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紅の鳩  作者: りきやん
第一章

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19

『市場には、安くて良質なものがある』と言ったのは誰だったろうか。

ロランは現在進行形でその文句に、ただひたすら賛同の意を示していた。

隣でぶすっとした顔で睨みつけているシリルを放ってでも、漁る価値はある。


「ねぇ、ロラン!ロランばっかり買い物してても意味ないんだけど!」

「うるっさいな!俺だって、揃えないといけないものがあるんだよ!」

「万能ナイフなんか、何に使うのさ!」

「そりゃ、お前…万能なんだから、いろんなことに使うんだよ!」

「全っ然、具体的じゃないんだけど!」


子犬が吠えるように噛み付くシリルに、ロランは適当に言い返して黙らせる。

その様子に、店主である熟年の女性が忍び笑いを漏らしているが、ロランは敢えて無視をした。

本来はシリルの親方へのプレゼントを探すために来ていたのだが、今ではすっかり目的がすり替わってしまっている。

もともとロランという人間は、無駄なものは買わない主義であり、このような散財は彼の性格からして考えられないことだ。

そして、ロランの財布の紐が固いことを知っているシリルは、疑問を隠しきれなかった。


「ねぇー、ロラン!早く、次行こうよー!」

「ちょっと待ってろって!」

「いつもなら、自分の服だって買うの躊躇うくせに、どうして今日はそんなに無駄遣いするのさ!」

「そういう気分なんだよ!」

「変なロラン!」


むすっと膨れたシリルに、くすくすと笑っていた店主がキャンディを差し出す。


「ほら、坊や。これでも舐めて待ってな。お兄さんだって、たまにはゆっくり自分の買い物したいんだよ」

「僕、坊やじゃないもん!もう9歳だから、大人だよ!」

「そうかい、そうかい。なら、お兄さんが買い物終わるまで、待ってられるだろう?」

「むぅ…」


ここで騒ぎ立てれば、子供扱いされることが明白なせいか、シリルが押し黙る。

手の中にあるキャンディの包み紙を剥がし、口の中に放り込む様子を見ながら、ロランは礼を述べた。


「悪いね、おばさん」

「いいってことよ。その分、兄さんがうちの売上に貢献してくれるんだろう?」

「そう言われると、弱いな」


ロランは笑みを零すと、並んでいる品物を再び物色する。

万能ナイフ、鞄、ランプ、地図、マッチなどを選り分ける様子に、店主が片眉を上げた。


「おや、旅にでも出るのかい?」


言われたロランは、図星を突かれ肩を震わす。

黙って出かけようとしていた手前、ここで暴露されたのでは具合が悪い。

ロランは曖昧な言葉を発して、その場を濁そうとするが、聞き咎めたシリルが黙っているはずもなかった。


「ね、どういうことなの?ロラン、どこかに行くの?」

「あー…まぁ…」

「ねぇ、どうして?!僕、聞いてないよ?!」

「そりゃまぁ、言ってないからな」


仕方がないとばかりに開き直れば、シリルは目を零れそうなほどに見開いて、突然ぽろぽろと涙を零し始める。

ぎょっとしたロランは、慌てて抱き上げて、その背をさすってやった。


「泣くようなことじゃないだろ?」

「やだやだやだ!僕も一緒に行く!」

「一緒って…お前には親方がいるだろうが」

「親方も一緒に行く!」

「自分が何言ってるのかわかってるか?」

「だって!ロランがいなくなっちゃうなんて、僕、嫌だ!」


首元に回されたシリルの腕に力が篭もる。

苦しかったものの、落ち着くまでは好きにさせてやろうと、ロランは何も言わなかった。


「仲が良いんだね、あんたたち」


一連の流れを見ていた店主が微笑みを浮かべる。

ロランは苦笑を返すと、シリルを抱いたまま、片手でポケットから銀貨を1枚取り出した。


「そこに選り分けてあるやつ、これで足りる?」

「お釣りが出るよ」


唯一手元にあった、1番高額な硬貨が崩れて、銅貨となって返ってくる。

ロランは無造作にポケットに突っ込むと、店主が袋に品物を詰めている様子を眺めた。

旅に出るための道具は揃えたが、どこへ行くのかも、どうするのかも、何も決まっていない問題だらけの旅だ。

到着地が天国とは限らない。

地獄である可能性の方がはるかに高いだろう。

それでも、フランシーヌを連れ出す約束をしたのだ。

心のどこかで、一国の王女を連れ出すなどと馬鹿な真似はやめろと叫んでいる自分がいることは否めないが、約束を違える気はロランにはなかった。

不安や恐れはあるものの、それよりも、ロランの中ではフランシーヌと一緒にいたいという気持ちが強かったのだ。


「ほら、あとこれも持って行きな」


先ほど、シリルに渡していたキャンディを店主はいくつか袋に入れる。

思わぬサービスに、ロランはまじまじと店主の汗に光った顔を見つめた。


「坊やと一緒にお食べ」

「ありがと、おばさん」


その心遣いに感謝しながら、品物の詰まった袋を受け取る。

去り際に、シリルを抱いたまま軽く頭を下げるが、店主はすでに他の客の接客に移っており、気付いてはいないようだった。


抱きついたまま、すすり泣きを続け、一言も発しないシリルを、ロランは一瞥する。

すでにシガレットケースやら何やらを探している状況では無くなってしまった。

おそらく、詳細に説明をしなければ、シリルはいつまでも不貞腐れたままだろう。

ロランは手の中の両方の荷物を持ち直すと、自身の家である宿に帰るべく、歩みを進めた。

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