベート様の方が早いだろうが、馬にヒールもかけられるリカルド殿下の方が有利か?」
「そうなるとスタートダッシュで決まりますかね」
エディンビアの人間はもちろんエリザベートを応援していた。だが、やはり魔術師として名高いこの国の第二王子の実力は無視できない。
一方参加する冒険者達は事前にリカルドに念を押されていた。
『私も全力を出す。君達も全力を出してほしい。お互い、プライドをかけて』
そこまで言われたら冒険者としての名が廃ると、参加者全員の表情が龍を狩る前かのように真剣だ。
最後のファンファーレが鳴った。
スタートの鐘の音と同時に冒険者達は一斉に石を取りに向かう。
(まるで発泡スチロールを運んでるみたい)
エリザベートが大きな石を持ち上げ、片腕で運ぶ姿を見てのトリシアの感想だ。明らかに以前にも増して彼女の力が強くなっているのがわかる。
「おー! 流石殿下! あの重さを遠隔魔法で運べんのか!」
石置き場に取りに行ったエリザベートとは違い、離れた場所から遠隔魔法でふよふよと浮かせ、彼の側にある荷馬車へと積み込んでいる。前レースでは魔術師職の冒険者がなんとか数センチ持ち上げていたのを見ていた観客は大いに驚いていた。
「うーん。殿下の魔術が一歩上を行くか……」
少しばかり悔しそうな声をダグラスは出している。他のエディンビアの住人も同様だ。相手は王族なのであからさまにならないようにはしているが。どうしても悔しそうな顔をしてしまう。
「いや待って!」
「嘘だろ!?」
人々がざわつき始めたのは、エリザベートが荷馬車を使わず走り始めたからだ。
「速い!」
すでに荷馬車に乗り馬を走らせていたリカルドを易々と追い抜いた。まるで短距離走を走るかのようなスピードで。
エリザベートの怪力は知れ渡っていたが、これは知らない。誰も。
(まさか!!!)
トリシアは以前エリザベートに相談を受けていた。まだ第二王子がやってくる少しだけ前の話だ。
『これ以上強くなる方法!? 聞く人間違えてない?』
『いいえ。貴方の考えを聞きたいの』
エリザベートもトリシアが普通の人と少し考えが違うことにはとっくの昔に気がついていた。冒険者になって順調に成長を続けているが、巣の住人達の強さを見るともっと上を目指したくなる。
「うーん……前から思ってたんだけど、そのスキル、怪力ってことになってるけど効果は腕だけなの?」
トリシアは前々から疑問だったのだ。スキルの種類の中には元々ある人間の身体的能力を強化するもの、極端に目が良かったり、聴力が上がったり……そういう能力があることを本でも読んだことがあるし、見聞きしたことも。エリザベートのような怪力を見たのは初めてだったが、前世の記憶があるトリシアにはほんの少し不思議に思うことが。
「怪力って多分、筋肉が強化されてるんだと思うんだけど、筋肉ってさ、全身にあるじゃない?」
「そうなの?」
ヒールがあるせいか、あまり医学の発達していないこの世界では、教養のある貴族といえど医学知識は乏しい。
「それこそ息するのだって、眼球を動かすのだって筋肉を使ってるんだけど、重い物を持ち上げる時ってさ、何も腕の筋肉だけを使ってるんじゃないと思うんだよね」
(ダンベル持ち上げてる人って、腕だけじゃなくて足の筋肉もしっかりしてたし……)
そんな記憶を思い起こす。
「その力っていつからなの?」
「5つの時よ」
魔力の発現、それにスキルが発現するのがだいたい5歳前後と言われている。
「その時、腕力以外になにか体に変な症状おきなかった?」
「……そういえば、目がぼやけたり、よく転んでいたわ……腕の方が大変で気にしていなかったけれど……お兄様達が私の力を恐れず、よく抱え上げてくれたから覚えているの……」
(エディンビア家、意外と兄弟仲はよさそうなのよね~)
と、トリシアは微笑みたくなるのをグッと堪える。その話をするとエリザベートがプイっと子供らしく否定するのだ。
彼女によると、目や足の症状はそれほど長くは続かなかった。
「腕よりも慣れるのが早かったのかな? 目や足はどうしても使うし」
「……確かに、そもそも着替えは使用人がいたし、この時期は食事の介助もしてくれていたわ」
そう言ってエリザベートはしばらく黙り込んで考え始めたかと思うと、彼女にしては大変珍しく、礼も言わずに去っていった。
その日のことを思い出したトリシアは、彼女が足の筋力……全身の筋力をコントロール出来るようになったのだとわかった。
(毎日泥だらけで帰ってきてたのってもしかして!?)
ダンジョンの中で1人こっそり訓練を積んでいたのだ。
「地面抉れてるじゃねーか!」
リカルドも負けてなるものかと、馬を強化し、追い風を吹かせてスピードを上げるがどんどん差は広がっていった。
カランカランカラン! と、ゴールのベルが鳴り響き、同時に観客達の大歓声がエディンビアの街を包み込んだ。
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