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物語の隙間話10 栞

 暖かい日の午後、ルークは龍の巣の庭でアッシュが読め読めと勧めてきた古い異国の冒険物語のページをめくっていた。


「あ! ルークみっけ! ギルドの人が来てるよ。急ぎの用事みたい」


 夢中で読んでいたのか、ルークは珍しくトリシアの気配に気が付かずハッとするように顔を上げる。呼びに来たトリシアに礼を言い、本を閉じたが……。


「おっと」


 S級冒険者はそれが地面に落ちる前に見事キャッチした。五つ葉の古びた(しおり)がチラリと見える。


「あれ? それ……」


 ひょこっと顔を出しトリシアはルークの手を覗き込む。星のような形のそれは、この国で”星守草”と呼ばれる薬草で、通常四枚葉だが、その栞に張られていたのは大変珍しい五枚葉だった。


「まだ持ってたの!? 物持ちいいわねぇ」

「い、いいだろ! ちょうどよくて気に入ってるんだよ!」


 僅かに顔を赤らめたルークは栞をいそいそと防水機能のある小さな袋の中に入れ、腰元へとしまい込む。


「預かるよ」

「……助かる」


 トリシアの出した手に本を乗せ、ニヤリと笑う家主を横目にルークは玄関にいるギルド職員の方へと早足で向かった。


(とっくの昔に捨てられちゃってると思ってたけど)


 幼い頃に自分が送った誕生日プレゼントが、今でも現役で大切に扱われているのだ。嬉しくないわけがない。

 

(ちょうどスキルのこと、伝えた年だったのよね)


 あの五枚葉の星守草は、その頃トリシアが持っている中で最も――唯一価値があるものだった。それでも、侯爵家嫡子への贈答品の中では最も資産的価値が低い。躊躇うことなく自分を助けてくれたルークへのお礼を考えた時、彼女が思いついたのが(それしかなかった、とも言えるが)、前世で四葉のクローバーを思い起こさせる、”五葉の星守草”だった。

 星守草は流れ星の欠片が大地に根付いて生まれた草という伝承があり、特に傷薬として効果の高い薬草のため、滅多にない五枚葉の星守草は健康長寿のお守りとして特に人気が高かった。


(私には必要ないしね~)


 スキル(リセット)のあるトリシアには病気も怪我も縁がない。とはいえ見つけた時は幸運を自力で見つけ出したようでとても満たされる思いがしたのだ。

 そのほんのりと湧きたつような気持ちを、少しでもルークに味わってもらいたかった。栞を大切に持っていてくれたルークを見て、トリシアにはその頃の気持ちも一緒に大切にされているようでとても嬉しく、しばらくはニコニコと上機嫌ですごすのだった。


◇◇◇


 ルーク・ウィンボルトはウィンボルト侯爵の一人息子だ。母親は毎年王都で盛大に誕生日のパーティをと張り切っていたが、物心ついてからというもの……いや、トリシアと出会ってからというもの、ルークは誕生日を領地ですごしたがった。


『我々を支えてくれているのは領民だと父上がいつも言っているではありませんか。僕も縁の深い領民から祝われた方が嬉しいです』


 それらしく言えば、父親が味方に付くことを幼い頃からルークは知っていた。父親であるウィンボルト侯爵からすると、滅多にわがままを言わない息子の数少ない願いを叶えてやりたいと、躍起になっている妻を毎年諭していたのだった。


『そんなっ! ウィンボルト家がいかに豊でいかに嫡子に恵まれているかを周知するいい機会ではありませんか!』

『領地でも同じことはできるだろう。必要なら予算は上げてもかまわない。それでいいか?』

『……わかりました』


 当初この誕生日のパーティは、彼の母親によって、ウィンボルト家の嫡子がいかに眉目秀麗でさらに優秀な学業と剣術、さらにさらに魔術の才があり、スキルを三つも使いこなしている、というのを社交界に見せつける場として開かれていた。

 だが年を重ねるにつれ、孤児の娘に現を抜かす息子の目を覚まさせようと、生まれがよく華やかで美しい令嬢達に目が向くよう仕向ける場にもなってきた。もちろん、ルークはそのことに気付き、毎年うんざりとした気持ちでパーティ当日を迎えていたのだった。


(婚約者候補の顔合わせってことか)


 貴族の息子の務めとして、義務感から彼はきちんと誕生日のパーティでは優秀なウィンボルト領の嫡子として振舞い、令嬢達に挨拶をし、令息達とそれらしく会話を重ねたがほんの少しも楽しいとは思えなかった。


(早くトリシアに会いに行きたい)


 孤児院の子供達からは未来の領主様へ、毎年丁寧だが少し不格好な刺繍が施されたハンカチが贈られていた。もちろんトリシアもその刺繍には参加しており、ルークは毎回トリシアがどの部分を刺繍したかを尋ねてはその部分を愛しそうに見つめるのだった。


「ルーク様! 今年のお召し物もとってもお似合いですわ!」

「今年のパーティもなんて豪華なんでしょう! 王都でだってこれほど煌びやかなものは滅多にありません!」


 きゃあきゃあと周囲を取り囲んでくる令嬢達に、うっすらと礼儀正しく微笑み返すルークだが、目は少しも笑っていない。パーティ中、彼は常にさっさと終われと思っていた。


『もう少し愛想よくなさい』


 そう母親に言われてはいたが、これはこれで令嬢達には好評なのを彼は知っている。


「南部のサイアーズ家は交易でとても栄えていて、国外との繋がりも深いわ。クレア嬢も優秀ね。でもちょっと見た目があなたとは釣り合わないかしら。生意気そうだし、勉強ばかりしているのも考えものね」

「ウェルズ伯は王と仲がよろしいけれど……ローザ嬢はダメそうだわ。見た目だけでお高く留まって愛嬌もないなんて。……黒髪なのも気に入らない」


 どちらの令嬢もポツンと壁際に立ち、甘いフルーツタルトをちまちまと心細そうに食べていた。


「やっぱり本命はエディンビア家かしら。エリザベート嬢はまだ幼いけれど、あの家なら見た目は問題ないでしょうし、領地もとても豊かだわ……やはり一度連絡をしてみようかしら」


 ルークの母親は誰に聞かれたわけでもなく、息子を前に令嬢達を値踏みしていた。すると途端に、少しも興味を持たなかった彼女達に対して、ルークは急に申し訳ない気持ちになってくる。自分の為に色鮮やかなドレスで精一杯着飾り、わざわざここまでやって来てくれたのだ。


「クレア嬢。頂いたグレンマーレ国の本、とても面白そうだ。大切に読むよ。貴女は言語が得意だと聞いたが、やはり毎日こういった本を読んでいるからかな?」

「その髪飾り、ローザ嬢にとてもよく似合っているね。どこで手に入れたものか尋ねたもいいだろうか?」


 自分から令嬢達に話しかけに行くルークを見て、周囲は驚いていた。もちろん令嬢達は頬を染め、もじもじと返事をする。母親への当てつけがないと言えば嘘になるが、ルークは自分がこうして他人のことを考え、他人のために動くようになったのは、トリシアという存在に触れたからだと自覚していた。


(一歳年齢を重ねて、ほんの少しだけ成長したかな……?)


 トリシアの気取らない優しさがいつしかルークを満たしていた。だから、ほんの少しだけそれを周囲に返したかった。

 父親であるウィンボルト侯爵はそんな息子の姿を見て微笑んでいる。彼は孤児院が息子の人間性を取り戻すきっかけになったことをきちんと把握しており、このパーティの後、ルークが屋敷を抜け出して孤児院へ遊びに行くこともわかっていたが咎める気はなかった。


(……もしも彼女に出会わなければ、息子はどんな風に育っていただろう)


 そんな未来を想像して、ゾッと背筋が凍るのを侯爵は感じていた。権力と実力があっても、人間に少しも興味がなく——ただ義務として生きていた息子は、いったいどんな領主になっていただろうか、と。


 パーティがお開きになると、まさに侯爵の予想通り、本日の役目は果たしましたとばかりに、ルークは夜中コッソリと部屋を抜け出した。月明かりが照らす夜道がいつもより美しいと感じるのは、これから楽しみが待っているからだ。


「……ルーク!?」


 子供達が寝静まった孤児院の窓の向こうで、銀色の髪の毛を淡く輝かせた少年がにこやかに手を振っている。トリシアの部屋は二階にあるが、その程度の高さの木に登ることなど、彼にとってはなんのことはない。

 トリシアはそんなルークの姿を見てギョッとしてはいたが、実は今夜彼が来ることを予想していたので、本を読みながら待っていたのだ。なんせ、『今年は個人的に誕生日プレゼントを渡したい』と告げた時のルークの喜びようを見ている。


「プレゼント貰いに来たぞ」


 ニコニコと屈託のない笑顔のルークを見て、トリシアもつられて笑う。


「そんなに期待されたら困るなぁ~今日はいっぱいいいもの貰ったでしょ~?」


 小声でクスクス笑いながら、ベッド横にある机の引き出しをそっと開け、小さな包みを取り出した。それからいつの間にか窓辺に腰かけているルークへと演技がかったようにうやうやしい態度で手渡す。


「お誕生日おめでとうございます!」

「……ありがとう! 開けてもいいか?」


 窓から草木の青々とした香りが部屋の中へと舞い込んできた。もう夏もすぐそこ。トリシアの同室の子供達はぐっすりと夢の中でその香りを楽しんでいた。


「どうしたんだこれ!」


 思わず声が大きくなったルークは急いで口をつぐむ。


「星守草の押し花で作った栞だよ」

「五葉じゃないか! 初めて見た!」


 ルークの反応を見てどうやら喜んでもらえたようだとトリシアは内心ほっとしていた。いいプレゼントがある、と深く考えず彼に期待させるようなことを言ってしまったが、深く考えずとも彼は貴族の嫡子なのだ。大概のものは簡単に手に入れることができる。


(あ……耳まで赤い)


 この頃のルークはまだ自分の気持ちに素直で、トリシアへの好意を隠すことがなかった。だが今は飛び上がって喜びたいのを我慢しているようだった。近くで子供達が眠っているからだ。


「……大事にする」


 別れ際、ルークは心底大事そうにその栞を胸ポケットにそっとしまった。

 

◇◇◇


(今年は何をあげようかなぁ。今はお金があるけど……かえって難しいわ……)


 再会して初めての誕生日だ。最近では面倒をみてもらってばかりで、トリシアはルークに対して『恩が溜まり過ぎている』と感じていた。なんとか日頃の感謝を込めた贈り物をしたいところではあるが……。


(私が手に入れられてルークが手に入れられないものって……ないわよねぇ)


 結局そうなるのだった。


「こうなったらやることは一つね!」


 その日からトリシアは暇さえあれば星守草の生えている森や野原を歩き回った。

 そうして迎えた誕生日。ウキウキとしていたのはルークだけではなくトリシアも一緒だった。


「はい! お誕生日おめでとう!」

「ありがと……って、えっ!!」

「ふっふっふ。あの頃よりデキがいいでしょう?」

 

 ルークの手には刺繍で描かれた五葉の星守草が。結局見つけられなかったので、トリシアは久しぶりに針と糸を手にちくちくと頑張ったのだ。なんせ彼女は衣服の繕いなどする必要がない。いつもスキルで全て解決していた。ルークもそれをわかっているので感動もひとしおだ。


「なかなかやるじゃねぇか……」


 刺繍されたハンカチに視線を向けたまま、耳まで赤くなったルークを見て、トリシアは満足そうに、


「そうでしょう?」


 と頷いたのだった。


9/26(金)本日、コミカライズ2巻発売です!

ノベル2巻の発売も決定しました!

引き続き、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
続刊おめでとうございます! 子供ルークと父親はいいなぁ、母親は残念だ
可愛いなぁ…
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