第22輪「木槿」
「なにをなさるの!?」
「なにって〝ナニ〟だろ?」
「やめっ……いや……!?」
「静かにしろよ。いいのか? こんな姿、大勢の人間に見られても」
彼の掌に鼻と口を塞がれる。息苦しさに視界が歪み、景色が滲んでいく。
「んー……!? ンー!?」
「黙れって言ってんだろ!?」
助けを呼ぶべく呻き声を上げていると、口に布を詰め込まれた。
引き裂いたドレスの一部だろう。レースか何かが口腔を侵す。いがいがと主張を繰り出す塊を舌で押し戻そうとするも上手くいかない。
そのうち足元を引き裂かれ、風と共に彼の手が太腿を撫でまわすのが分かった。
——なんですのこれ? どうして助けにこないの?
騙されたのだろうか。いや、もしかしたら此方に向かっている最中なのかもしれない。
——けれど、もし助けにこなかったら?
そう思うと身体が震えた。生理的な涙が恐れの感情に変わる。
申し訳程度に蹴り上げようとすれば、右足を捉えられた。
「危ないなぁ」
脹脛に頬を擦り寄せられ肌が粟立つ。舌が伸びるのが見え、吐き気がした。
「危ないのは、お前の思考だな」
「いった……!?」
「よぉ強姦魔。現行犯逮捕だな」
「なにすんだ!? なんで俺の部屋に勝手に……」
「どーも、はじめまして」
殴られたのだろうか。後頭部を押さえ背後を振り仰いだガストン様は、ヴィンセント様の姿を確認すると飛びのいた。
「あ、あ、貴方は!?」
「俺のこと知ってんの?」
「大変、失礼致しました! で、ですが何故、貴方様のような方がこのようなところに……」
「忍び込んでたんだ」
「しのび……えぇ!?」
驚きを露わにする彼を眺めながら体を起こす。
ふと肩口に温もりを感じ視線をやれば、ジャケットが掛けられていた。見慣れた色に慌てて傍を見上げる。そこに居たのは案の定フィンで、私は胸を撫で下ろした。
「レイニー様」
「フィン」
先程まで彼が身に付けていたものなのだろう。柔らかな薫りが鼻孔を擽る。安心感を得たいが為に私は襟をかき寄せた。
「駆け付けるのが遅れました。すみません」
「私共も遅くなり申し訳ございません」
跪き首を垂れるフィン。それを呆けた顔で眺めていると、ユアンまでもが片膝を着き謝罪を述べた。
「それで? この後はどうするんだ? エレアノーラ」
「ヴィンス様、エレアノーラ様は……」
「黙れ」
「申し訳ありません」
私の身を案じてくれたのだろう。そんなユアンの言葉を遮るヴィンセント様の声は極点の氷のようだった。
「フィン、矛を収めよ」
フィンを諫める声にも温もりはなく、恐怖を感じる。向けられてもいない言葉で、身を震わせるなんておかしな話だ。
「嫌です」
「ヴィンス様に刃を向けるというなら僕が……」
「違う。その男が許せないんだ」
「そういうことなら僕も加担しよう」
「フィン、ユアン、これはエレアノーラの作戦だ。彼女の言葉以外で動くな」
ヴィンス様の言葉に二人が浮いた刃を鞘に収める。それを見ていたガストン様は肩を震わせ、情けない顔で蒼褪めていた。
私はこんな男に怯えていたのか、と自嘲する。自らがとても弱い人間に思えた。




