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1-12 食事の用意をしました

「アラタ! 君のせいで貴重な午前が潰れたぞ!」


 新の帰宅後にマユが言った言葉はこれだった。


 マユは表情を大きく動かさないが、代わりに目元で感情を表現する。

 今のマユは睨むような、見下すような。

 とにかく軽蔑の気持ちがたっぷりとこもっていた。


「ごめんごめん、どうしても寝かせたくってさ……」

「もう返せ。その本は君が持っていい代物じゃなかったんだ」


 マユは本に手を伸ばすが、新が腕を天に向けてしまったので届かない。


「もう眠らせないから! おい、服引っ張るな!」

「やろうと思えば、君を全裸かつ数時間身動きの取れない状態にしてどこかに転移させることだってできるからな!」


 マユは少しだけ唇を歪ませ、精いっぱいの怒りを示した。

 新にとってはちっとも怖くない怒り方だったが。


 なにせ今のマユは小中学生くらいの女の子だ。

 どんな怒り方をしたとしても響くことはないだろう。


「くっ……! 届かない……!」


 必死に背伸びをして本を奪おうと試みるマユ。

 新はニヤニヤとそれを見るだけだった。


「ふん、もういい! こんなことをしても非生産的だからな」


 マユは本を諦め、アラタのベッドに寝転んだ。


「……それはそうと、私が寝ていた間に何かあったか?」

「あー、シュベールに転移魔法の紙を渡してきたよ。それから国王城の偵察も」

「転移魔法の使い方はシュベールに言ったか? 通常のものとは異なる点があるのだが」

「え、マジ……? 普通のと同じ説明しちゃった」

「戦闘中に手のひらを重ねさせるなんて至難の技だろう? だからあれは、壁や床に貼りつければ通過した者を強制的に送り出す仕様にしたのだぞ」

「もう一回行ってきます……」


 説明し直しだ。

 まさか自分の勝手な善意で迷惑をかけるなんて。

 新の心は申し訳なさで満ちていた。


 重い足取りでまたもや玄関へ。


「待て。私が行くよ。家と魔王城間を転移するもののストックはたくさんあるから」

「でも俺、暇だし――」

「君はそろそろ食事をしたまえ。異世界に来て三日ほどは空腹を感じないが、あくまでも感覚が麻痺しているだけなのだ」


 新はもう丸一日食事をしていなかった。

 どういうわけか異世界転移を行うと、その体は何かしらの感覚が数日ほど鈍くなるらしい。


 マユもそれを経験し、食事を怠ったら動けなくなったことがある。


「でも俺、そこまで料理得意じゃないんだけど……」


 できるとしたらチャーハンくらい。

 そもそも食材がこの家のどこにあるのか……。


「私だって料理は苦手だよ。昨日、魔道具の説明をしただろう?」

「もしかして、自動で作ってくれるものがあるのか!?」

「パスタを召喚できる魔道具があるぞ」


 マユは立ち上がってキッチンのようなスペースに置かれてある魔道具へと向かった。

 新の後に続いて魔道具を見る。


「……電子レンジじゃん」


 外見はただの電子レンジ。

 しかもスイッチには日本語で『あたため』と書いてある。

 『とりけし』や『出力切替レンジ』のスイッチも。


「私がこの世界へ行くにあたって衣食住は備えていたんだ。テントやら衣服を用意して旅行気分で転移しようと思って」

「だからって電子レンジは持っていかねぇだろ……」


 しかもそれを魔道具に変えてしまうなんて。

 新はマユの発想が理解できなかったが、とにかく彼女が天才であるとだけはわかる。


「私は大学入学から一人暮らしを始めたのだが、いちいち調理をするのは面倒だと感じてしまってね。ずっと冷凍食品で(しの)いでいたのだよ」


 特によく食べたのが冷凍パスタ。

 味が好きだとか、たいした理由はなかったがなぜか食べていた。


「パスタ限定ってのもすごいけどさ……。思い浮かんだ食べ物を召喚するのはできなかったの?」

「無理だ。それを書くのはまだ難しいな」


『思い浮かんだ食べ物を召喚する』魔法陣を書くのは難しい。

 その人の思考を察知するためのステップを踏まねばならないからだ。

 その点『パスタだけ』と限定すれば楽になるのだった。


「早く食べたい時は『あたため』を押せばいい。あたたかいボロネーゼパスタが出てくるぞ」

「他の種類もあるの?」

「最近つけ加えてみた。『出力切替レンジ』から出力ワットを変更するといい」


 500ワットでナポリタン、600ワットでアラビアータ――などなど。

 制限なしに好きなだけ召喚できるのだ。


「基本的にトマトなんだな……」

「む、嫌いだったか?」

「違う。味が似てるじゃん。だからいつか飽きるんじゃねーかなって……」


 マユは同じものをいくら食べても飽きない性格だったが、新はそうではない。

 食事を楽しみたい気持ちがあった。

 とはいえ料理のできる人間はいないし、この調子だとマユは食材を買っていないはず。

 となると、魔道具の改良こそ解決策だ。


「君を生活面で不自由させるわけにもいかないしな……。他の料理のことも考えてみるからとにかく今はパスタで我慢してくれ」


 マユはそう言って本棚から一冊の本を出す。


「じゃあ私は行ってくるから。眠くなかった私を眠らせた罰として、空腹を感じなくてもしっかり食べるのだぞ」

「あぁ。ありがとな」


 マユは靴を履き、外に出てから魔王城へ転移した。

 新は言われたとおり、パスタを食べることに。


 プラスチックの容器ごと召喚されたパスタだが、フォークがない。

 どうやらそれは自分で用意するみたいだ。


「……フォーク、どこだよ」


 なぜフォークだけ召喚対象外なのか。


 新がフォークを見つけたころ、パスタは冷めきっていた。

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