第10輪「立ち藤」
「ユアン」
「フィンじゃないか! 今日はデートかな?」
「俺はユアンに声を掛けたんですが、何故ヴィンセント様が返事をなさるんですか」
「ユアンとの会話は俺を通してからにしてもらおうか」
「普通、逆だと思いますが」
「いいじゃないか。楽しいのが一番だ。なぁ、ユアン」
「そうですね」
「ユアンは相変わらず王子に甘いな」
薄暗い廊下の先には煌びやかな空間が広がっている。丸テーブルが三つに簡易的なバーカウンター。ココ一つでも十分〝店〟としてやっていけそうだが、ベルナールがそうすることは無いだろう。
〝賭け〟とは王子ヴィンセントとの情報交換を指す。情報交換と言っても彼が欲している情報は無いし、交換というには語弊があるかもしれない。
彼が声高々に宣言したのは「俺を楽しませられたら、その都度報酬を払ってやる」との一言だけ。
賭けの内容は多岐に渡り、酒の飲み比べ、腕相撲、トランプと統一性がない。最近は賭けの真似事が楽しいようで、よくレジスタンスのメンバーを誘っては奥でポーカーに勤しんでいた。
それすらも、もう飽いてきたのだろう。優秀な頭脳を持ち合わせている彼に、心理戦で勝てるわけもなく、ガタイがいいだけの男達は頭を抱えていた。
場には十人程。そんなに狭くない空間だというのに、やたら息苦しく感じる。眉根を寄せている様を鑑みれば、全戦全敗といったところか。
何周したのかは知らないが、空いたボトルは十ほど。やけ酒を煽ったのは言うまでもない。
それが愉快、とでもいうかのように王子は大口を開けて笑っていた。
一見すれば阿呆にしか見えないというのに、これすら自らが楽しむ為の演出なのだから恐ろしい。一体、何人の人間が彼の掌の上で転がされてきたのだろう。そう思えば自然と敬意が湧いた。
「ところでヴェーン家の侯爵令嬢が、こんな汚い酒場に何用かな?」
「ヴィンセント様、此方は……」
「いいわ。ばれているのなら敬意を払うべきでしょ」
「レイニー様」
「お初にお目にかかります。私、エレアノーラ・ヴェーン=テンペスト=ステュアートと申します」
「堅苦しいのは嫌いだ。敬語も要らない。ココでの身分はゴミだからな」
ワンピースを持ち上げ、片足を下げたレイニー様が深々と頭を下げる。一連の動作を淀みなく熟すあたりに彼女の努力が垣間見えた。
社交界で幾度となく目にした光景だというのに目頭が熱くなってくる。全てがこの時の為だと思えば、レイニー様が払った時間に素直に敬意を表せた。
しかし、ヴィンセント様は一瞥くれただけで敬意溢れる挨拶を、たった一言で一蹴する。挙句の果てに、彼女の努力を貶された気がして俺は怒りを滾らせた。
「では単刀直入にお訊ねするわ。ヴィンセント様は王になってみたくはない?」
レイニー様は気にする様子もなく話を繰り出す。彼女が、どうするつもりか知らない俺は拳を握りしめ、只管、嫋やかな音色に耳を澄ました。
——作戦など考えたところで無駄よ。
そう言っていたレイニー様を思い出し、威儀を正す。
主人が懸命に戦っているのだ。俺の意思など関係ない、そう言い聞かせて。
「どうせ壊れる国に興味はないな。大事なのは〝今〟だ。第一、お前が俺を王にしてくれるとでも言うのか?」
「ええ。貴方を王にする代わり私に協力してほしいの」
「一令嬢にそんなことが出来るのかい?」
王子は唇を歪めるが、レイニー様は魅力的な笑みを崩さない。〝イエス〟と答えるとは思えない剣呑な雰囲気が場を覆っていた。
観客と化している男達は顔を見合わせ「どういうことだ?」と疑問を投げ掛け合っている。
ベルナールの信頼を得ているユアンが動かないことで、どうするべきか考えあぐねているようだった。




