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マリアーヌ達が立ち去ってから数時間後の荒野。穏やかな月明かりに照らされたそこに、一台の馬車が到着する。
ちょうど、亮達が争っていたあたりに止まると、中からは三人の女がでてきた。そして、迷うことなく崖際に向かうと、そこから下を覗き込む。そして、ロープを投げおろし引き上げている。
みるからに奇妙な行動であったが、三人はさも当然、といった様子で淡々と行っていた。
すると――その先には亮が捕まっていた。
三人がかりで引き上げると、亮は地面に大の字に寝転がり大きなため息をついた。
「あー。危なかった。何度死ぬかと思ったか」
気の抜けた言葉を聞いた瞬間、その額に拳骨が降り注ぐ。
「何いってんのよ! この馬鹿! こうして無事だったからよかったものの。私達が気づかなかったらどうするつもりだったのよ!」
「そうしたら、ああ、ディアナ達は本当におバカだったんだな、と思って終わりかな? そして、僕は崖に拘束ではりつけにされたまま、餓死だね」
「助けてくれた恩人に向かってその言い草はなにかな? 餓死じゃなくていいなら、本当に死んでみてもいいんだけど?」
手にバチバチと雷を携えたディアナに、亮は引きつった笑いを浮かべていた。
「いえ。せっかく拾ったこの命、無駄になるようなことはしないと誓うよ」
「もう。こんな事態になってもその調子なんだから。馬鹿は死ななきゃ治らないってほんとよね、全く」
「おかしいな。僕、一度死んだはずなんだけどな」
「そうだった!?」
ディアナとのやり取りがひと段落ついたところで、横から飛びついてくるものがいた。テレーシアだ。
「リョウさま~~。本当に心配したんですからね!? 私のために、本当にありがとうございます!」
これでもかと抱き着いてくるテレーシアの力にうめきながらも、亮は頭をそっと撫でた。
「ごめん、ごめんって! でも、来てくれて助かったよ」
「それはそうですよ! リョウ様がいないこの世界なんて価値がないも同然です! 加えていうなら、電気痙攣療法がない世界なんて――」
「その先を聞いたら、とても悲しい気持ちになるからやめてくれるかな」
どこまでも、快感重視なテレーシアの言葉を聞いて、少しだけやるせなくなる亮。そんな亮の肩が、ふいに後ろから叩かれる。
「私も、今度こそはだめかと思ったぞ、リョウ殿」
「カレラもありがとね? お蔭さまで無事みたいだ」
「いや。私のほうもありがとうと言わせてもらいたい。亮殿がマリアーヌ・ルブランの目線をそらしてくれたからこそ、私たちはこうして話ができているのだから」
「カレラのそのまっすぐなとこ、気恥ずかしくて苦手だよ」
「なっ!? 苦手なのか? ……うむ。どこがどう苦手なのか、ぜひとも教えてもらいたいものだが」
「ごめん、ごめん。カレラは言葉の裏を読むとか苦手だったね」
そんなたわいのないやりとり。
亮以外の三人は、その感覚に安心感を覚えつつ、ここに至るまでの道のりを思い出す。
――――
リョウと決別したあの夜。マリアーヌの屋敷の前で打ち捨てられた三人は当然のことながら亮の裏切りに傷ついていた。怒りさえも抱いていた。
誰しもが口を開けないでいた。ディアナは涙を拭うも、うなだれたまま。カレラは苦虫をかみつぶしたかのような表情だ。だが、テレーシアは――テレーシアだけはその瞳に光を宿していたのだ。
「何か妙じゃありませんでしたか?」
「何言ってるのよ! あれがあの男の本心よ! 人を口のうまさで騙したかと思えば裏切って。そんな最低のやつなのよ、あいつは!」
「いえ、そうではなくて……あんな詩的なことをいうリョウ様、初めて見ました。いつもはもっとふざけたような口調なのに」
「む……たしかにな」
「っ――。だからなんだっていうのよ。あいつが裏切ったことには変わりないじゃない」
「いえ。私が知ってるリョウ様はそんな人じゃありません。私を救ってくれた恩人です。ですから私は思うんです。あんな態度をとっているのは何か理由があるんじゃないかって……」
「理由!? そんなのあるわけないじゃない! どれだけ夢を見てるのよ!」
「いえ、夢なんかじゃありません。じゃなかったら、私達を庇って、こうして生かしておくわけないじゃないですか?」
「庇う? ……もしかして先ほどのか? テレーシア殿」
「はい。マリアーヌ・ルブランは私を殺すって言ってました。でも、その矛先をすり替えてくれたのはリョウ様です。何か、リョウ様には考えが……」
テレーシアの言葉を聞いて、ディアナがようやく冷静になってくる。そして、しばらく考え込むと、ようやくぽつりとつぶやいた。
「まさか……あの最後の言葉」
「もしかして何か気づいたんですか!?」
「いや、まだ全部はわからないけど、もしかして――」
――――
「わかりずら過ぎるのよ、亮の暗号は」
「仕方ないじゃないか。僕だって即興で考えたんだから。警備もいたし、直接的には伝えられなかったからね」
「『今は欠けているこの月も、いつかは満ちて光を宿す』は、満月ですね。つまり今日の夜。ほら、綺麗ですね、あんなに丸くておっきい」
テレーシアは空を見上げながら、亮の言葉を思いだす。
「『その光が降り注ぐときにまた出会えたら、違う景色が見えるかもしれないね』とか恰好つけてるけど、これって会いに来てくれ、誤解だってことでしょ? 全然決まってないし、むしろうざいくらいだわ」
「だから即興なんだって。勘弁してほしいな」
ディアナは亮をからかいながら微笑んでおり、亮も同様だ。
「『眼下に広がる絶景はきっと心地いいよ。足が竦むくらいの興奮を感じられるんだから』と、これは意見が割れたんだがな。結局、それほど高い建物や山は近くにはないてことで、この崖が選ばれたというわけだ。私も王都へは行ったことがあったからな。あっていてよかった」
「そのあとは、ただ助けてくれって言いたかったわけだけど、よく伝わるもんだね。こじつけもいいとこだと思ったんだけどさ」
そう。亮は、あの時点で三人に助けを求めていたのだ。
もともとは突発的に連れてこられただけの亮。だが、状況をかんがみるに、テレーシアが絡んでいることが明白だった。そこで、亮は考えたのだ。テレーシアから手を引かせると同時に、マリアーヌ自身に報いを受け、それでいて自分の身の安全も保証できる計画を。
直接的にマリアーヌに攻撃を加えると自らが犯罪者になってしまう。屋敷に入り込んでも、新参者が来てからマリアーヌに何かあったと思われると、立場はまずことになる。そこで、マリアーヌの心を壊し自分も死ぬというストーリーを考えたのだ。
亮はひとまず、マリアーヌの心を自然に壊す方法を考えていた。それは長期的なものになるかもしれないと考えていたが、三人が助けに入ってくれたことで話は変わっていた。
亮はそもそも、三人が助けに来てくれるなど思っていなかったのだ。マリアーヌが執拗に言うから対策をとっていただけで、まさか本当に来るとは思っていなかった。そして、タイミングもよかったのだ。亮が執事長とメイド長との結婚を成就させた次の日に忍び込んでくれたのだから。だからこそ、王都まで行く話や、道中の地理も亮は知っており、作戦を立てることができた。
マリアーヌを壊し、自分が死ぬ。
そんな状況を作り上げる作戦を。
そのために必要だったのは、三人の助力だ。亮だけでは難しく、三人だけでもだめだった。四人そろって初めてマリアーヌに打ち勝てたのだ。
「それで? あの糞女はどうなったのよ」
「前のテレーシアの状態よりも、もっと悪いくらいだろうね。自害することがなければ、いずれは治るだろうけど、どうなることやら」
にやつきながら語る亮に、三人はぞくりと背筋を震わせるも、亮らしいなとすぐに相対を崩す。
「ただ、とりあえず、もうこれでテレーシアにはちょっかい出さないんじゃないかな? 僕は死んだことになってるけど、今回の出来事はトラウマにはなってると思うしね。敢えて、自ら近づこうとはしないと思うよ」
亮のその言葉を聞いて、テレーシアは目を潤ませる。
「本当に、ありがとうございました。リョウ様」
「いいんだ。僕も、レセプターコントロールの練習になったしね。大体コツはつかめたから、次からは治療に使えよ」
「それはそうと、この後はどうするの? いくら近づかないっていっても、あの街に戻るのは――」
「それなんだけどさ。王都に行かないかい?」
「え?」
「せっかくここまで来たんだから王都に行こうっていったんだよ。もうあの街でやらなきゃいけないことはないだろ? カレラは元パーティーメンバーに力を見せつけることができたし、テレーシアもマリアーヌとの確執も解消された。僕もディアナもあの街にこだわりがあるわけじゃないし、もしかしたらもっと面白いことが待ってるかもしれないじゃないか。だから、王都に行こうよ。お金はあるし、つまらなかったら帰ってくればいいんだから。観光だよ、観光」
亮はそう言うと、軽い足取りで馬車に向かう。先ほどまで崖に宙づりになっていたとは思えないほど、普段と変わらない様子だ。
そんな亮の様子をみて、ディアナもテレーシアもカレラも苦笑いを浮かべながら後に続いた。
「ほんと、勝手よね。まあ、おいしいものをちゃんとごちそうしてくれるんなら、ついて行ってやってもいいけど? あ、甘いのもしょっぱいのも両方だからね!」
「ゴルド達には申し訳ないですけど……、手紙でも書いておけばいいですかね。あ、そういえば、リョウ様。助けに来たご褒美……もらってもいいですかぁ? ぜひぜひまたビリビリしてもらえれば私としては大満足なんですけど? って、ちょっと! リョウ様!? 聞いてます? あの、あっ、なんだか久しぶりに放置されて、んっ、だめ、あぁっ!」
「王都か……。久しぶりだが、いい武具があればよいのだが。だが、王都は危険も多いからな。皆をこの剣で守ることを誓おう」
三者三様の言葉を背中で聞きながら亮は一人微笑む。
どこまでも自由で、どこまでも頼りになる仲間の存在を感じながら、亮は髪をいじりながらつぶやいた。
「さてさて。病んでいる人はいるのかな」
異世界の旅は、まだまだ始まったばかり。
――完――




