物語の隙間話9(後日談) はじめてのおつかい②(異世界人観察)
人が行きかう駅の構内で、半泣きでフラフラと現れたイーグルを見て、ニーナは大慌てだ。
「どうした!? 大丈夫かい!?」
「ニーナさん……これ、スマホ……」
へろへろと力なく目的のそれをニーナに手渡す。
「た、助かったよ。ありがとう……」
いったい何があったのか、わざわざ慣れない電車に乗ってここまで来てくれたイーグルを労いたいところだが彼女も今日は立て込んでいる。
「悪いねイーグル! ちょっとそこのカフェで待っててくれるかい? 終わったらご馳走するよ」
「いえ、そんな……いつもお世話になってるのに」
「いいからいいから!」
そう言ってイーグルをコーヒーショップに連れて行き、一番大きなサイズの人気ドリンクとチーズケーキを注文し席に座らせた。すでに疲れ果ててされるがままだったイーグルは、ニーナが去った後、ちみちみとシャリッとした冷たいコーヒーを口にし、ホッと息をつく。
(ああ美味しい……)
小さな幸福。ちょっとした達成感。最近はそれをじんわりと味わえる日が増えていた。異世界に転移してどうなることかと思ったが、文字通り周囲にもまれながらも、彼はなんとか生きている。
店員に向かって呪文のような名前の商品をオーダーしている若い女性の声を聞きながら、見たことがない数の人々が構内をぶつからないよう器用に歩いていくのをイーグルはぼーっと見送っていた。自分は先ほどやっとあの戦場から抜け出してヘロヘロになっているが、彼らは平然として目的地へと早足で向かっている。
(最初は訓練を積んだ兵士かと思ったんだっけ)
途中で立ち止まってしまいオタオタとした自分を思い出す。盾も剣も持っていない彼らから、イーグルは無言の圧を感じ怯んだのだ。短期間とは言ってもB級冒険者という肩書を持っていたというのに。
(あの人達が持ってるのはスマホぐらいなのになぁ)
あれに殺傷能力も防御能力はないはずだが、この世界のたいがいの人は装備していた。
『企業戦士だな!』
ロイスの言葉の意味を最近イーグルは理解し始めていた。隣の席のスーツの男性が、カタカタカタカタと、最近ようやく聞きなれてきた音を響かせていた。光る板に文字が高速で浮かび上がっている。先ほどから手元のカップには少しも口を付けていない。
(あれも魔道具……じゃないんだもんな)
スマートフォンは持ち歩きに便利だが、パソコンはさらに複雑な物事をこなすのに便利だとイーグルは聞いていた。だが彼にとって、その『複雑な物事』というのがまず理解の範疇を越えているので、説明されたとしても曖昧に頷くにとどまっている。
(建物や魔道具……じゃなかった機械の設計図を描くとか、売り上げ金の管理だっけ……? どこの店にもあるし……)
王都の高名な学者でなくともこのパソコンを使いこなしていた。なんなら幼い子供も当たり前のように指を器用に動かしている。それもイーグルには驚きだった。
『……これがアッチにあればダンジョンの地図を作ったり魔物の発生率の計算が簡単にできるのかな』
『おぉ~パソコンわかんないなんて言ってたのに~実はよくわかってんじゃん!』
『いや、トリシアが言ってたのを思い出して……』
『ああ! 元相棒の転生者!』
カラッとしているロイスにイーグルは苦笑いだ。今ではトリシアがこの世界からあちらの世界に転生したことを少しも疑ってはいなかった。
(トリシアにはあっちの世界がどんな風に見えてたんだろ……)
きっともう答えを知ることはできない。
もう片隣の席には、イーグルよりいくつか年下の女の子が分厚い赤い本を置いて、必死にノートに数字を書き込んでいる。この国では剣の代わりに知識で食べていく人間が多いのだ。そのため、幼い頃から必死になって勉強をする子供が多いと聞いて、イーグルはやはりトリシアを思い出していた。
(僕は読み書きができるってだけで得意になってたけど、トリシアは当たり前みたいに図書室の本を読み漁ってたもんなぁ)
それも小さな頃から。きっとこの世界の価値観を引き継いでいたんだろうと今なら理解できる。本を読み耽っているトリシアと遊びたくって、いつも周りをうろついていた自分の記憶もよみがえって少しくすぐったい気持ちになった。
(邪魔してごめん)
心の中でトリシアに謝る。今でも抜けない棘のように彼女への罪悪感が消えることはないが、以前よりも冷静に自分の過去のおこないを振り返ることができていた。
コーヒーショップのガラス窓の前にカップルが立ち止まり、イチャイチャと腕を絡ませスマートフォンを覗き込んでいる。男の顔がデレデレと緩んでいた。女の方はそんな男の反応を満足げに楽しんでいる。
(僕もあんな顔になってたのかな)
見知らぬ彼に自分を重ねて今度は苦笑いだ。誤魔化すようにケーキを一口、口の中に放り込む。甘さで気持ちが誤魔化されることはないが、このケーキは美味しい。そのまま全て食べきってしまった。
再び顔を上げガラス窓の方を見るとカップルはまだそこにおり、その後ろから華やかな女の人がイーグルの方へ手を上げていた。鮮やかな笑顔にスラリと長い手足。ロイスがニーナのことを『ハリウット俳優顔負け』と言っていた真意にイーグルが気付いたのはこの時。
男女がニーナの存在に目を奪われ、無意識に彼女を見つめ続けていた。ニーナはその視線を感じとったからか、目の合ったカップルに軽くパチンとウィンクしたのだ。その瞬間、彼氏の方が赤面して慌てて視線をそらす。
『……はぁ?』
と、彼女の口から読み取れた。
イーグルはちょっぴり気まずくなって、急いで席を立ち、カップと皿を片付けて店の外へと出る。
「ニーナさん!」
「待たせて悪かったね。少し早いが食べに行こう! なにがいいかな……鉄板焼きか、天ぷらか、懐石料理食べてみるかい? あぁそうだ。フレンチでも……せっかくだからちょっと豪勢にいこうじゃないか」
仕事がうまくいったのかご機嫌なニーナは女性の苦々しい視線に気付かないフリをして、イーグルに何か美味しいものをと案を出し続ける。
「なんでもいいよ! 今日はイーグルの食べたいものを食べよう」
「あ……そしたら回転寿司が!」
「えぇ!? またかい!? 回らない寿司屋もあるけど……」
「いえ、その、サイドメニューも好きで……」
「アッハッハッハ! そうだそうだ! そういえばこの前もあれこれ大量に食べてたねぇ」
へへへと照れながらイーグルは希望が叶ってちょっぴりニヤける。こんな風に笑える日も増えていた。転移する前は生きるのに必死でいつも険しい顔をしていたというのに。
(まだ視線を感じるなぁ)
カップルが、というより彼女の方が彼氏に批判的な視線と言葉を投げつけていた。たまにチラリと自分達への視線も感じる。彼氏がしょんぼりとしている姿を見て、イーグルはまた居たたまれなくなった。アネッタと別れる直前の自分を見ているようで……。だからほんの少し、加勢したくなったのだ。彼女がこちらへ視線を向けると同時に、イーグルも真っ直ぐ彼女を見つめた。
「彼は君に夢中だよ」
ほんのりと笑って彼女に知らせる。ついさっきイーグルが見ていたものを。
すると今度は彼女の方がボッと顔を赤くしたのだ。鍛えられたイーグルの身体と優し気な表情は彼女の好みだったらしい。今度は彼氏の方が、
『えぇ~~~! そんなぁ……』
と、眉をハの字にしていた。
「はは! 罪作りな男だねぇ」
「そんなつもりは……!」
回転寿司店へと向かいながら、ニーナはケラケラと笑っている。
「言葉もずいぶん上手くなったじゃないか」
「毎日テレビを見てるので……」
そんな何気ない会話をしながら、イーグルは新たな日常が始まったのだと実感していた。元相棒への罪悪感を抱えたまま。いつか直接謝れる日を夢見て、小さな幸せを力に異世界で生きていく。
9/26(金)コミカライズ2巻発売です!
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