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紅の鳩  作者: りきやん
別れ道

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路地裏にて

 王城の前を通った人々は、その異様な光景に我が目を疑った。


 ある者は何度も目を擦り、ある者は頬を抓り、また、ある者は呆然とその光景を眺めている。やがて、それが幻でも白昼夢の見せるものでもない、紛れも無い現実のものだと気付いた時、悲鳴を上げて倒れるか、腰を抜かしてその場に座り込んだ。


 そこには、3つの生首が杭に刺され、公衆の面前に晒されていた。


 生気の無い、どろりと濁った瞳。杭にこびり付くように固まってはいるものの、当初は垂れ流しになっていただろう血液。周囲に漂う異様な匂い。


 どこからともなくやってきた烏が、腹を満たすために頭蓋を突ついている。皮膚が腐食しているせいで、髪は無残に抜け落ち、地面に散らばっていた。


 どこの狂人の所業だろうか。人々は囁き、噂をし合う。


 広場で行われる処刑もなかなかに残酷なものだが、貴族階級ではある種の娯楽として受け入れられている節がある。目の前で人の首が飛ぶのは耐えられるが、飛んでしまった首をこのように晒すことには耐えられない、というのが民衆の総意だった。


 城の前の門を守っている兵士は、晒されている首に目を向けないよう、あらぬ方向をじっと見つめている。嫌でも視界の隅に入るそれに、気づいていないはずがない。広場でひしめき合っていた民の一人が、声を上げた。


「ねぇ、どうして、このようなものを放ったらかしにしておりますの?」


 あからさまな嫌悪を顔に浮かべ、嵩張るドレスに身を包んだ婦人が憤然と抗議をする。門番は顔色こそ変えなかったものの、答える声は震えていた。


「これが、女王の意思だからだ」


 この国で女王と呼ばれる人間は、たった一人。


 フランシーヌだけである。


 国王陛下と王妃、婚約者を亡くした直後に即位した、望まれるべくしてその地位についた者。混乱を招き、治世を乱したオーギュストに代わり、元のような平和な世を築いてくれるものだと誰もが期待していた。


 その結果が、王城前の3名の晒し首である。


 人々は動揺と戸惑いを隠せない。今ここに、フランシーヌ・ドゥ・ボーヴォワールによる恐怖政治の幕が開けた。


 ◆


 王城前の広場で起きた大事件の概要も、路地裏の更に奥にあるドブのような場所にすぐには届かない。そこには、手が1本ない者や、目が腐り落ちて盲目になった者、脳をやられて狂ったように笑い続ける者、様々な人間が路上で生活をしていた。


 その中に1人、周囲に比べると、幾分かマシな洋服を着て、地べたに座っている少年がいる。満足に動かない指先をじっと見つめ、時折苦しそうに顔を歪めていた。


 この少年こそ、アンセルムが必死に探し求めていたシリル・カルパンティエである。


「けほっ……」


 乱暴に城を追い出されてから、しばらくして出始めた咳が止まらない。


 処置を施されなかった火傷跡は引き攣れ、指を曲げることすらままならなかった。


 まともな食事も得ることが出来ず、喉が渇けば道路脇を流れる泥水を啜るしか無い。健康だったはずの身体は弱りきり、常に震えが走っていた。


 全て、自分の軽率な行動が招いた結果だった。


 贈り物をするどころか、親方の命を奪ってしまったのだ。後悔だけでは済まない。どこで間違ってしまったのかを必死に考えても、シリルには答えを出すことが出来なかった。


 ただ、アンセルム、女将のいる場所には戻れないことだけは、漠然と感じていた。こんなにも愚かなことを仕出かした自分を迎え入れてくれるとは思えなかった。


 家に戻っても、親方はもういない。1人、ベッドでのうのうと寝ることなど考えられなかった。路地の端で蹲って眠るだけでも、死んだ親方に責められる夢を見るのだ。シーツや布団に包まれて、安らかに眠ることなど到底許されるとは思えなかった。


「おい、聞いたか?」

「なーにがだよ」

「王女様が戻って来たらしいって」


 ひそひそと囁き合う声が近くでする。


 生気の無い目で座り込んでいただけのシリルは、その内容に小さく顔を上げた。


 ボロを纏った老人が、酒瓶を何本も転がしている男の隣で口早に捲し立てている。


「数日前には帰ってたらしいぞ。どこに行ってたんだろうな?」

「どーでもいいだろぉ。王女なんてよぉ。ここが掃き溜めだってことに変わりはねぇんだからよっ……と!」


 男は酒瓶を逆さまにすると、大口を開けて最後の一滴を舌へと垂らす。乱暴に上下に振りながら、それ以上残っていないことを悟ると、不機嫌そうに鼻を鳴らして酒瓶を脇に転がした。


 シリルはその会話を盗み聞きしながら、フランシーヌの顔を頭の中に思い描いた。いつも微笑んで、優しい言葉を掛けてくれた、ロランの想い人。姉や、母がいれば、このような感じだったのだろうかと、幾度と無く考えた。


 フランシーヌが帰ってきたということは、ロランも帰ってきたのだろうか?


 逃亡に失敗し、2人でどこかへ行くことは出来なかったのであろうが、シリルはその事に安堵を感じていた。もちろん、ロランとフランシーヌの恋が成就することを願っている。


 けれども、フランシーヌがいなくなった際に出てきた、オーギュストの仕打ちには耐えられなかった。フランシーヌさえいれば、あの男が好き放題することもなかったのだ。親方も、生きていたかもしれない。


 シリルは数日間、食べ物を口にしていないせいで、まともに動かない身体に鞭打つ。壁を支えに立ち上がり、引き摺るようにして歩みを進めた。


「おーぅ、坊主。俺ぁ、てっきりお前さんは死んでるもんだと思ってたけどな。そんなナリで、どこ行くんだ?」


 薄汚い老人と話していた男が、シリルが動いたのに気付き、酒瓶を振り回しながら笑っている。シリルは振り返るのも億劫で、前を向いたままぞんざいな返事を返した。


「お城」

「そーかそーか。城の奴らに、ここに酒をたっぷり持ってこいって伝えといてくれよ!」


 がはは、と男が笑っている。シリルの言ったことを冗談だと捉えたのだろう。


 背後で酒瓶が地面に転がる音を聞きながら、シリルは手の平に走る痛みを我慢しながら、前へと向かう。


 誰よりも、フランシーヌに会おうとシリルは考えた。もちろん、ロランに会いたい気持ちも強い。けれども、親方を死に追いやった情けない姿を見られ、何を言われるのか想像するのが怖かった。


 一方、フランシーヌならば、きっと優しく慰めてくれるだろうという期待があったのだ。誰でもいいから、自分のせいで親方が死んだのではない、と言って欲しかった。


 そのために、親方と交流が無かったフランシーヌを無意識に選んだのは、シリルの中で打算が働いたと言ってもいいだろう。


「けほっ……ごほっ……」


 相変わらず、咳は止まる気配を見せない。


 火傷を負った手の平は引き攣れ、足を一歩出すのにも一苦労だ。けれども、シリルはしっかりと前を見据える。


 フランシーヌに会いたい、という気持ちは彼の弱り切った身体の中で、大きな動力となっていた。

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