ある場所へ
その頃、ロランとアンセルムはある場所へと続く道を歩いていた。
お世辞にも綺麗とは言えない裏道を、2人は進む。正確には、ロランはアンセルムに引きずられていた。
「おい、アン。本当の本当に行く気か」
「ここまで来て、今更引き返すはずもないでしょ?」
「ですよねー」
これから何処へ行くかなど、上機嫌のアンセルムの様子をみれば一目瞭然だった。彼のお楽しみと言えば、賭け事、酒、女の3択しかない。ロランの嫌がり様から判断すれば、本日は女の方へと向かうらしかった。
「さっきの手紙のこと教えてくれるなら、賭博場に変えてあげてもいいけど?」
「ふざっけんな」
「じゃぁ、女の子たちと楽しく遊ぼうね」
「いらねーよ!」
「女の子をいらないとは、何て失礼な」
アンセルムは唇を尖らせて、膨れっ面を作る。成人した男性のそのような表情はいかがなものかと思うが、そこは美貌のアンセルム。その仕草さえ様になってしまう。
ロランは心の中で、神様は不公平だ、と罵った。
「いらないのは、お前のお節介だっての」
「面倒見が良いと言ってもらえるかな」
大げさに指を振りながら、アンセルムは黄金色の髪を揺らす。ロランは芝居がかった動きを胡乱気に眺めてから、服を掴んでいる彼の手を払った。
「ったく。おら、行くならとっとと行こうぜ」
「おや、乗り気。どんな心境の変化?」
「腹括ったんだよ!」
ロランは己の内でフランシーヌに謝り倒す。彼にとって盛り場へ行くこと自体は、初めてでは無かったが、そう何度も訪れたことがある訳ではない。片手に十分収まる回数だった。
そして、アンセルムに誘われて、興味本位でたった一度だけ女を抱いたこともある。けれども、その時はフランシーヌへの罪悪感で、楽しむことは微塵もできなかった。
喘ぎ声を聞く度、肌の熱に触れる度、頭の中でライラックの色がちらつき、興奮は醒めていく。お金を渡している客という立場であれど、あまりにも相手に失礼であり、フランシーヌにも対しても不誠実だと考えたロランはそれ以来、女を抱いたことは無かった。
「ロランが珍しいねぇ。その調子で2、3人抱いちゃおっか?」
「抱かねぇよ!」
まるで、お酒を飲むとでもいうような軽さで吐かれたアンセルムの言葉に、ロランはこめかみが引き攣るのを感じた。
◆
「きゃーっ! アンセルム! 帰って来てたの?!」
厳つい顔をした体格の良い用心棒の側を通り過ぎ、店へと踏み込めば、途端に黄色い声があがる。
アンセルムはその声に極めて上品な優しい笑みを浮かべたが、ロランは耳を塞ぎ眉を顰めた。
以前、ロランがアンセルムと一緒に訪れた店よりも、数段高級な場所のはずだ。それにも関わらず、彼の人気の高さには感心するしかなかった。
「やぁ、二ネット。元気だった?」
「やぁね。私の名前はエレーヌよ」
「ごめんごめん、イントネーションが似てたから、つい」
「もう、アンってばー」
適当な名前を挙げる悪友を、ロランは半眼で見つめる。許して、と言いながら、エレーヌと名乗った女の額にキスをするアンセルムに、頭が痛むような気がした。
結局、アンセルムは相手の名前すら簡単に忘れ、覚えようという努力もしなければ、本気で入れ込むことも無い。
ロランはそれをどうとも思わないが、将来、アンセルムは痴情のもつれで、背中から刺されて死ぬに違いないとは考えていた。それくらい、女性関係で人の恨みを買うようなことはしているだろう。
現に、その手のトラブルで、ロランは一度だけアンセルムが見知らぬ男と喧嘩をしている場面を見たことがあった。喧嘩、というよりは、相手の男が一方的にアンセルムを罵り、当の本人はいつものよに人好きのする笑みを浮かべて黙っているだけだったが。
「あれぇ? この子、アンのお友達?」
ロランは突然、肩に重みをを感じて、思わず身を引く。いつの間にか、その背に一人の女性がしな垂れかかっていた。
紫の髪に、派手な化粧、そして、毒々しいくらいに真っ赤な口紅が妙に浮いて見える。エレーヌの他にも、数名の女性に取り囲まれていたアンは、半分だけロランの方を振り返った。
「あー、そうそう。適当に相手してあげてー」
「投げやりだな、おい!」
どうにでもしてくれ、と手を振りながら、女性たちを従えて奥に消えて行くアンセルムに、ロランはそう突っ込むしかなった。
先ほど、面倒見が良いと言ったのは、どの口だったか。これでは、放置も良いところだ。
「なぁに、坊や。もしかして、こういう場所に来るの、初めて?」
「いや、そういう訳じゃないけど……」
「じゃぁ、あっち行きましょうよ?」
「あー……いや、あんたもアンの所に行きたかったら、行っていいぜ?」
紫の髪の女は目をぱちくりさせると、妖艶に微笑む。
「あら。そんなこと言ってたら、今夜は誰にも相手にされなくなっちゃうわよ」
「いいんだよ。あの馬鹿の付き添いで来ただけだし」
「ふーん……。その様子だと、あなた、恋人いるでしょ」
ロランは返答に困り、頬を掻いてそっぽを向く。恋人、ではないが、ずっと思い続けていた女性がいる。フランシーヌのことを見抜かれたようで、居心地が悪かった。
「可愛いのね。適当に座ってやり過ごしてなさいな」
「そうするよ」
「心配しなくても、今日はみんなアンのところに行っちゃうわ」
にっこりと紫の髪の女性が微笑むが、言われたロランとしては複雑な心境だった。つまり、それは、ロランよりもアンセルムの方が男として魅力があるということだ。
ロランも自分の分を弁えているので、今までの人生でアンセルムよりも容姿や財力が勝ると考えたことはないが、他人の口からはっきり言われてしまえば、落ち込みもする。
じゃぁねぇ、と軽く手を振った女性を見送りながら、ロランはがしがしと頭を掻いた。
もし、フランシーヌがアンセルムに会うことがあったら、彼女は自分を見捨ててしまうだろうか? 突拍子もない考えが浮かんできて、ロランは軽く身震いする。
縁起でもない。今まで、ロランにフランシーヌしかいなかったように、フランシーヌにとってもロランが唯一の存在なのだ。不吉な思いつきは、どこかへ追いやってしまおうと、ロランが頭を振った時、その目に飛び込んできた色があった。
――ライラックの色。
ロランの心臓が跳ね上がり、身体が硬直する。そのライラックの髪色は腰まで届く長さがあった。
皆がアンセルムを取り囲んで騒いでいる中、窓辺に佇み、知らん顔をして、窓の外を見つめている。
ロランが知る限り、ライラック色の髪を持つ女は1人しかいなかった。仮にも、一国の王女がこのような場所にいるはずがない。
そう思いながらも、ロランの手は緊張で震え、喉は乾いていく。
「おい……?」
恐る恐る一歩を踏み出して、声を出す。
振り返ったその女の持つ瞳は、澄んだすみれ色をしていた。




