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2-28 引っ越しをしました

 国王城は国の中心。

 そのため城の近くは特に栄えていて、いわば都会のような立ち位置だった。


 飲食店、雑貨、魔道具――。

 様々な店が構えられ、そこで経済が巡っている。

 そんな都会に世間知らずの異世界転移者はウキウキだった。


(うわ、あれ食べてみてぇな……! あの魔道具も買ってみたいかも)


 異国どころではない。

 ここは異世界だ。

 新鮮な文化がたくさん溢れていた。


(でも、金がないからなぁ……。魔道具ならマユが作ってくれるかも……?)


 今まで見た景色は森の中ばかりで、ここらに来るのはクレス目当てが多かった。


 住宅街ではなく、繁華街。

 新はようやく、異世界に来たような実感を噛みしめることができた。


(今は家だな。欲しいものは後だ)


 しかし、自分には任せられた仕事がある。

 新のポケットにはマユから渡された特殊な魔法陣が隠されていた。


 もちろん、こんな場所で不自然な魔法陣を持ち歩いていたら怪しい。

 だけれど新にはポケットくらいしか魔法陣を隠す場所がなかった。

 新居までの道中でボディーチェックがあるわけでもないので、幸いにもズボンのポケットで十分に隠しきれる。


「……いや、やっぱバカみたいにデカいな」


 思わず笑ってしまった。

 クレスの豪邸よりかは小さい。

 だけれど、それは彼が貴族という高い役職であり潤沢な財産があるからだ。


 対して自分は何もない。

 社会的地位は最底辺と言えるくらい。


 なのにこの家――。

 あり余って困るくらい大きい家――。


 新はそんな家の鍵を開け、中へと踏み入った。


「これをどこかに貼ればいいんだよな……」


 たしか、魔法陣を貼った扉の先がレンガの家とつながるとか。

 すると、貼った扉の先に最初からあった空間は使えなくなるはず。


「――となると、あまり使わなそうな場所がいいよな」


 新は家を隅々まで見回した。

 どこが一番適切だろうか。

 マユはクローゼットを出入り口にするそうだし、こちらも同じような場所がよさそうだ。

 簡単に魔法陣が見つかってしまうのも危ない。


「トイレのふた……。面白そうだな」


 絶対にマユは嫌がりそうだけど――。

 新はいらない遊び心を弾ませつつ、ふと上を見た。

 トイレ――性格には便座の上――にはトイレットペーパーなどの小物を入れる棚があったのだ。

 それも開閉式の。


 棚の位置は高いため、便座の上に立たないと入れない。

 それにこの家のトイレは5室以上もある。

 ここはワープ用にして、便器は未使用のままにしておこう。


 新は便座の上に乗り、立ち上がった。


「……貼るって、セロテープもないのにどうするんだ」

 迂闊。

 貼れとは言われたが、貼るためのものを何も持っていない。


「ちょっとだけ濡らせばいけるかなぁ……。でも破れたら嫌だし――」


 新が魔法陣の紙を持ちながら棚を開ける。

 その時、偶然にも紙が棚の戸に触れてしまい紙が光りだした。


「うぉっ!?」


 新は驚いて紙から手を離したが、紙は戸についたまま。

 魔法なのだから、テープも何も不要なのだった。


 やがて発光が終わると、戸がひとりでに閉まり、紙は何事もなかったかのように貼りつき続けた。

 特に変化はないように見える。


「これで繋がったのかな……?」


 新が棚の戸を開けると――。


「アラタっ……!? お、おかえり……」


 バスタオル姿のマユがいた。


「ただ、いま……」


 肩、腕、脚――。

 普段は露出が少なめの服を着ている彼女だからこそ、その肌色は大いなる破壊力を秘めていた。

 なかなかどうして、今朝からこんなにもラッキーなのか。


「……いつまで見ているつもりだ! さっさと入って来い!」

「す、すいません……」


 とにかくレンガの家と繋がったのかを確認したかっただけだから、家に入る用もない。

 だけれど、入れと言われたら入らないといけない。

 新はどちらかと言えばイエスマンだった。


「ひとまずご苦労。これで移動も楽になったな」


 マユは露出を気にしない様子で話を続ける。


「私からの頼みはもうひとつ。スライムをそちらに保管させてほしいのだが、それも持っていってくれるかな」

「いいよ。あれ全部か?」


 マユの魔法でスライムたちはどれも透明な箱に閉じ込められていた。


「ひとつだけ残しておいてくれ。かわいそうだが、ベッド修繕の犠牲になってもらおう」


 ペットにするためにスライムをもらったのではない。

 あくまでもゲル状になったベットをもとに戻すため。


 スライムで試作品をテストし、もし成功すればスライムはスライムでなくなるはずだ。

 生き物であるかも怪しい存在だが……。


「ふふ、変に愛着が湧いてしまったな……。しかし私は魔法をより愛しているのでね。ごめんよ」


 スライムに話しかける少女という絵面もなかなか珍しい。

 新は横目で見ながらスライム入りの箱を運搬した。


「場所は? どこに仕舞っておく?」

「あぁ……。さらに必要になるのはまだまだ先だろうから、適当な場所でいいよ」

「オッケー」


 新は再びクローゼットから入り、新居へ――。


「うおっ!」


 戸棚が高いせいで、派手に転んでしまった。


「アラタ、大丈夫か……?」


 しかもその声や転ぶ音がマユに丸聞こえ。


「お、おう……。来るときはマユも気をつけてくれよ……」


 どうしてこんな危ない場所を出入り口にしてしまったのか。

 高い上に便座のふたは滑りやすいし、もしもふたを開けてたとしたら最悪穴に落ちるかもしれない。


「……ちっ。まぁ、切り替えていこう」


 幸いにも箱は壊れていない。

 いいや、魔法でできているからそもそも壊れない可能性もあるが。


 今朝からラッキー続きだったから、これはその報いかもしれない――。

 新は正当な理由をつけることで、どうにか不幸を受け流したのだった。

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