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紅の鳩  作者: りきやん
裏切り者

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砕ける心

 レミは手紙を懐に秘めたまま、意気揚々と歩いていた。敬愛するメルクリオの役に立てることが何よりも誇らしく、また、仕事を任されたことによって、信頼を勝ち得たのだと確信したからだ。


 レミにとって、メルクリオは憧れであり、崇拝する相手であり、盲目的に従うべき相手であった。私生児とも呼べる生まれにも関わらず、誰もが魅了される容姿を持ち、教養を持っていたのだ。


 手の届かない人間というものは、嫉妬の対象にすらならない。そんなメルクリオに頼まれ事をするということは、とても誇らしいことだった。


「この辺か?」


 指定された場所は閑散としていた。このご時世に鐘が6つ鳴る頃に外を出歩く人間など、ほとんどいないからだ。


 うろついているのは、家を持たない者や、レミのような不届き者くらいである。相手はどんな美女なのだろうか、と想像してレミの口角が緩む。メルクリオの選ぶ女は、その多くが手練であり、見目の麗しい者が多かった。


 締まりのない表情でレミが惚けていれば、背後から足音が近づいてくる。お目当ての人物が来たのかと、振り返れば、目が合ったのは甲冑を身に纏った騎士だった。その姿にレミの心臓が跳ね上がるが、平静を装って視線を逸らす。


 積み重なった悪事が暴かれるはずもない。今はただ、手紙を持って佇んでいるだけなのだから。


「おい」


 素通りしてくれるだろうと思っていた騎士が、声を掛けてくる。レミはこめかみに一筋の汗が流れるのを感じた。


「騎士様が何か用ですかね?」


 手にした手紙を握り締める。静まり返った場に、紙が潰れる音が響き渡った。


 騎士は眉を顰めて、レミを頭の天辺からつま先まで視線を走らせる。そして、口元を真一文字に結んだ。


「その手紙を見せてもらおうか」

「はぁ……?」


 メルクリオと女の逢引の文に、何の用があるというのか。レミは疑問に思いながらも、素直に手紙を差し出す。いくら尊敬しているメルクリオからの頼まれごとと言えども、自身を犠牲にしてまで、女との文を守ろうとは思わなかった。


 騎士は渡された手紙を受け取ると、乱暴に封を切る。中から出てきた便箋に目を通し、顔色を変えること無くレミを睨んだ。


「女王に謀反を企てる愚か者が」


 言葉を理解することが、哀れな青年には出来なかった。そのせいで、騎士が伸ばした手を呆然と見つめるだけで、いとも簡単にその首根っこを抑えられる。


 気がついた時には、全てが遅かった。


「待ってくれ! 別に騎士様に捕まるような内容じゃないだろう?! たかが、娼婦との逢引の手紙だぜ?!」

「最近の娼婦は、紅の鳩と密接な関係にあるようだな?」


 紅の鳩。


 レミは冷水を浴びせられた時のように、全身の血が下がるのを感じた。その単語が騎士の口から出ることが、決して良い意味では無いと知っている。例え、民衆の希望となる集団であったとしても、冷酷無慈悲とされる女王の配下の人間にとっては、屠るべき相手だ。


 その末路がどのようなものかは、想像に容易い。


 レミは必死に身を捩り、半狂乱になって泣き喚く。メルクリオから預かった手紙に、紅の鳩に関係する事柄が書いてあるはずがない。盲信するメルクリオが、破滅へと導くようなものを渡すはずがなかった。


「何かの間違いだ! 俺は関係ない! 離してくれ!」

「冗談でも、紅の鳩のことは書くべきじゃなかったな」

「嫌だ! やめてくれ! 断頭台だけは! 嫌だ! 嫌だ!」


 路地裏に、醜くがなり立てる声が木霊する。やがて、その音は遠ざかり、再び静寂が訪れた。


 ◆


 フランシーヌは見回りに出ていた騎士から受け取った手紙を見つめ、小刻みに手を震わせていた。


 書かれている字は、紛れもなく何度も目にした力強い筆跡。そして、切れ切れの単語で書かれた簡素な内容。


「ロラン……」


 久しぶりに見た想い人の手紙に胸が踊る反面で、内容には酷く落胆した。そこには、王政に異を唱える団体「紅の鳩」の会合が、ロランの字で、ロランの住む宿で行われると書いてあったのだ。


 紛れも無く、ロランがフランシーヌの敵に回ったという証拠である。シリルの死を知らしめたことで、こうなることは、もちろん、覚悟していたはずだった。けれども、心臓に針で穴を開けたように、胸が痛い。


 本来ならば、騎士団を使い、ロランの元に乗り込んで、彼を捕まえなければならない。女王に反旗を翻す者には、これまで例外なく死を与えてきた。今回も同様に、制裁を加えなければならないのだ。


 けれども、ロランをこの手に掛けることになっては、本末転倒である。元々、彼を救うために、冷酷無慈悲な女王を演じてきたのだ。


 この手紙を持っていたレミという青年は、口封じの為に死刑に処すように命じた。彼を捕まえた騎士をでっち上げた罪で拘束してしまえば、この手紙の存在を知る者はいなくなる。そうすれば、ロランを見逃すことができるのだ。


 フランシーヌは手の中で手紙を握り潰す。細く、長い息を吐き出した。3年前と比べて、肩甲骨程まで伸びたライラックの髪を後ろに流し、命令する。


「セルジュ、始末して頂戴」


 傍らに控えていた黒髪の青年に、紙片を手渡す。ロランが書いたものならば、手元に置いておきたいという気持ちをフランシーヌは心の奥底に封じ込めた。


 受け取ったセルジュは手の中に目を落とし、小さく黙礼する。そして、そのままフランシーヌの部屋を辞した。


「始末、ですね」


 扉が音も立てずに閉まったのを確認し、セルジュは薄っすらと口角を上げる。それでも、その変化は長年側にいたフランシーヌにしか分からない程、微細なものだった。


「仰せのとおりに」


 いつまで経っても、フランシーヌの心を縛るダークブルーの髪の青年。大した学も無く、どこにでもいるような、平凡な出で立ち。フランシーヌがその身を破滅へと投じるほどに、惹かれて止まない男。


 ロランを英雄にするのでしょう、とフランシーヌに嘯いた日から、この共犯は始まった。フランシーヌの心は、いつでもロランの元にあった。それにも関わらず、頼れる者はセルジュしかいなかったのだ。


 この手紙はフランシーヌの心に相当な傷を負わせたであろう。ロランを信じ、愛し、守っていると実感していることで保っていた心の平衡が崩れるのが手に取るように分かる。


 ロランが本当に紅の鳩に与しているなら絶好の機会である。彼が英雄となり、歴史にその名を刻むのであれば、フランシーヌも満足であろう。


 そして、セルジュもまた、フランシーヌが変わらずに自身の君主としてあり続け、その地位についているのであれば満足だった。

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