第41輪「姫金魚草」
「一週間ほど前ね。彼にどうして宝石に目を付けたのか訊かれたのよ。それで、この話をしたの」
「手紙が届いたのは二日前です」
「そうなの? あまりにもタイミングが良すぎると思わないかしら?」
怪しい笑みに生唾を呑み込む。どこか妖艶な唇に見惚れながら俺は呟いた。
「ヴィンセント様がシュプギー……」
「お待ちなさいフィン。まだ決めてかかるには早いわよ。何故ならお前もシュプギーの候補なのだから」
「なにを仰ってるんですか!?」
胡乱な瞳に俺が映っている。鏡の如く全てを映し出す青い瞳に、俺はたじろいだ。
「似たような話を覚えてない?
お前が物乞いの子供に食べ物を与え、私が思いついた瞬間の話よ。フィンは私と共に居た」
「覚えています。しかし、私はこの話を聞いたことはありません。ましてや、あの時、アンタの後ろを付いて回るだけの役立たずだったじゃないですか!?」
自分で言っていて悲しくなる。
そう、あの時〝花だ〟〝違う〟〝宝石よ〟そうぼやいた彼女の背を見ていることしか出来なかったのだ。
真意を説明され、やっと理解出来ただけの俺に何が出来ると言うのか。
「落ち着きなさい。私は疑ってるだけで断定はしてないわ」
「アンタ、俺を疑ってたのか……?」
「勿論。近しい人間を疑うのは当然でしょ」
「信じてくれてると思ってたのは俺だけですか?」
「信じることが真実から一番遠ざかる行為なら、私は疑うことを選ぶわ」
迷いのない瞳に気圧される。どうしてこの人はこんなにも美しいのだろう、と唇を噛み締めた。
まさしく男を誑かす為に産まれてきたような人だ。人を頼って、身体を預けて、無邪気に笑って、時には涙を見せる。
そんなに様々な貌を見せられたら守りたくなってしまうじゃないか。こんなにも心を傾けているのに、レイニー様は信じること一つしてくれないと言うのか。
「でもね。私はお前の心や腕を信じているわ。守ってくれるんでしょう?」
唖然とした。口を開け呆けていれば、自信満々に笑んだ彼女が目を細めている。
「あら? 誓いを破るの?」
「いえ……」
頭を振るしかなかった。
この人は本当にずるい人だ。騙されてもいい。詰られても傍にいたいだなんて、どうかしている。
「何、笑ってるのよ。気持ち悪いわね。
まぁ、そういうことよ。私が疑ってるのはヴィンスとフィン。当たっているかどうかは分からないわ。今回の手紙に逢瀬の約束は無かったしね」
「今回のは結局どういう意味なの?」
「薔薇の棘には〝不幸中の幸い〟〝不仲中の争い〟って意味があるのよ。でも何を意味するのかまでは……」
「その2つじゃ何も繋がらないね」
「ええ。だからこそ前半と何か照らし合わせられる言葉がないか探っているのだけれど……」
「じゃあ3つの蕾に1本の薔薇は?」
「そんなの聞いたことがないわ。999本の薔薇の花束なら知っているけどね」
「どういう意味なんですか?」
「フィンが興味を示すだなんて珍しいわね」
「少し……」
胸がざわついて。そう言ったら彼女は嗤うだろうか。僅かに嘲笑を浮かべれば不思議そうな顔が目に飛び込んできた。
「999本の薔薇の花言葉は〝何度生まれ変わってもあなたを愛する〟よ」
「随分ロマンチックですね」
「ええ。それなら彼が言う〝ロマンチック〟にも当てはまると思うんだけど……」
顎に手を当て思案する横顔を金糸が撫でる。乱れた髪を耳に掛け、溜息を吐く様に息を吐き出したくなった。
どうしてこの人は一々美しいのだろう。俺が恋したところで手が届かないというのに愛しくて仕方ない。一度自覚した恋心は膨らみ続け、心を破裂させそうだった。
伝えたい。
伝えたい。
伝えたい。
伝えなければ零れ落ちてしまう。
大事な話の最中だというのに、俺の脳は本能に支配され落ち着いてなどくれない。
自らの中に、こんな感情があるなんて知りたくなかった。知ってしまえば、もう引き返せない。
「フィン?」
「あ、は、はい」
「どうなさったの?」
「いえ……すみません」
「別に構わないわ。ロビンに屋敷を案内してちょうだい」
「分かりました」
彼女の声音はいつもと変わらない。変わらないからこそ俺の心を掻き乱した。
伝えてもいいだろうか。振られることは分かりきっている。この人が〝ただの護衛係〟に恋をするなど有り得ない。
所詮、俺に許されるのは誓いの口付けのみ。愛を交わすことは出来ないのだ。想いの強さが運命の赤い糸を繋ぐというのなら、きっと俺が選ばれるのに。
永遠に叶うことのない夢物語を想う。999本の薔薇を貴女に贈りたい、なんて戯言を。
苦しい。苦しい。全てを吐き出してしまいたい。けれども、それと同時に呑み込んでしまいたいとも思う。
食べ物と一緒に消化されてしまえばいいのに、と。
「レイニー様……」
象った名が宙を舞う。透き通った言葉に胸を痛めながら、俺は仮面を繕ったのだった。




