02
フランシーヌは、口の端を上げて、皮肉気な笑みを浮かべる。
まぶたを閉じれば、燃え盛る炎の中、ロランと見知らぬ女が抱き合う姿が目に浮かび、心臓が潰れたように痛みを訴えた。
「あぁ、いっそ、本当に気が狂ってしまえばいいのに」
そうすれば、罪の意識に苛まれることも、嫉妬に心を惑わされることもないのに。
セルジュの提案に乗り、ロランのために全てを投げ打つと決めたときから、愚者を演じることに決めたのだ。
それなのに、心のどこかで、ロランのためにやったことなのだと、気付いて欲しがっている自分がいる。
それが露見したところで、ロランが喜ぶはずもないと、分かりきっているはずなのに。
シリルの遺体を蔑ろにし、粗末に扱ったことは、何よりもロランの心を抉っただろう。
もしかしたら、あれが紅の鳩などという反乱分子に与するきっかけになったかもしれない。
それでも、シリルを助けようと、最初は尽力したのだと、ロランに気付いて貰いたいと心が訴えている。
時計台の上からは、街中に火の手が上がっているのがよく見える。
吹きすさぶ寒風が身体の熱を奪っていくたびに、ここでロランと駆け落ちを決めた日のことを思い出す。
今はもう、隣にジャケットを貸してくれる彼はいないのだ。
フランシーヌはきつく奥歯を噛みしめる。
後戻りはできない。
何度でもフランシーヌは自分に言い聞かせる。
駆け落ちした時、もし、クリストフの住む村まで辿り着けていたのなら、と何度も想像する。
無理やり連れ戻したセルジュやフェルナンが憎くない、と言えばそれは嘘になるのだ。
けれども、オーギュストによる残虐非道な行為を思えば、彼らが呼び戻そうと躍起になったのも仕方ないと理解している。
そして、フランシーヌ自身がそのオーギュストよりも愚かで残虐な王になるとは、あの時、誰が想像していただろうか。
今思えば、他にも方法はあったはずなのだ。
オーギュストを殺してしまった焦り、両親を失った悲しみ、そして、ロランが心配なあまりに、セルジュの助言を受け入れてしまった。
信頼していた教育係の提案を、鵜呑みにした己の愚かさに気づいた頃には、取り返しのつかないところまで来ていた。
こうなれば、最後まで愚王であることを、貫くしか無い。
◆
セルジュは剣を片手に、悠々と市街を歩いていた。
市民は暴動を起こし、これまで恐怖の対象であった騎士団や、贅沢を尽くしていた貴族をどうにかすることに夢中で、セルジュにはまるで気づかない。
時折、服装で貴族だと判断されるのか襲いかかってくる者もいたが、躊躇いもなく手に持った剣で切り捨てた。
セルジュはこの3年間に思いを馳せる。
フランシーヌが頼れる者は、セルジュしかいなかった。
オーギュストを殺したという事実を共に封じ、共犯者になったあの日から。
秘密が2人を縛り合い、他者の介入を許さなかった。
愛した者に会うこともできず、ただ、彼のために生きるフランシーヌはどのような気持ちで日々を過ごしていたのだろうか。
フランシーヌが時折、引き出しの鍵を開けて、かつてロランから受け取った手紙を読み返しているのを知っていた。
時計台を見つめては、静かに涙を流すことも知っていた。
セルジュはまっすぐに時計台に足を進める。
フランシーヌがどこにいるかなど、手に取るように分かるのだ。
そして、ロランが生きているのであれば、そこに向かうことも承知していた。
「姫様…」
セルジュは小さくため息をつく。
陰鬱で凄惨なこの3年間も、彼にとっては愛しい日々だった。
たとえ、フランシーヌの心がロランにあろうとも、秘密がフランシーヌを王位に縛り付け、己の他に頼るものを失わせた日々は、何物にも代えがたい。
セルジュはフランシーヌの秘密の共犯者になれただけで満足だった。




