第38話 悩み、考え、そして意味
激しい修行の日々も、半分が過ぎた。
今では常に身体強化を使う事も、なんとか出来るようなった。
そして、今日も今日とて修行だ。
「シューシュシュ!!」
《脚にもっと纏え!! 瞬間的に必要な箇所を強化するんだ!! と言ってるわ》
数日前から修行の難易度が一段階上がっている。
移動する時は足に厚く、攻撃する時は魔刀を厚く、守る時はその箇所を瞬時にぶ厚くすると言った感じで、自分が意図した量で身体強化を調整しなければなら無い。
(クソッ!! 全然、頭と身体がついていかない!!)
「シュシューシュシュ!!」
《悩むな!! 考えろ!! と言ってるわ》
ドン!!
薄くなった身体強化の部分を的確に狙われ、鎌の無い方の腕でぶん殴られる。
「ぐ!!」
余りにも激しい修行ではあったが、睡眠不足からは解放された分、多少身体の調子が戻り、なんとか維持していられる状態だと思う。
「シュ!!」
《立つんだ!! って》
「はぁはぁ……は、はい!!」
キラ兄さんは凄く厳しいけれど、直接言葉が通じ無い中でも教えるのがとても上手い。
身体で覚える部分と理論的に理解しなければならない部分を、タイミングを見てそれらを上手く教えてくれる。
今もそうだ。
《エント、お前は良く頭を使う。だが、お前は頭を使い過ぎたり、使い方が悪かったりする。答えの出ない考えは、考えているのでは無く、悩んでいるだけだ。良いか?? 頭を使うなら可能性や答えを導き出す為に使え。それが考えると言う事だ……と言ってるわね》
「は、はい!!」
(答えの出ない考えは、考えじゃ無くて悩み。キラ兄さんの話す事は深いな。答えを導き出す事、やれる事を一つ一つ確かめて行くか!!)
「シュ、シュシュッ!!」
《良し!! もう一度だ!! と言ってるわ》
ヒスイ姉さんも投げ出さず、ずっと付き合ってくれて本当に有り難い。
ようやくキラ兄さんとの特訓が終わると、じぃちゃんの方向からジャイ兄さんが勢いで飛んで行くのが見えた。
ただ、飛び方がいつもと違う。
普段より荒々しく、どこか不安定な気がした。
違和感を覚えた俺は、急いでじぃちゃんの所へ向かった。
《おお……エントや、心配して来たのかの??》
「何かいつもと違ったから。何かあったの??」
事の顛末をじぃちゃんから聞いた。
簡単に言うと、ジャイ兄さんは修行で行き詰まっていたのだ。
そして、何より戦う意味を見失っているらしい。
友達と仲良くなりたい。
ファミリアに迷惑を掛けたくない。
誰かを傷つけたくない。
家族が傷付くのを見ていられない。
そして、どうしたら良いか分からない。
そんな矛盾を抱え、混乱して飛び出したのだった。
「ジャイ兄さんは優しいから……」
《……そうじゃのぉ。エントよ、しばらくしたらジャイアンも落ち着くじゃろうから迎えに行ってやってくれんかの?? 方角は分かるじゃろ?? それともう一つ、ジャイアンに伝言を頼みたい》
家族の為に、出来る事があるのなら。
「分かった」
俺は首を縦に振ると、伝言を聞き、急いでジャイ兄さんが飛んで行った方向に走った。
何度か立ち止まり『山彦』を展開し、探し続ける事数時間、やっと兄さんを見つけた。
ドン!! ドン!!
近付くに連れて何かが激しくぶつかる音が聞こえて来た。
その方向へ向かうほど、音も次第に大きくなった。
音の原因はジャイ兄さんだった。
兄さんは唸りながら、木に向かって頭をぶつけている。
ドン!! ドン!! ドン!!
《う〜〜!! う〜〜!!》
「やめて、ジャイ兄さん!!」
《エント〜〜?? ごめんね〜〜ごめんね〜〜もう少しで落ち着くから〜〜》
そう言ってジャイ兄さんは、再び頭突きを繰り返した。
切なく絞り出すような声で言われたら、ただ見守るしかないじゃないか……
《ふ〜〜お待たせ〜〜》
「ジャイ兄さん……大丈夫??」
《僕は昔からね〜〜頭が悪いんだ〜〜》
「そんな事!!」
《ん〜〜ん〜〜自分でも分かってるんだ〜〜難しい事があるとね〜〜頭の中がゴチャゴチャして〜〜同仕様もなくなってね〜〜さっきみたいに頭をぶつけて〜〜頭を空っぽにすると直るんだよ〜〜》
(それで頭突きを……)
《でも〜〜弟に心配掛けるなんて〜〜お兄ちゃん失格だね〜〜あははは!!》
「そんな事無い!! ジャイ兄さんは優しくて……カッコ良くて!! ……俺の……俺の……自慢の兄さんだ!!」
《エント……》
本当にそう思っているんだよ、兄さん。
《……僕はね〜〜昔、甲角一族の一員だったんだ〜〜》
大木の日陰でジャイ兄さんの隣に座ると、兄さんは昔の事を教えてくれた。
ジャイ兄さんはファミリアに入る前、あの甲角一族の一員だったと言う。
一族の中でも比較的大きなジャイ兄さんだったが、戦う事が苦手でいつも決闘から逃げていたらしい。
決闘は甲角一族にとって、大事な掟だった。
月に一度、自分の一つ上の序列相手、そして一つ下の序列相手と戦わなければなら無いという内容だ。
掟である決闘を行う事によって、一族の繁栄と序列を決める事で甲角一族は個々の能力と集団としての力を伸ばして来た。
甲角一族は殆どのものが好戦的、でもジャイ兄さんだけは例外だった。
相手を傷付けてしまう事が怖くて、戦いから逃げて逃げて、逃げ続けたらしい。
掟や序列などよりも、相手を傷付ける方が嫌だった。
当然、序列は自ずと最底辺であり続けた。
ある日、序列最上位達の中でジャイ兄さんについて話し合いが行われた。
さらに魔の森で勢力を伸ばしたい甲角一族にとって、ジャイ兄さんのような存在は、他の者たちへの悪影響を考えれば邪魔でしかなかったのだろう。
結果、戦わない兄さんは掟破りの罰として、処分される沙汰となった。
『処分』
甲角一族にとっての処分とは、一族全員の攻撃を受けるという言わばリンチだ。
表向きは、全てを受けきって、生き残った者は追放されるという内容だったが、実際は未だかつて生き残った者は一匹もいなかった。
ジャイ兄さんは、自分が掟を破っている事も分かっていたし、責任を感じて罰を受け入れた。
そして、その日がやって来た。
序列下位から順番に、ジャイ兄さんへ向け攻撃を仕掛けた。
数百体はいるであろう甲角一族全員からの制裁。
序列が上がるにつれ徐々に一撃も重くなり、もう何番目かも数えられなくなる頃には、既に意識は無かったそうだ。
幸運だったのは、森の中で捨てられ瀕死になっていたジャイ兄さんを運良くヒスイ姉さんが見つけた事だ。
姉さんは急いでファミリアに連れて帰ると、じぃちゃんと伴に三日三晩の看病の末、なんとか一命を取り留めたらしい。
「そんな事があったんだね……」
《うん〜〜爺さんや〜〜ファミリアの皆が〜〜協力してくれて嬉しいけど〜〜傷付けたく無いんだ〜〜でも〜〜戦わないと〜〜ファミリアが〜〜う〜〜う〜〜!!》
また、兄さんが混乱し始めたので、慌てて話を変えた。
「あ!! でも俺との決闘は戦ってるでしょ!?」
《え〜〜そうなのかな〜〜?? でも〜〜手加減してるし〜〜エント怪我してないでしょ〜〜??》
「ぐぬぬ!! た、確かに……」
俺はがっくりと頭を落とした。
《ふふ〜〜そうだ〜〜どうしてエントは〜〜あんなに必死に戦えるの〜〜?》
珍しく兄さんの方から質問して来た。
「俺も、さっきじぃちゃんから言われて気付いたんだけど……って伝言忘れてた!! じぃちゃんから、ジャイ兄さんへ伝えてって頼まれてた事があるんだ」
《どんなお話〜〜??》
「確か、こう言ってたよ」
《物事が複雑で、どうすれば良いか分から無くなってしまった時、自分がどうしたいかで決めるんじゃ。知恵のある者はみんな意味を求め出す。が、本当は意味のあるものなどこの世に一つも無いんじゃよ。物事が起こった後に意味を付けているに過ぎぬ。故に、自分の行う事は、自分で意味を決めて良いんじゃ。良いか?? 意味は自分で決めるもんなんじゃよ》
《難しいね〜〜でも〜〜何となく分かる気がする〜〜》
「俺もジャイ兄さんを探している時に、色々考えてたんだけどね。さっきジャイ兄さんの話を聞いてやっと分かったよ!!」
《ん〜〜?? 何が分かったの〜〜??》
「ジャイ兄さんは、強いって分かったんだ」
《えぇ〜〜?? エントちゃんと聞いてたの〜〜? ずっと逃げて来たんだよ〜〜??》
「俺は……俺はね、兄さん。この世界に来る前は、兄さんと同じように掟や序列のある生活をしていたんだ」
空気を読み、ルールを守り、上司や年上に敬意を払い、出世を目指す事が当たり前の生活だった。
周りが言う意味がある事を同じようにやっていたんだ。
「他の仲間を蹴落としてでも、序列を求める自分が嫌いだった。時間の全てを捧げるのが当たり前な掟に、おかしいって思っても考え無いようにしてる自分が嫌いだった。そして、仕方無いと言って諦めて、掟を守り続ける、そんな自分はもっと嫌だった……凄く嫌だったんだよ」
《エント……》
「でも、ジャイ兄さんは違った。掟より、序列より、自分が傷付けたくないって事を大事にして実際に続けていたんだ。だから、ジャイ兄さんは強いんだよ!!」
《………そう……なのかな……》
「そうだよ。俺が逃げて逃げて逃げ続けた事を、ジャイ兄さんは戦って戦って戦い続けていたんだ。だから、ジャイ兄さんは俺の自慢の兄さんなんだ。そんなジャイ兄さんみたいに成りたくて、俺は何度吹っ飛ばされても頑張れるんだよ」
《エント……有り難う……僕、僕頑張るよ》
その日、ジャイ兄さんと見た夕日はとても綺麗で、俺はこの日を一生忘れないだろうと、そう思った。




