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第43輪「松葉菊」

「ヴェーン家に仕えるよう言われたのは侯爵様が悪の貴族だからだ。それ意外の何物でもない。裏切ったりなんかしない。

 俺は彼女がレジスタンスに在りたいと言うなら守るし、逃げたいと言ったなら連れて逃げる。例え誰に咎められても」


「悪の貴族、ね。侯爵様のお陰で平和が訪れたって言うのに、酷い二つ名。

 僕は嫌いだな。何も知らずに言葉を連ねる連中が」


 ヴェーン侯爵様が、かつてヴェーン伯爵だった頃の話だ。彼は隣国との使者を仰せつかっており、若いながら秀でた話術で人々を魅了していた。


 だが、彼は弁が立ち過ぎた。何を思ったのか。隣国二国に和平条約を結ばせた彼は、我が国が優位に立てるような三ヵ条を交わし、誓約書を持ち帰ってきたのだ。


 詳細は誰も知らない。しかし、彼の行動は結果的に国同士の摩擦を収め、未だに平和を保っている。その功績を称え、彼の爵位は伯爵から侯爵へと上がった。


 では何故そんな彼が〝悪の貴族〟と呼ばれるのか。答えは簡単。彼が用いたのが〝詭弁〟だからだ。


 都合のいい事柄を並べただけで、紙の上での誓約をも結ばせた彼は、一歩間違えば戦を起こしかねなかった。


 しかし、彼はそんな危機を匂わせず、やってのけたのだ。どれ程の頭脳と腹黒さを持ち合わせれば出来たのだろう。


 それがまことしやかに囁かれ、巡り、彼の二つ名を定めた。


 侯爵様自身は、それすらも楽しんでいるようだが、政を為す人々には危険人物として認識されていた。


 ——いつか国を裏切るのでは?


 そんな疑念のもと、未だ国に貢献しているのだから、本当に恐ろしい人だ。フィンは、そんな彼が裏切らないよう監視役を買って出ていた。


 詭弁を用い、他国に亡命するなんてことを成功させそうな人だ。既に他国のスパイに成り下がっているかもしれない。


 僕達が反旗を翻した時に、どう動くか一番考えが読めない人物だった。


「その〝平和〟を壊そうとしている人間の言葉かよ」


「仕返しのつもり? 悪いけど君もその一員なんだけど? それに〝平和〟は永遠に続くものじゃない。時には壊すことも必要なんだよ。

 ヴィンス様が望むなら僕はそうする。彼の守りたい人を守るし、彼自身をも守ってみせる」


 元々、ヴィンス様の護衛をしていたのは父だった。衰えた身体を叱責する彼を見て、僕が自ら申し出たのだ。


 王子とは面識があったし、末の皇太子などいないも同然。父がそうまでして守る必要はないように思えた。


 僕が17歳、ヴィンス様が8歳の時。僕は彼を守る任を請け負ったのだ。


 一度、決めたことはやる。そんな性分だった為、特に嫌だとも嬉しいとも思わなかった。彼の才を見止めるまでは。


 神とは残酷なものだ。僅か8つにして未来を見据えた継承者が王になれないのだから。


 才とは用いる場がなければ、ただの塵と成り果てる。才者だって活躍する場がなければ、ただの人と変わらない。野垂れ死んで生涯を閉じるのだ。


 勿体無い。勿体無いと思ったからこそ、彼には自由に生きて欲しいと願った。父が護った皇太子の人生を、この目で見届けたいと。それが課せられた業なのだと。そう思っていた。


「季節が流れたね。エレアノーラ様が酒場を訪れたのは夏だったかな。今はもう秋の暮れだ」


「幕を閉じるには丁度いいって言いたいのか?」


「僕は君の口から聞かなければいけない。敵なのか味方なのか。そしてシュプギーの正体についてもね」


「お前も俺を疑ってるのか?」


「お前も?」


「レイニー様も俺を候補だと言っていた」


「候補ってことは、まだいるのかな?」


「ヴィンセント様だよ」


「そう」


「怒らないのか?」


「僕に怒る資格があるのかな。

 さて、じゃあ答えを貰おうか。君はどうするの?」


 向かい合う僕達を急かすように雷鳴が轟く。


 嘘吐きは僕か彼か。嵐の中、交わした言葉に喫驚を零せば、揺らぎない瞳が僕を貫いていた。

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