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常世の君に懸けて  作者: じゅるり
9/11

高嶺の花の手紙

 心が琴柱に膠す事が無いのは、待宵の帳の中だけではない。確かにそれは山の麓へ帰って行くものであり、または雪月風花に揺蕩う蝶となるものもあるが。現にあっても探し当てて見つけ出し、高嶺の花を求む事はできるだろうよ。


『不老不死は簡単だ。永遠に生き続ければいいだけなのだから。』


 ノートほどのサイズのモニタにはメモリに保存された一つのファイルが映し出され、画面を静かに弾く音がやけに大きく聞こえる。

 締め切った窓とカーテンだけがある部屋の真ん中で床にホオズキは座りこんでいた。

 壮観ではある、これまで資料や機材に雑多乱雑としていた自室が、無にあるのだから。

 部屋に染み付いた自身の残り香に寛ぎながら、一服していたのである。


『永遠に生き続けるためには細胞を劣化させなければいい。しかし一辺に続くテロメアを円環させただけの醜さは知っているだろう。それにただ繋いだだけでは傷ついた細胞が戻らない事も。

 従来のやり方ではただ石膏像でも作ってるようなものだ。僕がカルマに来て以来ずっとそうだった。カルマは売れない芸術家でも育成してるのかい。まあ僕はそんなものはどうでもいいのだけど。』


 生前の口調がそのまま蘇るようである。ホオズキは僅かに口角を上げながら、引き続き画面を弾く。


『さて、永遠に生き続けるにはどうすればいいか。

 実は病気のようなものだったんだ、死ぬ事は。それは日和見感染のように、普段は表に出る事がない。けど確実に僕らの身を蝕んでいた。身が切れて、体が弱って初めてそれは表在化するんだ。

 死は生まれついて生じた治しようのない病気でさ、まさに不治の病だね。エリクサーなんて所詮、風邪に対しての抗生剤のような死という病の特効薬だったんだ。


 僕の提示したこの理論をエリクシオン理論と名付けてみたけど、どうだろう。死後の楽園と永遠をうまく掛け合わせたいい名前じゃないかい。

 けどこれを公開するつもりはない。上層部にも報告していないよ。大して役にも立たない他人にああだのこうだの口出しされるのは面倒だし嫌いだからさ、分かるだろ?

 医者だった僕の方が生きるとか死ぬとかよっぽど詳しいに決まってるじゃないか。

 ね。


 それで、理論が分かれば実際にエリクサーを作るだけだ。実に骨の折れる作業だったね、15年以上の歳月がかかったのだから。

 それに関してEl-915は実に優秀な被験体だったよ、僕の研究の中で今まで一番長く生きてくれたし、結果をよく出してくれるモルモットだった。


 時々君に見せていたが、El-915は15年前に拾ったんだ。新生児のあれは森に捨てられていたよ、母親はあれをゴミか何かと間違えたんだろうね。けどまだ生きてたんだ、それならリサイクルしたっていいだろう?だからエリクシオンの理論に沿うように育て上げた。

 文字だとか言葉だとか、知恵も学も何一つ教えてなかったけれど、時々僕の名前を呼んでいたね。実験の最中に脳損傷を起こしたせいで吃音ではあったけど。代わりに海馬でも発達したんだろう、やけに記憶力は良かったね。数年前のデータを勝手に呟いていたりもした。


 研究の結果はまずまずだった。細胞の強化、多数の薬品や細菌に対する耐性。生命力のしぶとさとでも言おうか。並外れた適応力を持つEl-915のおかげでワクチンや新薬も幾つか開発できたよ。けどあと一押し足りない。足りなかった。ただしぶといだけでどうしてもあと少し、エリクサーを作るのには足りなかった。


 ところで上層部がだいぶ騒いだせいで中層部の耳にも届いていたと思うけど、僕が成した功績を知ってるかい。君は知ってるよね、直接伝えたもの。キメラを作ってみたんだ。彼女で。

 何と無く思ったんだ、El-915の強化された細胞と適応性なら、他種属の細胞と融合できるんじゃないかって。まあ失敗すればEl-915が死ぬだけだし15年が無駄になるだけさ。さして困りはしないよ、僕は。


 それにしても彼女はよくやってくれたよ、何度かの施工で完全に他種属の遺伝子を取り込んでくれた。一見してヒトには見えるが、遺伝子の中には確実に獣がいるんだ。普段は穏やかだろうけど、心拍数や血圧、精神的な刺激を与えれば簡単に猛獣になってくれるよ。

 全く。彼女は夢を実現させてくれる物なのかい?神なんてものはいないとは思っていたけど、あの時は神の存在を感じたよ。少しだけね。


 エリクサーはその時に完成した。キメラと同時に出来上がったんだ。不可能が同時に出来上がっただなんてさ、双子の夢みたいでなんだかロマンチックじゃないかい?

 どうやらエリクサーは…いや、完成の経緯はこれ以上話さないで勿体ぶっておこう。君も、謎や興味は尽きない方が嬉しいだろうし。


 話は変わるが、君に一つ頼みたい事があるんだ。

 よっぽどの馬鹿じゃ無ければ近いうちにシャルマが僕のいるラボに来る。出来上がったエリクサーが本物か確かめてみようと思って餌を撒いておいたんだ。El-915を殺してみようと思ってね。

 訳としては、カルマの中で殺すよりシャルマを呼んだ方がEl-915を殺すのは確実だろうからね。

 それにシャルマはカルマが大嫌いだし。僕らを見た瞬間闘牛の如く鼻息を荒げて突進して来るだろうよ。同じ人間なのか気になって一度一人捕まえて調べて見たけど、全く時間の無駄だったね。本当に。


 それで頼みってのは、エリクサーが完成していてEl-915が不老不死になっていたら、その後は僕に代わって君が記録してほしいんだ。だって僕は死ぬだろうからね、シャルマに殺されて。

 El-915は僕の夢なんだ。僕の夢の永遠性を見届けて、君が記録してほしいんだ。君は随分僕を分かってくれたし、正直言うと頼めるのは君くらいしかいないんだよね。

 それと彼女を手元に置く事ができた時はEl-915をこう呼んでやってほしいんだ、"マシロ"って。真っ白い、新しく始まる僕の夢の名前だ。後はマシロが僕の夢を勝手に引き継ぐだろう。


 ---ヒガ』


「…………全く、本当に自由奔放で困るよ。だから好きなんだ。」


 高嶺の花を目指した彼女は無事に頂へと到達し、そして那由多に漂う一頭の蝶へ変わってしまった。


 読み終えて画面を暗転させると、神妙な面持ちの男性がホオズキを見つめていた。

 カーテン越しの柔らかい光が首元のロケットに反射する。晴れの日の午後三時のような心地がその胸に広がっていた。

 胸のポケットにしまっていた白い封筒を一度取り出す。これから彼女の夢を迎えに行くのだ、僅かに鼓動が早まるのをホオズキは感じていた。

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