エピローグ
暴動が静まってから、国は更に混乱を極めた。
紅の鳩の指揮を取っていたクロードは行方不明で見つからず、代わりにクラリスが指揮をとることになった。
国民の怒りは収まらず、断頭台は休むことを知らない。裁判という名のそれらしきものは開かれたが、多くの貴族が有罪判決を下され、上告すら許されずに断頭台の露と消えた。
その中には、フェルナンやセルジュも含まれていたと言われている。
「ロー、きっと、この国はこれから良くなっていくよ」
「貴族だってだけで、子供さえ殺されるのにか?」
レティシアの言葉を、ロランは鼻で笑う。
この国がどうなろうと、もはや、ロランにはどうでもいいことだった。ただただ、気にかかるのは、フランシーヌが見せた最期の笑顔。あの笑顔は、言葉は、幻だったのだろうか。
「あんたは、あの女王を殺した英雄なんだ。そんな斜に構えてないで、もっと堂々としたらいいだろ」
「一時期は犯罪者扱いだったのに、今じゃ英雄だなんて笑えるな」
にべもない言葉に、レティシアは困り果てる。
ロランはフランシーヌと恋仲だったのだ。いくら、彼女が暴虐の限りを尽くしたとは言え、その手にかけるのは苦痛の方が大きかったのかもしれない。
レティシアは、おずおずとある提案を口にする。
「ロー、もし、あんたが、その、女王を忘れられないっていうなら、あたいを……ううん、私を代わりにしても……」
「やめてくれ」
最後まで言い切る前に、ロランは拒絶する。そして、まっすぐにレティシアを見つめた。
「お前はフランシーヌじゃなくて、レティシアだろ?」
あぁ、とレティシアは心の中で嘆息する。
かつて、あれほど嬉しかったはずの言葉が、今は胸を抉り、心を削る。
フランシーヌがいなくなった今なら、もしかしたら――自分を愛してくれるかもしれない。そんな淡い希望を抱いてしまった。けれど、フランシーヌはロランの中で永遠となった。レティシアがその代わりになることなど、決して許されない。
重苦しい沈黙が続く中、ドアを小さく叩く音がする。訪問者は珍しくない。
ロランがフランシーヌを屠ってからというもの、日に何度かは訪れる者がいた。彼らの殆どは、感謝を述べ、褒めそやし、帰っていく。その類だろう、とロランは面倒臭さを感じながらも、訪問者に入るように促した。
入ってきたのは、老齢の紳士だった。その表情は深刻で、どう考えてもロランにただ会いに来ただけではないことが伺えた。
「ロランさん、お会いできて光栄です。姫様が言っていたのは、おそらく、あなたのことだと思うのですが……」
「姫様?」
「えぇ。シリルという少年をご存知でしたか?」
ロランの呼吸が詰まる。驚いて紳士を見つめると、困ったように微笑んだ。
「その様子だと、本当にお知り合いだったのですね。私はフランシーヌ様の元で医者をやっていたのですが、彼女が遺体をバルコニーから投げる前夜、あの少年の診察をしたのです」
「遺体を? どういうことだ?」
「姫様は、残虐な行いの数々を繰り返しましたが、私はどうにも、あのシリルという少年の件が引っかかっており……」
医者は言葉を区切りながら、かつてフランシーヌのもとでシリルが息を引き取ったときの話を語り始めた。その口調には偽りの影もなく、ロランの混乱はさらに深まっていく。
医者の話によれば、あの日フランシーヌが落としたのは、すでに息を引き取ったシリルの遺体だったという。
しかしロランは、あのとき眠っていたシリルを落としたのだと、ずっと信じていた。時計台でフランシーヌも、そう言っていたではないか。
「今更かもしれませんが、私には、どうにもフランシーヌ様が、完全なる暴虐の女王になったとは思えなかったのです」
それでは、と伝えたいことを伝え、医者はその場を辞した。
ロランはゆっくりと目を瞑り、両手で顔を覆う。脳裏によぎるのは、断頭台で見たフランシーヌの今にも泣き出しそうな笑顔。
『ロラン、大好きよ』
そう言ったのは、きっと、聞き間違いではなかったのだ。それならば、なぜ、あのような行いをしてきたのか。
問いかけても答えは返って来ない。
なぜならば、答えを知っているフランシーヌは他ならぬロランの手で、永遠に帰らぬ人となったのであるから。
本編はこちらで完結となります。
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