第20話 誰が決めたんじゃ??
昨日の夜はヒスイ姉さんのあの件が気になって中々寝れなかった。
今日は雨だ。
この森での雨は初めてだったが、雨粒は大きくて激しい凄い音を立て、地面の土が波打つかのような動きを見せる。
ふとうひょの目覚ましタイムが無いのに気付き辺りを探した。
「うひょ!! うひょ!! うひょひょ!」
あ、居た。
声がしたのは下の方で、覗き込むと地面でジャンプしたり転がったりとはしゃぎまくっている。
何がそんなに楽しいんだろう??
「じぃちゃんおはよう」
《おおお!! おはようじゃ。昨日は寝るのが遅かったようじゃったが大丈夫かの??》
「大丈夫だよ。それよりも、うひょは何であんなにはしゃいでるの??」
《そりゃあ雨じゃからのぉ!! 儂やうひょは草木に近い魔物じゃから、本能的に嬉しいものなんじゃ。ほっほっほ》
良く分からないけど、そういうものなのかと理解した。
《あぁ……そう言えば、エントは初めての雨じゃったのぉ。雨の日は皆休みじゃから好きなように過ごしてえぇ》
休みと言われて一瞬嬉しくなったけど、何をしていいか分からないのに気付くと途方に暮れた。
「そうだ、ヒスイ姉さんは??」
《ヒスイは畑の様子を見に行ってくると言っとった。その内、戻って来るじゃろ》
そうなるといよいよやる事が無くなり、いつも通り瞑想して水心の業をする事にした。
瞑想は随分慣れて来たのか呼吸から生まれる魔力、既に流れている魔力、そして、最近はぼんやりとだが魔核にある魔力も少しづつ捉えられるようになって来た。
水心の業では葉の大きさは1センチから更に1センチと、僅かにしか成長はしていないけど、魔力を通す際、形を意識して変えられるようにもなって来た。
今も葉っぱの形を綺麗なまん丸にしようと挑戦中だ。
「ただいま!! 休みなのに頑張ってるみたいね」
(……良かった。いつもの姉さんだ)
「おかえり、ヒスイ姉さん。雨の日は休みって聞いたんだけど、何をしていいか分からなくて結局修行してるんだ」
「ふふふ、まぁここは比較的安全だから問題無いけど、普通の森では休める時に休まないと命に関わるからね。忘れずに覚えておくように」
そんなアドバイスをしつつ、朝食の包みを渡してくれる。
そういえば、前世の俺もたまに貰った休みで、何をしたら良いのか分からなかったよな。
(あの時と何も変わっていないな……)
《ほっほっほ。エント、折角の雨なんじゃから楽しまんと勿体無いぞぃ??》
「でも、じぃちゃん……雨に濡れたら風邪を引くし、それにこんなに暗い雨の日に、はしゃぐって気になれないよ……」
《なるほどのぉ、雨の日じゃから憂鬱じゃと??》
「……まぁ、そうだね」
《エントよ、それは誰がきめたんじゃ??》
「え??」
《雨の日は、憂鬱と誰が決めたんじゃろ??》
「それは、雨に濡れると気持ち悪いじゃないか。だから……」
《ほっほっほ、本当にそうかの?? 勝手に自分でそう決めとらんか??》
雨は憂鬱、そんなの当たり前だろ??
バチャ!!
「うわ!?」
泥が飛んで来て、顔がべちゃべちゃになった。
「うひょ!! うひょ!! うひょひょひょ!!」
物凄く邪悪な顔で笑ってやがる……
ムカァァ
「このやろぉおおおお!!」
俺はじぃちゃんから飛び降り、急いで地面の泥を丸める。
バチャ!!
まだ丸めてる最中だというのに、さらに顔半分が泥で汚れた。
「うひょひょひょ!! うひょひょひょ!!」
「うひょさんや、どうやら俺を本気にさせてしまったようーー」
バチャ!!
口に泥が入った。
「ゲホゲホ!! ウェエエエ!!」
「ぷひょ!! ぷひょ!!」
うひょは爆笑中の様子。
「くぬぉおおおおお!!」
こうして、俺とうひょの激しい泥合戦が開始された。
まず基本戦法として、うひょの玉を避けつつ隙を見て泥を丸めて投げ返す。
今の状況から分析すると、コントロールは俺の方が上だがうひょはずるい。
例の蔓を器用に使い、避けきれず当たりそうな玉は、それで叩き落としていく。
このままでは不味いと判断した俺は、うひょの攻撃をあえて背中で耐えながらも、泥で山を作って防衛基地を建設した。
基地完成後は状況は一転し、良い感じに攻撃に転じる事に成功。
しかし、そこで一気に形勢逆転!! とは行かない。
うひょは何かを思い付き、突如として変な動きを始めた。
な、なんだと!?
い、いかん!!
あいつは、やっちゃいけねぇ奥義を使う気だ!!
うひょは諸刃の剣と言える奥義に取り掛かった。
その辺の泥水をジュボボボと口に吸い込み、やがて今にも崩壊しそうなパツンパツンな顔で此方へじわりじわりとやって来た。
「く、来るなぁぁああああ!!」
…………
……
その後、雨は昼頃には上がり、湖でうひょと泥を洗い流してから、着替えて昼御飯を食べた。
結果はどうなったかだって?? ま、まだ決着はついてないし……
《ほっほっほ、どうじゃった?? 雨も案外えぇもんじゃろ》
「確かに……そうだね」
《エントよ、周りの者が憂鬱だと言っているから、自分も憂鬱になる。では無いんじゃよ??》
「どういう事??」
《周りに合わせる事に慣れておる者は、考え方も気持ちも、そして、感じ方すらも、いつの間にか無意識に合わせてしまうようになるんじゃ》
言ってる事は理解出来るけど、実感が出来ていないような、そんな曖昧で上手くはまっていない感じだ。
《ほっほっほ、もう少し説明がいるの。さっきも聞いたが、誰が憂鬱と決めたんじゃ?? 自分ではないんかの?? 本当に自分で決めた気持ちなのかを確かめる事じゃ。儂には雨でも楽しそうに遊んどったように見えたがのぉ》
そうか。
当たり前という言葉が急に怖くなった。
考えないで良い言葉。
あたかも正しいと使っている言葉。
皆と言っているが、誰が決めたか分からない言葉。
ずっとずっと、当たり前に生きて来た自分が、一番怖いと実感した。
じぃちゃんに教えて貰った事は、ちょっと消化するのに時間がかかりそうだったけれど、当たり前という言葉を使う際、自分はどう思っているかをこれからはちゃんと考えていこうとそう思った。
今日の夕焼けは雨上がりのせいか、木々の葉に雫が宝石のように眩しく光り、その美しさを只々眺め続けるのだった。




