第19話 空高く
チュン チュン うひょ
朝か
この後はーー
ガポ!!
うん、今日もヤラレタヨ……
日常になって来た朝の日課や食事を終え、今日も兄弟のお手伝いが始まる。
実は昨日からずっとずっと楽しみにして待っていたんだ!!
何がって!? おいおい、忘れたのか?? 今日はジャイ兄さんの日だぞ!?
ブォオオオン!!
強風と伴にジャイ兄さんが空から降りてきた。
《エント〜〜おはよ〜〜今日は宜しくね〜〜》
(うおおお!! 空から登場するなんてずるいぃ!! やば過ぎるぅうう!!)
「ジャイ兄さん宜しくお願いします!! 今日も滅茶苦茶かっこいいね!!」
《エント〜〜照れるからやめてよ〜〜でも〜〜有り難う〜〜》
ジャアントビートルと呼ばれる魔物のジャイ兄さんは、まさしく巨大なカブトムシだ。
垂直に並ぶ厳つい二本の角と、優しい曲線で描かれた重厚なボディは今日も最高だ。
《ほっほっほ、エントはジャイアンの事が本当に好きなんじゃのぉ。じゃが、まぁ儂の事を同じくらい好きなのは知っとる。勿論、知っとるとも!! そうに違いない!!》
「爺、無理矢理既成事実を作ろうなんて、減点ですね」
《嫌じゃぁあああああ》
「うひょ!! うひょ!!」
「ジャイ兄さん!! 今日は何を手伝えば良いの!?」
《今日は〜〜お爺さんから〜〜配達を頼まれてるんだ〜〜僕と一緒に行こうか〜〜お爺さん何を何処まで運ぶの〜〜??》
《今日はエルダートレント達の所へ魔王茸を配って欲しいのと、合わせてエントの挨拶周りをして来て欲しいんじゃ。それでジャイアンやエントをその背に乗せてやってはくれんかのぉ??》
《いいよ〜〜》
(な、なんだって!?)
「やったぁああああああ!! じぃちゃん有り難う!!」
《ほっほっほ、楽しんで来るとえぇ》
信じられない……まさか、巨大なカブトムシに乗って空を飛べる事になるなんて夢にも思わなかったよ!! あ、鼻血出そう。
《わかったよ〜〜じゃあ行こうか〜〜エント、上の角にしっかり捕まっててね〜〜》
俺はヒョイっと大きい方の角に引っ掛けられて、優しく背中に降ろされた。
そこから見える景色は、普段より全然高くて同仕様もない程、胸が高鳴っているのが分かる。
「うおおお!! 凄い高い!!」
「うひょぉおお!! うひょぉおお!!」
「エント、私は木を通って行くから気を付けるのよ。うひょ、落ちないように見ててあげてね」
「うひょ!!」
《じゃあ〜〜行くよ〜〜!!》
《気を付けるんじゃよ》
俺はジャイ兄さんの角をギュッと握り締め、期待を胸いっぱいに膨らませ、その時を待った。
するとうひょが、シュルシュルっと蔦を出し始め、角と俺を巻き付けて固定し、万一の時に備えての命綱を準備してくれた。
(うひょ……出来る子)
ブォオオオオオオオオ!!!!
羽の音の後、すぐに突風が巻き起こる。
ふわっと宙に浮かぶなんとも言えない感覚の後、下を見れば徐々に上昇している。
ジャイ兄さんは空中でゆっくり方向を変え、俺達は空へ飛びたった。
「すげぇええええええ!!」
見渡す限りの森を飛び出し、眩しい青空を飛んでいく。
凄いスピードで、景色が流れていくのが楽しくて仕方が無い。
《エント〜〜大丈夫かな〜〜?? 空は〜〜どうかな〜〜??》
「兄さん凄いね!! 空を飛ぶってこんなに気持ち良いなんて、知らなかったよ!!」
《良かった〜〜昔〜〜アラ子を乗せたら〜〜泣いちゃったから〜〜心配だったんだ〜〜》
「あのアラ子姉さんが……」
《じゃあ〜〜せっかくだから〜〜とっておきの飛び方を見せてあげるね〜〜》
「え?? うわぁあああああああ!?」
ジャイ兄さんは突如真上に上昇しだした。
文字通り真上にだ。
必死に角に捕まりながら、チラリと真下を見た。
(やばい……もう雲の上まで来てるぞ!?)
《そろそろ始めるよ〜!!》
昇るのがやっと終わったと息を吸い込んだ瞬間、ふわっと身体が無重力状態になる。
そう、殆ど真下に下降しだしたのだ。
「いやぁぁあああああああああああああああああああ!!」
「うひょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
《いや、ほ〜〜〜〜〜〜い》
俺はそこで意識を手放した。
ガポ
「ん゛んんんんんんん!?」
うひょに起こされ、目に入りそうなヨダレを擦ってから、ぼぅっと周りを眺めた。
(あれ?? 俺はどうなったんだっけ??)
目の前には綺麗な湖が拡がり、湖の周りには木々が囲むように生えていて、木々の色が一部水面に反射してとても美しい景色だとそう思った。
《オヤオヤ、ヨウヤクキヅイタカ》
聞いた事の無い声に反応し、慌てて振り向いた。
「エント大丈夫??」
《ちょっと〜〜やり過ぎたかも〜〜ごめんねエント〜〜》
少し開けた草むらに、ヒスイ姉さんとジャイ兄さん、そして五メートル程の大きな木がいた。
「もう大丈夫。それよりそちらの方は?? もしかして、さっきじぃちゃんが言ってたエルダートレントさん??」
「ええ、その通り。エルダートレントは他にも居るけど一番古株のエルダーよ。エルダーこの子がさっき言ってた新しい兄弟のエント。これからお願いしますね」
《ワカッタ。ワレハエルダー。エントヨロシク》
俺はじぃちゃんから預っていた魔王茸の包みを渡してから、エルダーさんと少し話した。
エルダーさん曰く、じぃちゃんは魔物達の中では凄く有名らしく、とても尊敬していると言っていた。
魔物の世界では、多種類の魔物が同じ場所で共存する事は非常に珍しい事なんだよと言った。
さらにエンシェントの称号を持つ魔物は、世界でも数体しか存在していない稀少な魔物であり、どの個体もそれぞれ特殊な能力を持っている為、畏怖されている。
ただ、唯一じぃちゃんだけは温厚な性格で、知恵のある魔物達との繫がりを大切にしている森の賢者とも評されているらしい。
姉さんとのボケとツッコミを見たら、とても森の賢者には見えないけどな……
そうこうする間に昼近くになり、エルダーさんにお礼を言ってじぃちゃんの所に戻った。
別れ際、エルダーさんが《マタハナソウ》と言ってくれて、お話が出来る相手がまた増えて、とても嬉しかった。
帰りもジャイ兄さんに乗って帰ったけど、あの飛び方は勿論無しだ。
《ほっほっほ、エントやエルダーは元気じゃったかの??》
ジャイ兄さんとヒスイ姉さんと昼食を食べながら、じぃちゃんに空を飛んだ時の事や気絶した事、エルダーさんから聞いた事などを話した。
因みにジャイ兄さんの食事は俺達とは違い、クイン姉さん達が作った蟻蜜を美味しそうに食べている。
《なんとも楽しい日になって良かったのぉ。ジャイアンや有り難うの》
《お爺さん〜〜僕も楽しかったから〜〜》
「ふふふ、さて、そろそろ魔法の授業の時間ですね。ジャイアンはこの後どうするの?」
《また怪我をしてるファミリアが居ないか〜〜空からパトロールしてくる〜〜エントまたね〜〜》
そう言ってジャイ兄さんはまた空へ飛んで行った。
午後からの魔法の授業は座学から始まった。
「エント君、今日から『木霊』の練習を始めます」
「宜しくお願いします!!」
(今日もこの設定なんですね……)
「ナニカイッタカシラ?」
「何でもありません!!」
「宜しい。とは言っても、『木霊』はある程度の魔力と魔力操作が出来れば、後はコツを掴むのみなので、そんなに難しいものではありません」
「そうなの!?」
ヒスイ姉さんがジトっとした冷たい目で見てくる。
「コホン……そうなんですか!?」
《怖いのぉ、怖いのぉ》
「爺、減点??」
《いやぁぁああああ!!》
「では、説明を始めます」
ヒスイ姉さんとじぃちゃんから聞いた内容は、拍子抜けする程シンプルなものだった。
いや、前世の知識があるからかも知れない。
木霊とは魔力の波を作って相手の魔核に響かせる。
つまり、音波の魔力バージョンだ。
面白いと思った部分は、空気には魔素があり魔力の波をそのまま発しても抵抗があって伝わりにくいという事。
なので、木霊を送る方法は地面を通して相手の魔核に届かせるのが一般的らしい。
説明の内容はシンプルだけど、正直難しいと思う。
だって、声を出す時に喉の筋肉の使い方を意識するなんてしていないだろう??
《ほっほっほ、何事もまずはやってみんとの》
「そうね。まずは瞑想の時の姿勢」
言われるまま胡座で座る。
「よい……しょ!!」
!?
向かい側にヒスイ姉さんが同じ様に座り、あたかも当然のように両手を繋いで来た。
「ふふふ、エントの手は暖かいのね」
「な!? 何してるんですか!?」
「何って修行でしょ?? さ、目を閉じて。魔力を感じた後、水心の業と同じ様に私に魔力を流して見なさい」
(こ、こんなの集中出来ないよ!!)
物凄く動揺する俺だったが、結局、普段より時間はかかったものの、なんとか魔力を感じ取る。
続けてヒスイ姉さんと繋いだ手へ向けて、魔力を通してみる。
だが、通らない。
《ふむふむ、教えた通り順調ね。エント今から私は地面を使わないで、手を通して木霊を使うから、違いを感じるのよ。良いわね??》
姉さんの柔らかい手の感触に意識を取られそうになりながらも、必死に集中が切れないように頷いた。
《こっちが手から》
《こっちが地から》
どちらの木霊も何が違うか全く分からない。
しかし、ヒスイ姉さんは俺が違いを掴むまで、繰り返し繰り返し続ける。
《こっちが手から》
《こっちが地から》
…………
……
集中しろ……集中……
何十回を過ぎ何百回かも分から無くなった。
…………
……
ん??
これは……まさか……
こう……なのか??
《ね……》
《ね……ね……ちゃ……》
《ね……ちゃ……き……える??》
その瞬間、ヒスイ姉さんの握る手が強くなった。
《エント、聞こえる……聞こえるよ……》
出来た!! と嬉しくなって目を開くと、ヒスイ姉さんの頬から涙が流れ、ぎゅっと抱きしめて来た。
《良く頑張ったね……頑張ったね》
何故、姉さんがそんなに泣いてるのか、俺には分からなかったけど、そっと手を姉さんの背に置いて優しく抱き返した。
暫くしたら姉さんは満足したようで「今日はお終いです。明日もやりましょうね」と言って、そのまま何処かに行ってしまった。
「じぃちゃん。ヒスイ姉さんはどうしてーー」
《エントよ、すまんのぉ。儂から話す事では無い故、いつかあの子から話して貰えればえぇのぉ……》
今日の夕暮れは、少し寂しそうに見えた。