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「花一華」後編

「お邪魔するよぉ?」


「ヴェーン侯爵様、こんな廃れた酒場に如何様(いかよう)です?」


「お前の顔を見ておこうと思ってね。ほら、お前が好きなマリーも連れて来たよ~」


「揶揄わないでください」


「そうですよ旦那様。今日は大切な日なんですから」


 ヴェーン侯爵様はマリーと共に入店すると、俺の向かいに腰掛ける。マリーは、そそくさとカウンターに向かい勝手に紅茶を準備し始めた。


「大切な日っていった……」


 店のベルが再び鳴り響く。開店前の午前7時だというのに来客が多過ぎだろう、と俺は眉を顰めた。

 首を傾げて扉を見やれば、ヴィンスがいる。間の抜けた声を出していると、彼は口を開いた。


「ただいま」


「おかえりー、って、あれ? エレアノーラ嬢を探しに行くって……この前、何回目か分からない旅に出たばっかりだったよね?」


「ああ、見つけたから帰ってきたんだ」


「久しぶり、ベルナール」


「お久しぶりね。ベルナール」


「ユアンにエレアノーラ嬢!」


 ぞろぞろと店内に入ってくる面々に目を瞠る。ヴィンス、カタリーナ様、レイニー、ユアン、エレアノーラ嬢、フィンの順に入店を果たし扉が閉まった。


「もう……こんな時間に誰……レイニー!?」


「おねぇちゃーん!」


「いや、そっちのレイニーじゃなくて! なんで此処にレイニーが、ってややこしいな!」


 一人で騒いでいるロビンのもとへ、エレアノーラ嬢が駆け出す。すぐさま抱き付いた彼女に目を瞠ったロビンは、大人しく背に腕を回していた。


「ロビンも無事でよかった……」


「それはコッチの台詞だよ。お帰り」


「ただいま帰りましたわ……髪が伸びたわね」


「綺麗でしょ?」


「えぇ、とても」


 美女2人が抱きあう様は中々絵になる。俺が目を細めていると、ヴェーン侯爵様が立ち上がっていた。


「ちょっと~、お父様とも感動の再会しようよ! レイニー!」


「ええ! お父様!」


 俺の横を駆ける様に忙しないなぁ、と眉尻を下げる。

 いい歳こいてテンション高いな、このおっさんと思っていれば、エレアノーラ嬢がヴェーン侯爵様の腹部に拳を入れた。


「うっ!?」


「お父様、私ね。帰ったら一発殴ってやろうかと思っていたのよ」


「出会い頭に酷いよ……可愛い娘(スイートエンジェル)……」


「『俺の娘を危ない目にあわせやがって』だったかしら? 私からすればね、私の大切な人をよくも傷付けてくれたわね、という感じだわ!」


 怒気を露わにエレアノーラ嬢は声を張る。唖然とする場の空気を置き去りにして、彼女は更に捲し立てた。


「大体ね! 知ってたなら普通に協力してもよかったんじゃなくて? というより、ユアンと逃げる前にネタばらししなさいよ! 悪の貴族が形無しじゃない! 私が……私が、この10年……どれほど苦しんだか……」


「他の国はどうだった?」


「え?」


「王妃の祖国はどうだったって訊いてるんだよぉ?」


「とてもいい国だったわ……」


「それだけかな~?」


「いいえ、まだ貧富の差は激しいから国政としては失敗よ。痩せた土地に作物をという考えが間違ってるわ。国を豊かにするなら先行投資も必要よ。恐れていては〝未来〟なんて見えないわ」


「うんうん。勉強はちゃ~んとしてきたみたいだね?」


「どういう意味かしら?」


「これなら官職を与えても良さそうだ。ちょうど財務に適任がいなくてねぇ」


 彼が何を言いたいのか俺にも分かった。彼女は、とうの昔に気付いているだろう。何枚も上手の侯爵様に怒りをぶつけている。


 全てはエレアノーラ嬢を他国に送り〝勉強〟させる為だったのだ。経験は知識に勝る。己の目で見た世界は個々の色があるのだから。

 悪くないとは俺は思うが、その為に払った代償が、この上なくエゲツない。


「ねぇ、ユアン」


「なに?」


「エレアノーラ嬢ってあんなんだっけ?」


「あんなん?」


「逞しすぎない?」


「前からあんなもんだよ」


「ふ~ん、あんなに見事なパンチ見せられたら浮気なんて出来ないね」


「する気もないよ。彼女以外目に入らないからね」


「惚気どーも」


 柔らかく口元を緩める彼には甘い雰囲気が漂っている。

 親子喧嘩を見守っているヴィンスとカタリーナ様は大したものだ。さすが王と王妃。器が違う。






 ——誰も死んでなどいなかった。


 それでも俺達に残された〝爪痕〟も〝罪〟も生涯消えることはないだろう。それは生きた〝証〟であり、花閉じる際に称えられる〝功績〟でもある。


 舞台の役者が揃ったのなら美しく終幕を迎えよう。一生されることのないスタンディングオベーションに包まれて、俺達は〝これから〟を生きるのだ。


 ——大切な人が隣にいる悦びを噛みしめて。

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