第63輪「花魁草」
「どうやら勝機は薄いらしいな」
「ヴィンス……?」
嫌な予感がした。薄ら笑う彼がユアンを見つめる。意味など分かりたくなかった。
「ユアン命令だ。レイニーを連れて亡命しろ」
「ヴィンス様なにを!?」
「お前は昨晩、俺の背中を押してくれたな。
今度は俺の番だろ? 託すならお前がいい」
「そんなの利いてなんかやらないわよ!? 絞首台になら私だって行くわ!? 仲間を見捨てて逃げろなんてあんまりよ!?」
「レイニー、俺は変わったお前を見て別人だと思ったよ。あの頃の気位の高い君は死んでしまったと思ってた。
でも花を愛でる君を見て、俺はもう一度恋に落ちたんだ。二度恋をした相手を死なせるわけにはいかないだろ」
「そんなの勝手な言い分だわ! 私には私の責任があるの! だから……」
「昨日の言葉は取り消す。ユアンと幸せになってくれ」
「話は終わったかな?」
私の言葉を遮り、ヴィンスが儚く笑う。
そんなものはいらない。そんなものはいらないのだ。
だから、この場にいることを認めて欲しかった。
それなのに父が再び切り掛かってくる。けたたましい金属音が私の鼓膜を震わせた。
「早く行け! 王子として最後の命だ!」
「承知しました! ヴィンス様、生きて再会を」
「ああ」
再会を、そう言わない彼の背が語っていた。「ここを死に場所に選んだのだ」と。
それを否定したいが為に、ユアンに抱えられた身体で懸命に抵抗した。
軽々と私を抱き上げた彼が走る。扉が閉まる瞬間、私の目にはヴィンスが笑っているように見えた。落とした視線の先では、フィンが何かを象っている。
必死に手を伸ばし、懸命に叫ぶ。しかし、彼らの想いが私に届かぬように、私の言葉が彼らに届く筈もなかった。
「いやよ……届かない……届いていないわ……」
刹那に起こった出来事が無情にも遮られる。灼けたように痛む喉を掻き毟りたい気分だった。
「ユアン、命令よ! 戻りなさい!」
「嫌です」
「私を誰だと思ってるの!? 身分が上の私に口答えをするなんて許さないわ!」
「僕は王子から命令された。君を守れと」
「そんなの知らないわ! 殿方は皆勝手過ぎるのよ! どうしていっつも私の話を聞いてくださらないの!?」
「それはエレアノーラ様が愛されていた証拠だよ」
「え?」
「皆が皆、〝貴女だけは〟と願った結果だ。だから僕は守る。王子の命を」
横抱きになっていた身体が浮き、片腕の上に座る形で支えられる。空いた方の手で剣を用いた彼は、襲ってくる衛兵を薙ぎ倒していった。
「すごい……」
「前世で貴女が死んでから、僕は二度と大切な人を死なせないと誓った。でもヴィンス様は守れなかった」
声に抑揚はない。にも関わらず、胸に突き刺さるのはなぜだろう。大人しく彼の首に腕を回した私にユアンが笑ったのが分かった。
「だからエレアノーラ様を守る。僕が転生したのは、きっと貴女を死なせない為だから」
凄まじい速さで城を駆けるユアン。流れる情景に私は涙を零すことしかできない。
情けなかった。戦に勝てない私は悪戯に民を苦しめただけで、これでは前世と変わらない。それなのに事の重大さが分かるからこそ、心が痛んで仕方なかった。
亡骸に想いを馳せる。
——巻き込んでしまってごめんなさい。
——家族の元に返してあげられなくてごめんなさい。
——勝利を収められなくてごめんなさい。
——私だけ生き残ってごめんなさい。
いくら謝罪を重ねても。神に祈っても。誰も生き返ってはくれない。
フィンにも裏切られたと思っていたのに、結局助けられただけだった。礼も言えず立ち去ってくるなんて罪悪でしかない。私の双眸から月の雫が溢れる。それは目尻で留まってくれるほど甘いものではなかった。




