第25話 絡まる糸、解かれる糸
昔々、ある所に一匹の黒髪のアラクネが生まれました。
生まれた場所は、魔の森と呼ばれる多種多様な魔物が生息する場所。
そして、魔物達にとってそこはとても過酷な場所でした。
一緒に生まれた沢山の兄弟達は、どんどん他の魔物達に殺されたり、食べられたりしました。
運良く生き延びた黒髪のアラクネは、魔の森でも比較的安全な浅い森へ逃げ生活していました。
ある日、黒髪のアラクネはいつもと同じように、大好物である野うさぎを狩っていました。
でも、いつもと違う事がありました。
怪我を負った人間に出会ったのです。
その子は愚かにも、自分とよく似ている人間を自分と同じ仲間だと思い看病しました。
命を救われた人間は少し話をした後、お礼をする為にまたここに来ると言いました。
黒髪のアラクネは初めてのお礼だと、楽しみにして待っていました。
次の日、人間は約束通りやって来て食べた事のないお菓子や色鮮やかな服などをくれました。
アラクネは大喜びしました。
でも、それよりもアラクネは、また一人ぼっちになるのが嫌でした。
寂しいのは嫌だと、素直に人間に伝えました。
すると、人間は少し考え提案して来たのです。
「御礼の御礼を受け取りに来る」
次の日も人間はやって来ました。
今度はアラクネがプレゼントする番です。
黒髪のアラクネが用意したのは、自分が吐く糸で作った布でした。
その布は丈夫で美しく、人間は大喜びでした。
そんなプレゼント交換は何日も何日も続きました。
黒髪のアラクネはとても幸せでした。
そんなある日の事、魔の森の奥から幼い銀髪のアラクネが現れました。
そのアラクネは生き別れた姉妹でした。
黒髪のアラクネは銀髪のアラクネに仲間がいると言いました。
銀髪のアラクネは不思議に思い、隠れて様子を見ていました。
何故なら、もう生き残りは自分とその黒髪のアラクネしかいないはずだからです。
黒髪のアラクネが人間と会っているのを見て、銀髪のアラクネは理解出来ませんでした。
人間が去った後、銀髪のアラクネは言いました。
「人間は敵だ!! 餌だ!!」
それを聞いた黒髪のアラクネは怒り、銀髪のアラクネを森の奥へ追い出しました。
その後、またいつものように人間が来ました。
黒髪のアラクネは愚かにも銀髪のアラクネとの話をしました。
人間は言いました。
「私は仲間だとも」
アラクネは少し不安だっただけに、ほっと胸を撫で下ろしました。
そして、次の日もその人間はやって来ました。
ただし
沢山の仲間を連れて。
その日、黒髪のアラクネはとっておきの物を貰いました。
簡単には壊れない、丈夫な鎖を貰ったのです。
太い木に括り付けられ、人間達の物にされたのです。
糸を吐き、布を作らないと叩かれました。
毎日、毎日、人間はやって来ました。
日に日にアラクネは痩せ細り弱って行きました。
見兼ねた銀髪のアラクネは、黒髪のアラクネの前に現れ、人間を殺し助け出してあげると提案しました。
しかし、愚かにもそのアラクネは、まだ人間を仲間だと信じているのでした。
怒り狂った銀髪のアラクネは、黒髪のアラクネを殺そうとしました。
その時、黒髪のアラクネは脚を一本無くし、胸に深い傷を負いました。
致命傷でした。
銀髪のアラクネは、あえてとどめを刺しませんでした。
愚かなアラクネの、最後の願いを聞いたからです。
人間がいつものようにやって来ました。
死にかけた黒髪にアラクネを見て、酷く動揺していました。
愚かな黒髪のアラクネは人間の戸惑う姿を見て、やはり本当は仲間と思ってくれていると嬉しく思いました。
死にそうなアラクネは人間に言いました。
「最後の時を、仲間に看取られて良かった……」
人間は吐き付けるように言いました。
「仲間?? 嘘に決まっているだろうこの化け物め!!」
黒髪のアラクネは目を見開き絶望しました。
銀髪のアラクネは腹を抱えて笑いました。
黒髪の絶望する顔を見て、とてもとても可笑しく笑えましたとさ。
「ギャハハハハハハ!! いけない、いけない、こんな風にね」
(アラ子姉さんにそんな事が……)
突然、俺を抱えて走っていた銀髪のアラクネがピタリと止まる。
「そうそう、あの時もこんな風に邪魔が入ったわ、ねっと!!」
突然、銀髪のアラクネは蜘蛛の脚で何かを蹴り飛ばした。
「ぐ!!」
吹っ飛ばされた何かを追いかけるように見る。
「ん゛!? んんんんん!!」
(アラ子姉さん!!)
「こんの糞ガキが!! 何処ほっつき歩いてんだ!!」
「あら、久しぶりね。今、弟君に昔話をして上げていたのよ。あの時の笑い話。ギャハハハハハハ!! いけない、いけない」
「ち!! 相変わらず下品な笑い方だね。それはそうと、そのガキを返して貰えるかい?? じゃないと糞ジジィ達に殺されちまうからねぇ」
「ギャハハハハハハ!! 面白い冗談ね。でも駄目、この子を食らって子を産み増やし、やがて魔の森を支配するんだもの」
そう言って俺を木に縛り付け、アラクネ同士の戦闘が開始された。
ガキィン!!
お互い鋭い脚を槍のように使い、激突し合う。
はや過ぎて激突する瞬間に辛うじて見える程度だが、金属音にも似た音だけでも、その激しさは伝わってくる。
俺は木にぶら下げられ、只々見てる事しか出来ない。
ガジガジガジガジ
頭上から削れるような音が聞こえ、顔を上げた。
うひょが太い糸を噛み切ろうとしているのが見える。
「ん゛ん!!」
(うひょ有り難う!! でも、でもね!? 身体から切ってくれないと、落ちてから動けないんだよぉおおお!! うひょぉおお!!)
うひょ……残念な、子。
「ギャハハハハハハ!! 成長したわねぇ。だけど、私は今まで一匹で魔の森を生き延びて来た。お前とは違うのよ!!」
次の瞬間、銀髪のアラクネは口から凄い勢いで白い霧を吐き出した。
「ち!!」
あっという間に霧は濃くなり、数メートル先も見えなくなる。
少しの静寂。
ドス!!
ドスドスドスドス!!
肉に何かが突き刺さる、そんな鈍い音が聞こえた。
「さようなら」
喜び混じる敵の声。
「ん゛んんん!!」
(アラ子姉さん!!)
やがて風が森に吹き込み、ゆっくりと霧が晴れて行った。
そこには真っ黒なアラクネが串刺しにされている。
「ん゛ーー!!」
しかし次の瞬間、その真っ黒なアラ子姉さんだったものはドロっと形が崩れた。
「な!?」
銀髪のアラクネも驚きの声を上げた。
ドス!!
気付けば逆に、銀髪のアラクネが串刺しになる。
「がはぁ!?」
死角から姿を現した姉さんはこう言った。
「あたいもファミリアで鍛えてんだよ……」
ブチブチ!! ドサ!!
タイミング良く俺を拘束していた糸が切れ、地面に落とされる。
「ん゛っんんんん!!」
(痛ってぇええ!!)
「うひょぉおお!!」
「ん゛!?」
俺の頭をクッション代わりに飛び降りて来たうひょは、今度は口の周りをガジガジしていく。
(だから、違うぞ!! か、身体から自由にしてぇええ!!)
やっぱり、うひょは残念な子。
脚に刺さった銀髪のアラクネを投げ捨て、アラ子姉さんが来た。
「おいクソガキ、面倒掛けやがって!! さっさと帰るぞ!!」
ようやく口周りの糸が取れた。
「ぷは!! まだ身体がぐるぐる巻なんだよ!! もうちょっと待っ……姉さん後ろ!!」
アラ子姉さんの奥に見えたのは、腹に穴が空いたアラクネだった。
アラ子姉さんが、振り返る前に蜘蛛の糸が、姉さんの首に巻き付く。
「ぐ!? や……やめろ……嫌……いやぁぁああああ!!」
「酷いじゃ無い……お腹に穴を空けるなんて」
「い、いや、嫌……」
アラ子姉さんはただ息が苦しいだけなのでは無くて、明らかに様子が可怪しい。
「あれれ?? どうしたの?? あぁ、なるほど!! ギャハハハハハハ!! この馬鹿、まだ鎖で繋がれたのがそんなに忘れられ無いんだぁあ!! ギャハハハハハハ!!」
「アラ子姉さんを放せ!!」
「君はぁあああ!! うるさいんだよね!!」
未だ芋虫状態の俺は、横薙ぎに振るわれた脚によって、木に叩きつけられた。
「ぐあ!!」
「そこで寝てなさい。直ぐに私のお腹に入れて上げるカラネ」
(何かないのか。何とかしなきゃ……このままじゃ、アラ子姉さんも俺もやられる!! 何の為に修行して来たんだよ!?)
俺では手負いとはいえ、このアラクネは倒せない。
(出来ない事を考えるな!! 出来る事をするんだ!!)
木霊なら、もしかしてーー
《誰か!!》
木霊を地面に使ってみた。
《誰かぁぁあああ!!》
だが、まるで届いている気がしない。
「あら、木霊が使えるの……でも、そんな小さな木霊じゃあ誰も呼べやしないわ。ギャハハハハハハ!!」
ガサガサと間違いなく近付く脚音。
(駄目だ……死ぬ、怖い、怖い、怖い……)
《ほっほっほ、アラ子が怖い?》
こんな時にじぃちゃんとの会話を思い出す。
《恐怖・焦り・怒り・悲しみ・総ての感情は、コントロールなど出来ん。傷付いたら痛いのと同じで、反射的に感情は出てくるもんなんじゃよ。では、どうすればえぇか……『怖い』と思っている自分を感じるんじゃ。『怖い』と思っている自分を知るんじゃ。そして、恐怖と少し距離が取れたなら、考えよ……諦めるのは全部やってからじゃ!!》
(怖い、死ぬのが怖い、怖い自分を感じろ。俺は怖いんだ……よし……よし!! そして考えろ!!)
駄目で元々!! これで駄目なら仕方無い!!
生存本能が呼び起こす集中力、繰り返してきたあの感覚に全てをかけた。
《《《《《《《誰か!!》》》》》》》
「な゛ぁ!?」
銀髪のアラクネは、猛烈な木霊に驚き思わず脚を止めた。
バキバキバキバキ!!
目の前を木の根が覆って行く。
「エント!! アラ子!!」
近くの太い木からヒスイ姉さんが現れた。
(良かった……ヒスイ姉さんが、来てくれた……)
ヒスイ姉さんは、俺とアラ子姉さんの無事を確認すると、一息つくと凄い形相に変わった気がする……
「オマエ……ゲンテンダ」
魔力を総て使ったのが悪かったのか、そこで意識を手放した。




