第87話 世界樹と影
「た、大変だぁあああ!!」
早朝になって、外から異常な叫び声が挙がった。
俺達は慌てて扉を開け、白く霧がかる中で声の場所へと向かった。
領主館を取り囲む、石垣で造られた門の外側で、兵士達が集まっている。
「ちょっと失礼」
ガウルさんが輪に割って入り、俺達も後に続いて現場を見る。
鼻を突く、むせ返るような血の臭い。
そして、肉を啄むカラス達。
「う……ゔぇ」
「パンドラさんは、もう見ない方が良い」
霧のせいで、思いの外近くで見てしまい、真っ青になったパンドラさんを後ろに向けてから、それに視線を運んだ。
丁度、風で霧が薄らぎ、全貌が顕になる。
石畳で作られた城壁には、教会の服装をした死体が二つ、大の字で串刺しにされており、手足に刺さった木の杭は深く痛々しいものだった。
城壁から滴る血は下に流れ、地面には文字が描かれている。
『俺は全てを知っている。次はお前だベルブ卿』
「なんの騒ぎだ、これは!!」
兵士達は喧々曾祖になっていたが、背後からの怒鳴り声でしんと静まりかえる。
彼等に習って道を開けると、領主らしき人物とクロースさん、そしてベルブ卿が後に続く。
胸にさげた皮袋を握り締め、静かに彼等を見詰めた。
「なんて事だ……司祭なのか? 直ぐに片付けろ!! 余計な騒ぎになる前にだ!! 糞!! これでは計画がーー!!」
領主は怒りに満ち溢れ、息子はガタガタと歯を鳴らしている。
それから、「これはこちらの問題だ」とクロースさんに言い放つと、領主館に戻る様に言われる。
その後も厄介者の様に、すぐに出発の準備を命じられ、食べられる者は軽く朝食を済ませ、セピアをあとにした。
セピアから少し進むと霧はすぐに晴れ、明るくなり出した青空が広がる。
「結局、何だったのかな?」
ニックさんは遠くの空を見詰めながら、そう呟いた。
「俺等にはわかんねぇよ。デナーリス様なら知ってるのかもしれねぇが、いつも通り、お貴族様案件には関わらない方が良い。碌な事にはならねぇからな」
皆一様に頷き、それ以上はこの話題には触れなかった。
過去に、苦い経験でもしたのかもしれないと、そう思った。
パンドラさんの調子は、少し良くなったみたいだが、本調子ではないのか口数も少ない。
たまに何か話そうとする時も見受けられたが、その度に言葉を飲み込んでいる様に思い、今は少しそっとしておいた。
ナナはどうかと様子を見みるが、彼女は大きな欠伸をして、俺と目が合うと、涙目のまま微笑んで来る。
可愛いので、袖で涙を拭いて、頭を撫でておく。
ナナの方が背が高いので、絵図ら的にはどうかとも思うが、兄として当然なのだ。
セピアから王都までの道中は、スライムや一角兎が現れた程度で、前方の私兵達が処理し、何事も無い。
ただ、ゲラゲラと笑いながら魔物をなぶり殺しにする姿は、何だか見ていて不愉快だった……
昼を過ぎた頃、丘を横切り視界が広がった時だ。
その先の道はもう一直線で、遠くには薄っすらと巨大な何かが見える。
「あ、あのドデカイ木はなんですかぁあ!?」
「凄ぉおいいい!! まるで、じぃーーふがふが」
慌ててナナの口元を抑えながらも、興奮した俺達はそれに目を輝かせて、周りの返答を待った。
「あぁ!? おめぇら『世界樹』を知らねぇのか!?」
そこから灼熱メンバーによる世界樹講座が開始された。
要約すると、この世界が誕生した最初の木であると伝えられており、その周辺の土地では作物が豊富にとれ、空気も水も綺麗で、自然と人々はそこに集まり、国が生まれたという。
先住民族は長命であるエルフだったとされ、今でも専門的に世界樹のお世話をするのはエルフなのだとか。
世界樹はこの国の名物であると同時に、その葉は国を大きく支える特産物として扱われている。その効果は驚異的で、一枚あればハイポーションが百個は作れるらしい。故に、国王の許可無く勝手に持ち出した者には、厳しい処罰が下る。
「「ふぁ……」」
「がはっはっは!! お前らを見てると、自分が初めて見た時の事を思い出すぜ!!」
俺達をつまみにして、愉快に笑うガウルさん。
エルフ繋がりで、ラフさんにも世界樹について聞いてみたが、周りは何故か慌てて止めようとする。
「良かろう!! ならば語るとしよう。世界樹は花を付けぬし、実も作らぬ為、世界にただ一つ。故に、遥か昔から何度も争いの種になって来た。しかし、エルフの伝承で語り継がれる最も古い争いは、神々同士であったとかーー」
「また、ラフの歴史馬鹿が始まった……エルフの歴史となると、本当に止まらないのよね」
ミスティさんは、うんざりした顔でため息を吐く。
「その神々の争いの痕跡が、世界樹の裏側にある『世界樹の影』って呼ばれる深い谷だっていうんでしょ?」
少しからかう様子で語るニックさん。
「や、『世界樹の影』って、何があるんですか?」
「エルフの歴史ではーー」
「わからねぇ!! ただ、言える事は、誰も降りたが最後、戻って来た奴はいねえって事だけだ。がっはっは!!」
(う……皆ラフさんの話を邪魔して、終わらすつもりだ。もう、ラフさん、ちょっと涙目じゃないか……ちょ、そんな目で見ないでぇ!!)
「おら!! そろそろ勉強はお終いだ!! 冒険は着くまでが仕事ってな!! がっはっは!!」
物凄く何か言いたげなラフさんとは誰も目を合わさず、みんな護衛に集中するのだった。
俺は徐々に王都に近付くに連れ、世界樹と王都の巨大さに驚きを隠せないでいた。
広大な田畑に差し掛かると、道を歩く農奴達も合わさり、賑やかになって来た。
近くまで来た城壁は、もはや数メートル単位ではなく、見上げると首が痛くなる程分厚く高い。
正門には入り口だけで、馬車が二列毎に並び、兵士達が忙しく確認作業を行っており、出口も同じ幅があるスケールの大きさにもまた驚かされた。
俺達は更に別の入り口である、貴族専用門から入れるらしく、比較的スムーズに門を潜れた。
手続きをが終わると、輝く銀の鎧を着た兵士が背筋を伸ばし、声を張り上げる。
「ようこそ!! 王都ベルモントへ!!」




