第40輪「翁草」
「今回のじゃなくて前回のものだけどね」
「それをベルに伝えろと?」
「ええ。そしてあの人にも一緒に考えて欲しいの。シュプギーの正体を」
「レイニー様、此方に」
けれど違うと分かってしまえば、それはそれで気持ちが歪む。
愛の言葉を隠れ蓑に二人だけの言葉を用いるなんて、と。
ああ、羨ましくて仕方がない、と。
「ありがとう」
謝礼代わりに向ける安い笑顔が憎らしい。そんな俺の考えなんてレイニー様は知る由もなく、手紙を読み上げた。
〝睡蓮の君へ
君からの返事は受け取らないと言っているのに本当に勝手な人だ。
甘い君は男を転がせていると思っているかもしれないけれど、実際はそうじゃないことを自覚するべきだよ。
結局、女は誰かの下でないと生きられないのだから。
私の正体にはそろそろ気付いたかな? 聡い君のことだ。色々模索してるんだろうね。けれど、無い証拠を探ったところで何も出てはこないよ。
身近な人に気を付けて。これから近付いてくるような人間には細心の注意を払うこと。
桜色の花びらが似合う君は、これから何色の花を咲かせてくれるかな? いっそネリネなんて似合うと思うんだけど、箱入り娘で忍耐のない君は嫌いかもしれないね〟
「これが以前の手紙ね。見ての通り前半は私への忠告よ。誰のことを指すのかまでは分からないけれど、あの時の状況ではベルナールのことを言ってるのかもしれないわね。
この手紙を開けたのはベルナール、一緒に居たのはフィンとロビンだったわよね?」
「はい」
俺と一瞬しか目を合わさない彼女に苛立つ。けれど激しい感情を抱いたところで無意味なのだ。それが分かっているからこそ、俺は真剣な表情を繕った。
「普通に考えれば、この時点でベルナール=シュプギーの構図は崩れるわね。勿論、あの人が嘘つきじゃなければ」
「ベルは違います」
「私もそう思ってるわ。だからそう怒らないでちょうだい」
「すみません……」
「あの人がシュプギーなら私に殺気なんて送らないでしょう? だから違うわ。
じゃあ、手紙の解説をするわね。これは花言葉を引用してるのよ」
情けない声を呑み込み、考えを巡らせる。
彼女にそんな知識は無い筈だ、と零し、横顔を仰げば凛とした様相のレイニー様が口角を上げていた。
「ピンクの睡蓮の花言葉は〝信頼〟私には程遠い言葉ね。だからこれは該当しないの。
この〝桜色〟が示すのは単純にネリネのこと。ネリネはピンク色の花だから」
「ネリネって?」
「彼岸花に似た形の花よ。花言葉は〝また会う日を楽しみに〟〝忍耐〟〝箱入り娘〟ネリネが似合うと言いながら、その二つを示唆することを記している。つまり彼が言いたいことは――」
「〝また会える日を楽しみに〟つまり、また会おうってこと?」
「私はそう思ったわ。けれど、待ち合わせ場所がどこにも書いてないのよ。折角、次の手紙を待っていたのに残念だわ」
「また、そう言って監視の目を盗むつもりでは?」
「もう、あんなことはしないわ。次はフィンに捕まえて欲しいと思ってるくらいだもの」
歯の浮くような台詞に胸がざわつく。こんなことで〝頼られている〟と考える己に嘲笑が漏れた。歓喜を覚える単純な自身が腹立だしくて仕方ない
「フィンが疑ってるようだから新しい手紙の方も話すしかなさそうね。
フィンは冒頭のこの話、覚えているかしら?」
「いいえ……」
残念なことにレイニー様が少女に花をあげたなんて話、記憶には無かった。
傲慢なお姫様ということは、まだ彼女が我儘放題だった幼い頃の話だろうか。
「でしょうね。これはまだ、お前が護衛に付く前の話だもの。この話を知っているのはヴィンスだけ」
「「え」」
吃驚が重なる。思わずロビンと顔を見合わせてから彼女の表情を確認すると、鋭い目で手紙を睨み付けていた。




