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1-14 見えない場所で事件は起こりました

 レイは違和感を抱えていた。


 おかしい。

 どこまでもおかしい。

 ここはスラムの、しかも中心ではなかったのか。


 自分が捨てられたのも劣悪な環境の中だったが、ここはそれよりも酷い場所だったはず。

 ゴミはもちろん、処理されない死体さえ転がり、法という法が通じない闇社会。


 の、はずなのに――。


「いらっしゃい、夜も安心な照明魔道具だよ!」

「靴はいかが! 今ならセール中!」


 こんなにも活気がついているとは……。


 右を見ても左を見ても店が構えられ、笑顔で溢れている。

 小汚い服装をした人もたまに見かけるが、スラムの中心では序の口だ。


「しかも皇女誘拐の後でしょ……? 危機感がなさすぎない?」


 国王が国の混乱を避けるために公表していないのだろうか。


 騎士団の一員として修道院の中にこもって修行していたが、それが(あだ)となってしまった。

 おかげで世間知らずだ。


(でもヘタに質問すると極秘任務がバレちゃうなぁ……。あのお兄さんに聞けばよかったかも)


 王城の前で不審な動きをしていた歳上の男性。

 自分のことをべらべら言いふらしていなければいいが……。

 今ごろどうしているだろうか。


「もし、そこのお嬢さん」


 自分の肩に誰かの手が乗った。


 振り向くとそこには中年の男性。

 ひげをたくわえ、脂肪のつまった腹が主張していた。


「な、なんでしょう……」


 どこかで見たことのある顔だった。

 それも悪い噂で。


「私はマルク、皇女誘拐についてお話があります」


 マルクという名で思い出した。

 たしか汚職疑惑が浮上し、それでもなお野放しにされている人物だ。

 役職はそこまで高くないはず。

 それなのにどうして。


「ここでは人目がありますから、ぜひこちらに」


 やけに不自然な笑みに警戒しながら路地裏へ。

 薄暗く、さきほどよりも肌寒い。


 絶対に今の状況はおかしい。

 だが、勘違いだったら無礼だ。

 自分は騎士団の一員として礼儀を忘れてはいけない。


「それで、話というのは……」


 恐る恐る声をかけると、マルクはおもむろに袋を取り出した。

 中には重い金属が入っているようで、ジャラジャラと音がする。


「これで全てを忘れてほしい。お嬢さんが一生遊んで暮らせるお金だよ」

「な、何を――」

「今、皇女を開放されると困るんだ。ビジネスも波に乗ってきた時期だからな。がっはっは!」


 大笑い。

 その声から、彼の腹黒さが痛いほどわかった。


 レイは短剣を抜き、忠告する。


「それ以上僕に近づかないで! 僕は魔王城に行くし、皇女様も助ける! その後、あなたのことも……」


 路地裏の中にゾクリとするような冷風が通った。


「そうか、それは残念だ。せっかくのチャンスをムダにしたな」


 マルクがそう言って、袋を懐に戻す。

 それと同時――。


 自分の首を何者かの両腕が圧迫した。


「あぐっ……!」


 自分の細い首を絞めているのは、男性の筋肉。

 しかも後ろで絞める男だけでなく、屈強な男たちは他に二人いた。


「幼い少女なのに大変だな……。だが、これはお嬢さん自身の決断だからね。君の責任だよ」

「あ……あぁっ!」


 ギリギリと狭まる気道に合わせ、意識が薄れていく。


 このままでは命が危ない――。


 レイはやむを得ず短剣を背後の男へと立てる。

 しかしそれを押し込もうとした瞬間、別の男が自分の手を掴んでしまった。


「戦いだけ教え込まれてかわいそうに。私が別の人生を教えてあげるよ。だから今は、眠るといい」


「ぐぅぅ! んうぅ!」


 やめて、苦しい。

 死んじゃう、死にたくない。


 どうにか呼吸をするためにジタバタと暴れ、最後の抵抗を見せた。

 どんな困難も耐えるつもりだったのにじんわりと涙が(あふ)れ、ついにそれがこぼれた。


 背後の男が徐々に強めていた力を瞬間的に爆発させる。

 口から唾液も垂れ、無様な姿のまま、レイは意識を手放した。

 だらりと全身が崩れ、その手から短剣が落ちる。


「……さて、この金は君たちにあげよう。その小娘を地下室に運んでくれ」

「わかりました」


 首を絞めていた男が淡々とした声で応じる。


 こうなれば殺すよりもさらに有益な使い方がある。

 マルクの汚い発想はどこまでも湧き上がるのだった。


 またもや路地裏に、冷風が突き抜けた。


――――――――――――


「クレス様、どちらに?」


 もう夕方。


 我が家からセーブポイントまではそれなりに距離がある。

 新との約束の時間には、ぼちぼち出発しないと間に合わない。


 なのに、このメイドがそれを許さない。


「散歩だ……」

「ではご一緒します。手でも繋いで歩きましょうか」

「いや、一人で行くよ……」

「はぁ……。クレス様、わかっていますか? あなたを愛しているのは――」

「うるっさいな!」


 何が愛だ。

 自分が満たしたいだけだろう。

 最初はただの家庭教師役と軽い家事のために雇われていたのに。

 このメイドは……!


 クレスは叫んだ後で我に返った。

 アリーゼにこんなことを言っては、いけないのに。


「また、『教育』しますか?」


 冷たい声が耳を撫でた。


「……ごめんなさい。今のは、その――」


「わかっていますよ。男性は好きな女性につい当たってしまうものですよね。もう、素直じゃないですね」


 違う。

 本心だって。

 もう僕には構わないでほしいのに。


「でも、最近は反抗が鼻につきますよ。軽く、躾けますか?」

「やめて! お願い、どこにも行かないから……」


 クレスの全身が恐怖に耐えかねて震え始めた。

 アリーゼの『教育』は甘くて、苦くて。

 そして血の味がする。

 ありとあらゆる手段で自分を服従させようとする、まさに洗脳だ。

 もう二度と味わいたくない。

 もう二度と……。


 でも自分は行かないといけない。

 それこそが勇ましい者だから。

 自分の正しさだから。

 

 それに、マユのためにも。


 アリーゼが目を離した瞬間、そこにクレスの姿はなかったという。

 最後までお読みいただきありがとうございます!

 次回の更新は12月8日(日)の夜に

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