第89話 絶対嫌
灼熱の虎との打ち上げが盛大に盛り上がった後、俺達は部屋へと戻った。
順番に部屋で身体を拭き、いざ眠ろうとした時だ。
「な、ナナちゃん、何故そこにいるの!?」
ナナは首を傾げているが、理由は分からんでもない。
俺は既にベットで横になっている訳だが、俺の腕を枕にしようと、ナナがいつもの様に角度調整を始めたのをパンドラさんが指摘してきたのだ。
「ナナ、パンドラさんの言う通り、もう大きくなったんだ。俺と寝るのは色々問題だから、今日はパンドラさんと寝なさい」
「そ、そうですよ!! きょ、兄弟とは言え、一緒にお布団なんて、問題ありありですよ!?」
「……絶対嫌!! 私は兄さんとじゃないと寝れないし、寝ない!!」
握り拳に力を入れ、警戒した時の動物のように髪の毛が逆立って見えた。
(ああ、なんか昔もこんな事があったな……)
…………
……
あれは確か、ナナが家族になってから二度目の冬だった。
俺はこの世界に来て、初めて風邪を惹いた。
「ナ……ナナ。風邪、伝染っちゃうからーーゲホゲホ!! 今日は、アラ子姉さんかヒスイ姉さんと寝て」
「絶対嫌!! エント兄さんとじゃなきゃ嫌だ!!」
《ほっほっほ、本当にナナはエントにべっとりじゃのぉ。儂は嬉しいような、悲しいようなーー》
「……爺、減点です。ナナ、伝染ったら大変だから、たまには姉さんと寝ましょう? ね?」
《また減点かの!?》
じぃちゃんを無視しつつ、ヒスイ姉さんが気を遣って、ナナに優しく話し掛けた。
「絶対嫌!!」
ヒスイ姉さんは何度も何度も説得したけれど、ナナは頑なに断り続け、とうとう一晩中、隣の葉に顔をひょこっと出しながら、俺を看病し続けたのだった。
朝、目覚めると、酷い隈の目をギンギンに見開き、あの時はお化けが出たかと勘違いして飛び上がった。
看病のお陰で、俺の熱も引いたのもあり、そのまま放っては可哀想なので、結局、俺の葉に入れて寝かせる事にしたのだが……
(ま、その後やっぱりナナも熱を出して、俺が看病したんだっけか)
そんな頑固な一面を持つナナに、しばらく粘ったパンドラさんも折れたかのかと思いきや……
(どうしてこうなった!?)
彼女はベットをずるずると引き合わせ、パンドラさん、ナナ、俺の川の字で寝る事になった。
「うひょ??」
「きょ、きょれなら問題は起きません!!」
そう言って、ガバッと布団に潜り込む箱型娘。
「え、ちょっと!! これで寝るんですか!? それと箱は!? 箱は脱がないんですか!?」
思わず突っ込みを入れてしまったが、本人曰く「恥ずかしいので無理」との事で、疲れが溜まっていた俺は、もう何も気にしない事にした。
だが、俺にはやる事がある。
腕枕を楽しむナナに小霊を使い、手紙の内容を大まかに説明する。
髪をくるりと指で回すのが、俺達で決めた合図。
一回が『はい』で、二回が『いいえ』だ。
説明が終わり、手伝ってくれるかどうか確認を取ると、綺麗な銀髪を摘み、一回くるりと回した。
パンドラさんの息が、いつの間にか一定のリズムとなり、夢の世界に旅立ったのを確認すると俺達は部屋を出た。
もうすっかり真夜中。
俺は大人数が収容可能な場所がないかを調べ、ナナには夜間における貴族街の警備状況を確認して貰う。
決して無理はしない様にと念を押し、直ぐに二手に別れ行動する。
初めて来たばかりの俺が、情報を集めると言っても、伝手も何も無い中でがむしゃらに探していても時間の無駄だ。
王都の北側、それも建物が入り組んでいる場所を目指す。
どの街でも大小違いはあるが、日当たりが悪く人気が少ない場所には、自ずとスラム街のような場所があると、事前に耳にしていた。
死神のコートから面を出し装着する。
足の身体強化を厚くして、屋根を伝い暗闇の中を駆け抜けた。
やはり王都は広く、それらしい臭いがする場所に着く頃には、ある程度時間が経っていた。
予想していた雰囲気の場所に着くと、屋根から地上に飛び降り、辺りを警戒して進む。
ナナ程敏感に気配を感じる事は出来ないが、目と耳が届く範囲でなら森の生活で鍛えた俺でも、ある程度なら把握出来る。
建物と建物の間の迷路の様な入り組んだ細い道を歩き、人を探した。
ただこの場所は、あの牢屋の臭いに似ていて気分が悪い。
そして、十字路を通り抜けようとしたその時だった。
突然、何者かが死角の低い位置から、ナイフを腹に目掛け突き立てて来た。
(いるのは分かってたんだよ!! っと!!)
「な!? は、離せこの野郎!!」
腕を掴み、そのまま後ろに回して関節を極めると、カランと床にナイフが落ちた。
「ぎゃぁああ!! や、やめーー」
ナイフをちらりと見ると、錆だらけで切る事は出来ない様な粗悪品に見える。
「ーー俺は情報が欲しくてここに来た。最近の王都に詳しい者を教えれば、殺さないでいてやる」
冷たい声で脅した後、少し力を加えた。
「ぎゃぁあああああ!! わ、わかっ!! わかりましたからやめてくれぇ!!」
腐敗臭を漂わせる男の腕を掴み、案内させる。
「も、もう少しですぜぇ旦那……へへへ」
虫歯だらけの汚い歯が、にたりとした口から僅かに見えた。
「あぁ、言い忘れていた。俺を嵌めたと判断した瞬間殺す。真面目に教えてくれたら金をやろう。俺は嘘つきが嫌いだし、正直者には紳士に対応する」
少し動揺をみせた男は、たらりと汗を流す。
「だ、旦那!! み、道を間違えちまったみてぇだ。へっへへへ、こっちですぜ」
醜い男は方角を変え、さらに暗が深くなる道を進むと、地下に進む階段を降りて行った。
この地下通路は、迷路のように別れ道が多数あり、まともな奴がいるとはとても思えない。
(勢いでここまで来たけど、まさか秘密結社の隠れ家みたいな場所に来るなんてな……)
しばらく道を真っ直ぐ行くと木の扉があり、その隙間から明かりが漏れ出ている。
「こ、ここですぜ、旦那。だ、だけどあのお方が話をしてくれるかはわかりやせんし、運が悪いと……殺されちまいますぜ?? や、やめた方が良いとーー」
ゴクリと喉を動かす男は、さらに汗を一筋流し、震えた声で必死に扉を凝視し続けた。
「……いや、行くさ」
男に銀貨を数枚握らせ、解放してやる。
「ち! ったく痛え事しやがって!! だがまぁ……へへ、これで久々にうめぇもんが食える。まぁありえねぇが、オメェがもし生き残ってそこを出れたら……いやねぇか。けっけっけ」
そう不安にさせる言葉を残し、去っていった。
(雑魚キャラのお手本みたいな奴だったな……)
俺は振り返って扉をノックする。
コンコン
返事が無い。
何度もノックを繰り返すが、反応が無いので警戒しつつ、扉を開けた。
中は魔石で光るランプによって、部屋全体を映し出していた。
ゴツゴツした岩を、削り取って作った様な空間には、品のあるテーブルに、違和感でしかない高級そうなベットと布団が置いてある。
突如、視界の右側に何か気配を感じ、慌てて視線を走らせた。
「う、嘘だろ!?」
前代未聞の出来事に、俺の頭は真っ白だ。
そこにいた小さな少女は、黒い角に紫色のボブカットを逆立て、目に見える程の魔力を醸し出しつつ、警戒心を剥き出しにこう言った。
「妾はライチ。この王都の闇を束ねし者であり、裏の王。そして……」
嫌な汗がたらりと流れ、ぽとりと地面に落ちた時、彼女は言った。
「トイレ中である!!」




