第62話 闇と叫びと
「ナナ違う!! 止めろ!!」
黒い水たまりのような闇が広がり、加速しながらこちらに向かって来る。
正気を失っているナナの目は、焦点が合ってはいない。
「ひ、ひぃ!?」
痛々しい程の殺意と殺気を浴び、パンドラさんは腰が抜けてしまったのか、その場で崩れ落ちた。
(チッ!! 仕方無い!!)
俺は身体強化を脚に掛け、全速力でナナの後ろに回り込んだ。
「ナナ……有り難う。ごめんな」
トン!!
魔力を纏う手刀で首を打ち、ナナを眠らせる。
ドプン……
闇はまるで意思があるかのように、ゆっくりとナナの影に戻って行くと、油断していた俺はついそれに触れてしまった。
「ぐがっ!? あ、頭がーー」
闇に触れた部分から酷く気持ち悪い何かが流れ込んで来る。
突然、瞼の裏に不快な映像と歌が流れ出した。
(や……止めろ……入って来んな!!)
腐ったカエルの死体、血の雨で遊ぶ子供達、泥で出来た林檎、滅びを祝う歌、真っ黒な虹、汚れゆく湖、笑いながら片目を差し出す……少年。
「うぷっ!?」
胃にある物が込み上げ、それと同時に激しく脈打つ胸を必死に握りしめて、押さえ込もうと藻掻いた。
「すぅ……はぁ……」
「エ、エント君、大丈夫!?」
やっと動けるようになったパンドラさんは、震える膝で近寄って来た。
「君達はいったい……」
「…………」
沈黙が続く中、ようやく落ち着きを取り戻した俺は、ナナを抱えて木陰の下で寝かせる。
「……普段は大丈夫なんですが、予想外に俺が怪我をしたりすると、ナナはたまにああなったりするんです」
言葉を選びながら、話を続けた。
「今回は味方だと思っていたパンドラさんが、事故とは言え突然俺に危害を加えてしまったから、ですね」
「でででも、どうしてあんな……それにあの闇は!?」
「落ち着いて下さい。パンドラさん……パンドラさんにだって、言いたく無い事の一つや二つあるでしょう??」
「そ、それは……でも!!」
「僕達はまだ出会ったばかりの関係です。ましてや、あなたはギルド職員でもある。僕達が簡単に情報をほいほい出す訳にも行かないのは分かって欲しいんです」
組織や会社は、綺麗事だけではないのを俺は痛いほど知っている。
「ッ………」
『ヒールウォータ』
ナナの擦り傷を直し自分も治癒した後、今日はここまでにして町に戻る事にした。
(結局、帰りもこんな雰囲気で戻る事になるなんてな……)
町に付くと真っ先にふっくら亭に向かい、宿を取ってナナをベットに寝かせると、急いでギルドへ向かった。
念の為、うひょをボディガードに置いておいたが、早めに戻らないと。
ギルドに到着すると、終始言葉数が少ないパンドラさんにクエスト達成の手続きをして貰った後、フーバさんに薬草の査定をして貰って銀貨を受け取る。
「パンドラさん、今日の報酬です」
「……はい」
躊躇いを感じさせる手だったが、なんとか報酬を受け取ってくれてほっとひと安心だ。
「パンドラさん、僕達を信用出来ないと言うならパーティを抜けても文句は言いません。勿論、専属の報酬はお支払します」
「え……」
彼女は顔を上げると身体を小刻みに震え出したのを見て、慌てて説明を加えた。
「ああ、違います!! 言葉足らずで意地悪な表現になってしまいましたよね!? 信頼し合う時間が掛かっても良いと言って下さるなら、これからも一緒に冒険しませんか??」
「………」
ダッ!!
パンドラさんは勢いよく外に出て行ってしまった。
「やっぱり、駄目か……」
ため息を吐き捨て、今後の予定に頭を悩ませながら、ナナが心配なので急いでふっくら亭に戻った。
が、ふっくら亭に入った瞬間、女将さんに捕まった。
「このバカタレ坊主!! 妹を一人残して何処ほっつき歩いてんだい!!」
女将さんに滅茶苦茶怒られた。
「に、兄さん……」
女将さんの後ろから、ヒョコッと申し訳なさそうにナナが顔を出す。
「ナナ、大丈夫か!?」
「全く!! 仕事が少し空いたからって、心配で少し様子を見に行ったら、あんたの名前を何度も呼んで泣いていたじゃ無いか。妹を悲しませる兄なんて生ゴミだよ!!」
生ゴミ!?
ひたすらお詫びとお礼を言った後、ナナのフォローもあって何とかお許しを貰い、ようやく二人で部屋に戻る事が出来た。
「はぁ……女将さん怖かったな」
「ふふふ、そうだね」
「うひょぉおお!!」
「うひょも有り難うな」
そっと頭を撫でーー
ガブ!!
「痛ぁ!! 何すんだよ!?」
「あはは!! 兄さん、うひょは照れてるだけよ」
「うひょ!! うひょ!!」
「はいはい、そう言う事にしておくよ」
「はぁ……疲れた」
俺はようやく一段落ついたので、ベットに倒れ込んだ。
今日も色々あったな……
「兄さん……ごめんなさい」
声の方を見ると、ナナが下を向いて謝っていた。
「そう言う時は、有り難うで良いんだよ」
「でも……」
「ナナは俺が心配でああなったんだ、誰も悪く無い。元はと言えば、俺がパンドラさんに説明し忘れていたのが原因だしな」
「私、パンドラさんにも謝らなきゃ……」
俺は起き上がってナナを見る。
大事な話をする時はそういう約束だ。
「ナナ、じぃちゃんも言ってたけど、敵かどうかの判断は殺気を向けて来た相手だけだ。それに、魔物や獣はそれで良いけど、人の場合は話をして確認出来てからだ。良いな??」
「分かった」
コンコンッ
ドアをノックする音。
「はい」
返事をすると同時に、うひょへ皮袋に入るよう促す。
「あ、あ、あの!! パンドラです」
「パンドラさん!? ちょっと待って下さいね」
うひょが無事に隠れたのを確認して扉を開けると、青い箱があった。
いやいや、青い箱をかぶったパンドラさんがいた。
何故か大きな風呂敷を背負い、手には革で出来たカバンも持っている。
「と、取り敢えず重そうなので、入ってお話しましょうか」
「ふきません!!」
(何もふかなくて良い!!)
部屋に備え付けの椅子を用意して、重そうな荷物を置いて座って貰う事にした。
「ナナちゃんが心配だったので、様子を見に来たんです……」
「ご心配をお掛けしました。ナナもパンドラさんに謝りたいと今話していたばかりですよ。ナナ」
「パンドラさん……ごめんなさい。ナナ暴走しちゃって、怖い思いをさせたみたい……」
「そんな事ありません!! 私がエント君に怪我をさせてしまったから……私が……またやってしまって……それで……ぅうう」
(えぇ!? ど、どうすれば!? 女の人が泣いた時とか本当困るんだよ!! ナナちゃん!? なんだいその目は!?)
お兄ちゃんの出番よ的な目でじぃっと見られ、仕方無く話しかけた。
「パンドラさん、さっきナナにも言いましたが元はと言えば僕の不注意が原因で、パンドラさんが落ち込むような事じゃ無いーー」
「ーー違うんです!! 私は、私のこの呪われた力のせいで!!」
震える声でパンドラさんは両手で顔を抑えこう言った。
「母を殺したんです」




