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第42輪「風信子」

 告白とは鎖に似ている。僕はそう思うし、誰もが思っているだろう。


「いや、そんなことはないかな」


 想い人に愛を馳せても彼女は答えてくれなかった。いっそラブレターでも送ったなら答えてくれるのだろうか。


 否、亡くなったあの人は二度と戻ってこない。


「そう。戻ってはこない。たとえ生まれ変わっても、あの人はあの人じゃない」


 ならば、どうすればいい。あの人の面影をエレアノーラ様に重ねて、苦痛を募らせて。


 それを彼女に伝えたからといって、破天荒な令嬢が信念を曲げるとは限らない。いや、考えるまでもなく〝やめる〟という選択をすることはないだろう。


 エレアノーラ様を初めて見かけたのはいつのことだったか。王子が偲び込んだ舞踏会が邂逅だったように思う。


 壁の花を決め込む彼女に、ヴィンス様が声を掛けたのだ。とても可愛らしいステップを踏む彼女は、その頃からもう噂の的だった。


 ヴェーン家の美しき令嬢。

 悪しき貴族の娘。


 どちらが欠けてもいけない。彼女はそうだったからこそ、いつも話の中心にいた。


 あの人も美しかった。美しかったからこそ、妬みを買った。けれども一番の罪は——


「無知であったこと……」


 雨音がガラス戸を揺らす。雨、風、木々の合唱に耳を澄ましても、愛しき人の声は聞こえない。聞えてしまったなら、それはそれで背筋が凍ってしまうけれど。


 まさに深夜に似つかわしい話だ。クスリという笑声が闇に溶けた。


「まさかヴィンス様が落ちてしまうだなんて思わなかった」


 今日もまた同じ床に入った彼らは、お互い複雑な想いを巡らせていることだろう。いや、思い悩んでいるのはヴィンス様だけか。なんて考えいれば、ノック音が僕を現実へ誘った。


 扉の開閉音が聞こえ、背後を振り仰ぐ。視線の先には今にも泣き出しそうな顔でドア前に佇むフィンがいた。


「君も大変だね」


「あの二人は結ばれるべきなのかもしれない」


「ヴィンス様は既にカタリーナ様のものだよ」


「破綻寸前どころか姫の部屋に通いもしないのにか?」


 何も答えられなかった。夫婦生活がないことは周知の事実。今更、繕うことも馬鹿馬鹿しい。


「最近は懇意にされている」


「この国の未来の為に?」


 その通りである。カタリーナ様は利用されただけ。それ以上でもそれ以下でもない。けれども彼が彼女の自室に足を運ぶたび、奥方様はとても喜んでいた。


 相手は愛人を囲うような軽薄な男だというのに。


「話はそうじゃないでしょ?」


「ベルナールが決行の日は一月後だと」


「そう。フィン」


「なんだ?」


「君はどちら側に付くの?」


「え……?」


「悪の貴族ヴェーン侯爵? それとも王家? まさかエレアノーラ様に付くなんてことはないでしょ?」


「お前……気付いて……」


「気付かれてないとでも思ってたの? 君は王家側のスパイ。ヴェーン家に潜り込んだのは、ベルナールの指示でもあったけれど、本当はもっと上〝王〟の指示」


 僕は人差し指で天井を指し淡々と告げる。此方を睨みつける彼に喫驚の色は、もうなかった。


「どうして知っていて黙っていた」


「言う必要性を感じなかっただけだよ。僕はレジスタンスの味方でも、王家の味方でもない。ヴィンス様の味方だから」


「いつから、そんなに忠義溢れる臣下になったんだよ」


「初めからだよ。僕は彼に仕えると決めた時、迷ったらヴィンス様を道標にすると決めたんだ」


「……俺だって……」


「へぇ、君がそこまでエレアノーラ様に骨抜きにされてたなんてね」


「俺だって誓いを立てた。裏切るわけがないだろ」


「あの誓いを立てたんだ。彼女は悪の貴族の娘だよ? いつ裏切るかなんて分からないじゃないか」


「あの人は裏切らない」


「君が彼女を裏切るから?」


 僕の言葉に彼が柳眉を寄せる。真ん中で分けられた髪のせいで眉間の皺がありありと見えた。


「誓いを立てたくせに裏切るんだ?」


 同じように主に仕える者として鼻持ちならない案件だ。僕は揶揄するように感情を乗せた。

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