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第36輪「勿忘草」

「幼かったのに随分情熱的なんですね」


「恋とは燃え上がるもので、愛とは育むものなんだろ?」


「私には分かりかねます」


「灼ける思いはヤキモチらしい」


「そうなんですか」


「じゃあ胸が痛いのはなんというんだろうな」


 胸が痛いというには語弊がある。


 身体の中心を這う痛みが気持ち悪い。渦巻いて、動きまわって、俺の涙腺を刺激した挙句、身体を乗っ取るのだ。


 その手はレイニーの髪を撫ぜたり、肌をなぞったりする。バレてしまえば、きっと咎められるに違いない。


 唇を、ものの数秒重ねた時を思って、俺は幾度も罪悪感を募らせた。


 禁断の果実が如く誘惑する唇。蠱惑的な薫り。吸い付くような柔肌。絹のように滑らかな金糸は花の香を思わせる。


 男は蝶のように美しい生き物ではない。蜘蛛のように全てを喰らいつくすほどには穢れた生物だ。

 そんな俺に隙ばかり見せるのだから、彼女は襲われても文句は言えない気がする。


 けれど、それをしてしまえば二度と戻れなくなってしまう。


 だから堪えた。一度、唇を重ねて、もう一度だけと己を甘やかした。けれども、麻薬にでも引き寄せられるような自身に逆らえず、俺はあと一度と懇願する。あとは言わずもがなだ。


 思い出すだけで頭や胸に熱が巡った。発熱したかのように呆けた心持になる時、自身が恋をしているのだと自覚する。


 想いを伝えたところで彼女が離れていくだけだと分かっているから悔しいのだ。


 もっと美しい顔をしていても。今より更に剣の腕を上げても。きっと彼には敵わない。適うわけがないのだ。


 彼女が好きなのは彼の容をした人形ではない。〝フィン〟という一人の男なのだから。


 せめて。せめて共に在った時間が同じなら。そう逡巡して口内の頬肉を噛み締めた。そんなことではない。きっとそんなことではないのだ。


 時間とか。容姿とか。中身とか。彼女が求めているのは恐らくそんなものではない。彼女が落ちてしまったのはきっと偶然。彼女がそうだった時、たまたま彼が居ただけ。


 けれど、その〝偶然〟が彼を選んだからこそ、彼女は想いを傾けた。


 こんな時なのに。こんな大事な時期なのに。国よりも彼女を想ってしまう。憂いてしまう。こんな俺では傍らに立つことすら赦されない。例え一時だとしても。


「それも恋です」


「え?」


「泥のような……いえ、底なしの沼に嵌りながら、もがいてください」


「みっともないな」


「みっともなさを気にするようでは、その程度の想いなのです」


「ユアン……」


「私の想いはその程度でした。だから殺してしまったのです。貴方も以前はそうだったのでは?」


「ああ」


 彼の言葉に首肯し、掌を見つめる。強く握り締めすぎた皮膚には爪の跡が刻まれていた。


「次は失くさない」


「はい。ヴィンス様、私が御供致します。地獄の果てまでも」


「縁起の悪いことを言うな」


「申し訳ありません。きっと夜明けは、あと僅か。皆様に勝利の女神が微笑むことを祈っております」


「レイニーが上手くやってくれる。俺達の手で彼女を勝利の女神にするんだ」


 そしたら想いを伝えよう。平和が訪れた世の中なら、この想いも赦される。

 腰を抱き寄せて通じ合ったダンスを踊るのだ。皆が手を叩いてくれたなら、どんなに幸せだろうか。


「ユアン」


「はい」


「カタリーナを呼べ」


「カタリーナ様?」


「彼女の国と専属の契約を結ぶ」


「契約?」


「ああ。彼女の国の特産品〝ダイヤモンド鉱石〟を我が国のみで輸出入、出来るようにするんだ」


「……どうやって?」


「〝馬鹿で我儘な末皇子〟が〝おねだり〟するんだよ。〝頭がお花畑な幸せな姫〟は簡単に騙されてくれる。夫の〝愛〟が得たいが為に」


「貴方は御自分が躍らされた〝愛〟で奥方をマリオネットに為さるおつもりですか?」


「躍らされていない人間などいないだろ。俺もお前もレイニーだって」


「ですが……」


「今、大切にするべきものは気持ちじゃない。国を統べる為の矜持だ」


「御意」


 どこまで上手くいくかは采配次第だろう。実際、姫の一声がどれほどの威力を持つか俺には測りかねる。

 国によって違うだろうし、特産品はそれほど貴重だ。それに見合う報酬を用意しなければならない。


「まぁ、どうせ滅びる国だ。赤字にしてなんぼだろ」


 制圧後、彼女の国から得た資源を他国に流し協定を結ばせる。〝今後〟を保証すれば交渉相手だって落ちてくれるだろう。

 国と国の約束は元々〝未来〟を見せるものだ。勝利の一手は魅せ方に限る。


「ユアン。俺達も動くぞ」


「承知しました」


 落としてやるのだ。国も彼女も。


「ああ……」


「どうなさいました?」


「いや。レイニーは本当に傾国の美女だなって思っただけだ」


 笑う。彼女を想って。

 嗤う。彼女を思って。


 時とは本当に残酷だ、と自身を嘲笑すれば不思議そうな顔のユアンと目が合った。

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