王都への帰還
数十日ぶりに戻って来た王都は、妙な緊張感に包まれていた。人々は声を潜めて囁き合い、騎士団の制服を見ると、恐怖を露わにして建物の中へと逃げ隠れる。
おかげで、相変わらず丈の合っていない服を着たフランシーヌと、縄で両手を拘束されているロランに大した注目は集まらなかった。ロランは逃げられないように、フェルナンの前に座らされている。
フランシーヌはセルジュの馬へと乗せられていた。クリストフの馬は、他の騎士団員が並走させ、手綱を握っている。
「……様子がおかしくないか?」
店先に立っていた女性が、こちらを見るなり小さな悲鳴を上げて、奥へと引っ込んだのを見届けて、ロランは呟く。後ろに座っているフェルナンが重く頷いた。
「オーギュスト様による圧政のせいだ。この前も、子供が貴族の屋敷に侵入した罪で裁判を通さず死刑になった」
「は?」
言葉はきちんと聞き取ったが、理解が追いつかなかったロランは聞き返す。
「侵入しただけで、死刑なのか?」
「オーギュスト様は、貴族の領域が侵されることに関して、殊更、厳しいお考えをお持ちだ」
「だからって、子供が悪戯で入っただけかもしれないだろ?」
フェルナンとてロランと同意見だったが、肯定することはせず、沈黙を通す。下手な事を口にすれば、次は己の首が文字通り飛んで行くだろう。
「実際は、子供の保護者が代わりとして処刑された。見せしめのような処刑が数件続いたせいで、市民は王城に連なる者を見ると、萎縮し逃げ隠れるんだ」
会話が途切れる。
馬が闊歩する音と、生気の無い商売人の声だけが路上に響く。ロランは横を並走しているフランシーヌの顔を盗み見たが、強張った固い表情をしているだけで、視線がこちらに向くことは無かった。
セルジュに行く手を阻まれ、フェルナン率いる騎士団員に退路を絶たれた時、ロランとフランシーヌは降参を余儀なくされた。
フランシーヌに関しては保護、ロランに関しては捕縛という形を取られ、数日かけて王都への道のりを馬で歩いてきたのだ。
その中で、クリストフが川に飛び込んだ話を聞かされた。捕まってからというもの、表情を見せなかったフランシーヌが、この件を聞いた時に、僅かばかり目を見開き、涙を堪えるように下唇を噛んでいたのをロランはよく覚えている。
それからというもの、まるで、話すことを忘れてしまったかのように、フランシーヌは口を利かなかった。もちろん、ロランが話しかければ、受け答えはしただろう。しかしながら、捕まった直後から、フェルナンとセルジュにフランシーヌへの接触を禁じられたロランは、馬に乗って並走する時以外、その姿を見ることさえ叶わなかった。
王城の門が見えてきた。以前、見かけた時は、退屈そうにしていたはずの門番も、今はどこか神経質な様子だった。
濃紺の騎士団服を着たフェルナンを見つけると、門番は合図を待たずに開門する。そのおかげで、馬は失速することなく王城へと足を踏み入れることができた。整備された石畳の道を通りぬけ、正門へ辿り着く。
「お疲れ様です」
正門へと配置されている番兵が、一行へ敬礼をした。もちろん、ロランに向けられたものではない。
「この者を地下牢へ」
ロランは馬から降ろされると、番兵へと受け渡される。その時、この数日間というもの、全く口を利かなかったフランシーヌが声を上げた。
「待って。地下牢ってどういうこと?」
番兵はフランシーヌのことを胡散臭そうに睨むが、しばらく見つめた後、その正体が髪を切り落とし、妙に丈の合わない服を着ている姫君だと気付いたのか、態度を改めた。緊張した面持ちで、再度敬礼する。
「姫様! 大事無きようで何よりです」
「えぇ、ありがとう。それより、その方は地下牢ではなくて、私の部屋にお通しして頂戴」
「え、は……」
「地下牢に入れなさい」
番兵の返事を遮るようにセルジュが冷たく告げる。
「その者は、今回、姫様を拐かした犯人です。地下牢に入れるのが妥当でしょう」
「違うわ! ロランは、私のことを拐かしたりしてない!」
「番兵、早く連行しなさい」
異なる主張をする2人に、番兵は戸惑ったものの、異常な様子のフランシーヌではなく、静かに命令を下したセルジュに従うことにした。ロランを引き立てると、そのまま地下牢への道へと歩みを進める。
「ロラン!」
馬から飛び降りそうになるフランシーヌを、セルジュが寸でのところで引き止める。腰に回された手を振りほどこうともがきながら、フランシーヌは叫んだ。
「すぐに出してあげるから!」
本来ならば、片手を上げて了承の意を伝えたかったが、生憎ロランの両手は縄によって塞がっている。代わりに、半分ほど振り返って、小さく笑みを零した。
「泣くなよ、フラン」
そう言われて、フランシーヌは両目に涙が浮いていることに気付く。それを零すまいと、口を真一文字に引き結び、大きく頷いた。
ロランの背が、ホールの先に消えるまで、フランシーヌは目を離さなかった。
「部屋に戻りましょう、フランシーヌ様」
セルジュはフランシーヌを支えていた手を引き、馬に座り直させる。大人しくそれに従ったものの、フランシーヌは何も答えはしなかった。
◆
久しぶりに戻って来たフランシーヌの自室は、出発した時とさほど変わりが無かった。マントルピースの上に飾ってある花瓶には、相変わらず美しい花が生けてあったし、ベッドも清潔なシーツにくるまれていた。
唯一変わっているのは、乱雑に積み上げておいたはずの本が、きちんと整頓されているところだろうか。
到着して早々、お召し替えを、と命令したセルジュは、フランシーヌのことを侍女に任せてどこかへ消えてしまった。この数日間着慣れたロランの服は取り払われ、数十年間親しんできたドレスへと袖を通す。こんなにも、コルセットは息苦しく、ドレスはのしかかるように重かったかしら、とフランシーヌはため息をついた。
今すぐにでも地下牢へと駆けて行き、ロランを救い出したいのだが、行動を見張るように部屋の外には騎士団員がいる。一応の礼儀や敬意は払っているものの、頑として部屋から出してくれそうにはなかった。
部屋の奥に控えている侍女たちも、どこか固い表情で控えている。市内だけでなく、王城の中でも、妙な緊張感が漂っていた。
ただ過ぎていく時間にいい加減苛立ちを覚え始めた時、控え目なノックが3回繰り返される。正直、顔を合わせるのも億劫だったが、フランシーヌは入るように声を掛けた。
扉を押し開けて入ってきたのは、予想通りセルジュである。いつも通りの無表情だったが、その拳が固く握られていた。
「姫様、お耳に入れておかねばならないことが」
「ロランのこと? それなら、早く地下牢から出してあげて!」
セルジュは首を横に振る。
「国王陛下と女王陛下のことでございます」
「お父様とお母様?」
そういえば、帰って来てから顔も合わせていなかった、とフランシーヌは思い出す。ロランのことで頭がいっぱいで、正直、他のことを考えている余裕など無かったのだ。
「お会いするのは構わないけど、ロランを地下牢から出してあげてからにして」
「いえ、それが、両名ともお亡くなりになられました」
あまりに淡々と告げられた内容に、フランシーヌは耳を疑う。
セルジュの平然とした態度に冗談かとも思ったが、その表情から覗い知ることは出来なかった。唖然としているフランシーヌを余所に、セルジュは続ける。
「死因は毒薬だそうです。近くにクリストフが愛用していた酒瓶が転がっていたとの情報が得られています」
「嘘……待って、お父様とお母様が……殺されたってこと?」
「おそらくは。見舞いの品の中に、紛れていたようです」
クリストフがやったのだろうか、と考えかけて、フランシーヌは即座に否定する。まず、地下牢番を務めていた彼が、王や王妃を殺す理由が無い。
「現在、クリストフの逃走はこの件が原因である、という見方をされているようです」
「違うわ、クリスはそんなことしない」
フランシーヌは地下牢で交わした会話を思い出す。
彼は言っていた。酒瓶が消えてしまった、と。
誰かが彼に罪をなすりつける為に、盗んだのだ。そして、上の者がいなくなることで、得するのは誰か。
答えは明白だった。
「オーギュストよ」
フランシーヌは、はっきりと断定する。セルジュは双眸を細めただけで、その考えについて特に言及はしなかった。
「セルジュ、オーギュストを連れてきて。あと、人払いをして頂戴」
「かしこまりました」
セルジュが目で合図をすると、奥で控えていた侍女たちが廊下へと出る。それを見送った後、セルジュは振り返った。
「姫様、どうぞお気を確かに」
フランシーヌはゆっくりと頷く。手足の先から、体温が消えていった。




