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3-1 不安ばかりでした

 チート能力が売られていた場所の周辺。

 あそこは元・スラムであったが、チート商売のおかげで大金が回り商店街と化した。

 今でもその名残は垣間見える。


 国王城の周辺や、もっと大規模な商店街よりかは華やかさに欠けている。

 しかし以前のような無法地帯ではなくなっていた。


「……やっぱりいねぇか。いるわけないよな」


 新がそこに訪れた理由はひとつ。

『黒幕』ことお金を恵んでくれた商人に会うためだ。

 男の顔はしっかりと覚えている。

 それほどの恩を感じていた――はずだったから。


「ちっ……。どこ行きやがったんだよ、クソが。他人の命を狙いやがって」


 今あるものは怒り。

 恩も何も、全ては自分たちを壊滅させるためだったのではないか。

 そう考えると、感じていた恩の量だけ怒りが上乗せされるのだった。


 乱暴に頭を掻いてから、新は踵を返した。

 なんとしてでも見つけ出して、一発ぶん殴りたい。


 実は、マユには黒幕捜しを禁止されていた。

 変に刺激すれば、相手の攻撃も激化するかもしれない――と。

 けれどあの日。アリーゼが似顔絵を書いた日。

 その日から、新の心はざわついて治まらない。


 大捜索なんてほどではないが、散歩がてら人の顔を見ずにはいられない。


「はぁ……。もうサリア王国にいないんじゃねぇか……?」

「アーラタ! 浮かない顔で、どうしたの?」


 モヤモヤした心を明るい声が切り裂いた。

 会ったのはレイ。


 アリーゼが包丁を手放した後、レイは静かに去った。

 事件のことを騎士団に報告することもなく、無償で協力してくれたのだ。

 おかげで大事にならずに済んだ。


「前の、クレスの事件あったろ……。あの事件の犯人を捜してんだよ」

「クレスさんだったり、悪い人だったり。アラタと会う時はいつも誰かを捜してるね」

「それほど……。落ち着かなくてさ」

「もしよかったら、騎士団総出で協力するけど。どう?」

「今回ばかりはそうなるかもしれねぇ……。そいつが俺たちにとってのラスボスなんだよ」


 チート能力もアリーゼについても、多くのことが『黒幕』のせいだった。

 つまりは新がこの世界に来た原因。それらを作ったのがあの男なのだ。

 まさにラスボス。


「問題は俺たちの立場だ……。本当は国とかの公共機関に頼りたいんだけどな」


 騎士団だとか、専門家に任せるのが一番早い解決法だ。

 だけれど、魔王への誤解が払拭されなければそれも難しい。

 逆に魔王のことを抜いて事情を説明するのも、また難しいだろう。


「僕が王様を説得するとか? シュベールちゃんは悪くないって言えば、話くらいは聞いてくれるよ」

「そうだな……。でも、まだタイミングが――」


 まだダメだ。

 魔王への恨みは深い。

 それを上回るくらいの善行をしてからでないと、軽い信頼は簡単に崩れるだろう。


「つっても、早くしないと危ねぇし……。どうすりゃいいんだ」

「ア、アラタ。ひとつ提案なんだけど」


 レイはひらめいた。


 やましい気持ちもなにもなく、だが言うのは少し恥ずかしい。

 けれど、これはアラタのため――。


「アラタたちを守るためにさ、住まない? 一緒に」

「へ?」

「ぼ、僕が、アラタの新しい家に住むって……。ダメかな?」

「まぁ、いいけど……」


 どうせマユはレンガの家にいるし、あの大きさで一人も寂しい。

 むしろ歓迎ではあったが、うまく喜べない自分がいた。


「でもよ、またレイに危険を近づけることになるだろ。申し訳ないっていうか……。本当に大丈夫?」

「大丈夫! 僕は危険と戦うのが仕事だから!」

「そうか……。え、今から?」

「もちろん。だって、いつ襲われるかわからないんでしょ?」

「そうだけど……。マジでごめんな。迷惑かけちゃって」


 迷惑だなんてとんでもない――。

 ちょっとラッキーかも――。


 レイは新に見られないように頬を緩ませた。

 確かに恐ろしい事態ではあるが、レイは騎士団のみんなを信じていたのだ。

 たとえ魔王の手先であろうと、命を奪われそうな人間がいたら助けてくれる。

 そんな優しい人の集まりこそが、騎士団なのだと。


 自分が様子を見、緊急事態になりそうだったら報告をする。

 それこそが最善だとレイは考えた。


「じゃあアラタ、洋服とか持っていくから。また後でね。夕方にはそっちに行くよ」

「わかった。ありがとな」

「えへへ。こっちこそ」


 無邪気な笑顔を浮かべ、レイは嬉しそうな足取りで離れていった。

 新の心も、少しは軽くなった気がする。


「夕方か……。それまでどうすっかな」


 捜索は『黒幕』のいる場所の目処が立たずにいる。

 マユは相変わらず魔法陣について没頭しているし――。


 そうだ、イデュア。

 彼女と『黒幕』についての関係を聞けずにいたのだった。

 たしか、イデュアは国王の発見した手紙は黒幕のものだと断言していた。

 何か知っているはずだが未だに話してくれていない。


「しつこいかもだけど、もう一回突撃するか。心変わりしたかもだしな」


 そういうわけで、新は魔王城へと向かうことにした。

 ここで行かなければよかったと後悔するのは、城に到着してからのことである。

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