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 次の日から、亮の命運をかけた戦いが始まった。

 

 屋敷の中で犬猿の仲と言われるのは、執事長とメイド長の二人だった。二人は互いに未婚であった。仕事柄関わることが多い二人は、ぶつかることが多いのだという。

 二人とも、すでに結婚という二文字を捨て去っていると言い、その二人を結婚させることができたら認めるとマリアーヌに言われていた。

 期限は五日間。普通なら、不可能である。だが、亮はむしろすがすがしい気持ちで朝を迎えていた。


 一日目。

 亮は、まず二人にお茶会に参加してもらうよう促した。当然断られたが、そこは亮である。うまいこと口車に乗せ、二人を出席させたのだ。だが、当然ただのお茶会ではない。二人以外は全員欠席という高校生が企むような罠だった。

「リョウ殿。お戯れが過ぎますな。これでは私がいる意味はないでしょう」

「珍しく意見が合いますね。私もお暇させていただくとします」

「まあまあ、そんなことは言わず。用意されたお茶と菓子が無駄になってしまいます。ですから、そうですね……三十分でいいですから席についてくださいませんか?」

 亮は二人の肩に触れながら行く手を阻んだ。

 そんな二人は、亮の面子も気にしてか、三十分だけは席に座ってくれていた。そうして、互いに無言で時間は過ぎる。

「さて、時間になりましたね。お二人とも、ありがとうございました」

「い、いえ。では仕事に戻りますゆえ。失礼する」

「わ、私も仕事に戻りますね。リョウ様、失礼します」

 二人はなぜだか赤い顔で去っていった。去り際に、お礼の意味を込めて握手をするのを亮は忘れない。それが、この作戦の鍵となるのだから。


 二日目。

 亮は、執事長と共に行動をしていた。仕事を見学するという名目でだ。

 執事という仕事上、メイドともの関わりが多い。そして、メイド長と関わるときに、すかさず執事長に話しかけていく。

「さて、執事長。どこか落ち着かれないようですがどうですか? 何かありましたか?」

「いえ、リョウ殿。し、仕事に戻りましょう」

「そうですか。顔も赤いですし、無理をされませんよう」

「心得ております」

 そう言って、二日目が終わる。執事長とメイド長には何も進展はない。


 三日目。

 今度はメイド長と行動を共にした亮。昨日とやることは変わらずに、何事もなく終わった。だが、この日の夜、亮はある罠をかけていたのだ。二人を、食堂の倉庫に閉じ込めたのだ。だが、ただ閉じ込めただけである。亮は、ある確信をもって、寝床についていた。残された時間はあと二日。だが、亮はなんの焦りも持っていなかった。


 四日目。

 早朝。さりげなく閉じ込めていた鍵を解くと、二人はそそくさと出てきて仕事へと向かっていった。だが、その日は仕事でのいざこざもなく、楽しげに会話する二人の姿が見て取れた。

 亮はその姿をみて、二人へと声をかけていく。肩に触れ、楽しげに会話をしながら亮は二人の様子を見ていた。

 

 五日目。

 亮はマリアーヌに呼び出されていた。同時に、執事長とメイド長も呼び出していた。二人は何事かと目を見開いていたが、マリアーヌの言葉にさらに驚きを見せていた。

「それで。二人は結婚するの? しないの?」

 二人は、驚きながら亮に視線を向ける。亮は、微笑みながら首を横に振っただけだ。だが、執事長とメイド長は苦笑いを浮かべ、二人で目配せをした。

「マリアーヌ様。恥ずかしながら、私は彼女と結婚したいと、そう考えております」

「わたしもです。この年になって本当に恥ずかしいと思いますし、なぜ、この人と、といまでも思っていますが、この想いに嘘をつきたくないと思っています」

 二人の言葉に、今度こそ驚いたのはマリアーヌだ。目をぱっちり開け、口を半開きにした表情はとてもかわいらしいものだったが、亮は澄ました表情で一礼をする。

「本当におめでとうございます」

 その表情は、ひどく歪んだ笑みを浮かべていた。




「素晴らしいわ! リョウ! あなたがいれば、本当に力が手に入るのね! さっそくやって頂戴! お金はいくらかかってもいいわ! 今以上の力を私に与えなさい!」

「はい。仰せのままに。ただ一つ……お許しいただきたいことがあるのです」

「何? 何が欲しいの?」

「いえ。欲しいのではなく……願いをかなえるためにはマリアーヌ様のお身体に触れなければできないのです。あの二人にも、さりげなく触れておりましたが、そのお許しをいただければ、マリアーヌ様の望みは叶うかと」

「それくらい! まあ、リョウに許せるのは、せいぜいこの足先くらいかしらね」

「光栄の極みにございます」

 そう言って、亮はマリアーヌの足先に触れる。

「ふふふっ。私が王族の伴侶になるなんて……ふふ、あははは、はははははは!」

 マリアーヌの笑い声が屋敷中に響く。

 その笑い声に隠され、誰も亮の微笑みに気づかない。にやにやと笑い続ける亮は、ただただ不気味だった。


 ◆


「大丈夫ですか? マリアーヌ様」

「大丈夫に決まってるじゃない! これだけ気分がいいんだから! さぁ、リョウ!? 早く王都に旅立つわよ!」

 そう言うと、マリアーヌは颯爽と屋敷の外へと出ていく。そのあとを護衛が追いかける形になっており、侯爵の息女という立場からすると危険極まりない。

 だが、そんなことを気にもせずに、マリアーヌは自由気ままに振る舞っていた。

 

 亮が力を証明したあの日からわずか数日。マリアーヌは王都に旅立つ決心をしていた。以前よりも陽気に、感情の起伏が激しくなったマリアーヌの取り扱いに使用人達は困惑していたが、これで気が済むならと王都行きを容認したのだ。

 いき遅れている娘の将来を心配していた親も、王都に行き出会いを求める娘の行動に喜びこそすれ反対はしなかった。


 そんな王都への旅路。

 リョウは、マリアーヌともに王都に向かっていた。マリアーヌが身分の高い男に気に入られるために。必要なことと言いくるめ、亮はマリアーヌと一緒に馬車に乗り込んでいた。


「いい加減、教えなさいよ! 作戦があるんでしょ!? どうやって私を気に入らせるのかしら、聞かせてちょうだい。リョウ!」

 興奮状態のマリアーヌに、亮は笑顔で答えた。

「実は、私は固有能力というのを持っていましてね。それを使って、頭の中の伝達物質をコントロールできるんですよ」

「伝達物質? よくわからないけど、すごいのね、リョウは」

「はは。マリアーヌ様ほどではないですよ。これからマリアーヌ様は国を背負っていく立場になるのですから。そんなマリアーヌ様が私如きを褒めるなど。光栄すぎて言葉もありません」

「それもそうね! 私は次期王妃なのだから!」

 マリアーヌの中で、なぜだが王妃になることが決定しているのだが、それを亮は笑うことはしない。なぜなら、この状況は亮が作り出したものであり、狙い通りの結果だからだ。

「ええ。そうですとも。マリアーヌ様。あなたは次期王妃です……ただ、残念ながら」

 ここで亮は間を置いた。何事かとマリアーヌは亮を見つめ、それにまっすぐと視線をかえしている。しっかりと自分の話を聞いているのを確認した亮は、鼻を鳴らし、どこか蔑むような視線をマリアーヌを見た。

「……あなたの頭の中だけではね」

「なんですって? 今、なんといったの?」

 亮の言葉を聞き、マリアーヌの表情は途端に切り替わる。先ほどまでの微笑みとは違い、視線だけで誰かを殺せるような、そんな表情に。

「今ですか? あなたの頭のなかだけですよ。と言ったのです。あなたが王妃になるなんていう未来は決してやってこない。夢見がちな少女の妄想も、ここまでくると笑えもしない」

「なんてことっ――」

 手に持っていた扇を振りかぶったマリアーヌの腕をつかみ、亮は「どこでも精神科」を発動させる。そのなかでも、電気痙攣療法でも拘束でもない――レセプターコントロールというものを使った。

 すると、先ほどまで怒り狂っていたマリアーヌが体の力を抜き、馬車の椅子へと体を預ける。そして、あふれ出る涙。口元では、なにやらぶつぶつとつぶやいている。

「わ、私。なんて大それたことを。あぁ、使用人達に言っていた言葉をすべて消したい……。こんな私、死んでしまえばいい……」

「成功かな」

 そう言うと、亮は気持ち悪い笑みを浮かべんがらマリアーヌの耳元に口を近づける。

「聞くといいよ、マリアーヌ様。僕がある程度心を操れるのは否定しない。事実さ。その種明かしをしようか」

 亮は、心底楽しそうな笑顔で語り始める。


 亮が行ったことは、簡単に言うと、神経伝達物質のコントロールだ。神経伝達物質が脳の信号を伝達しており、その信号が感情や思考を作り上げている。

 執事長とメイド長の恋愛劇の場合。

 まずは、二人が出会ったときに、ドーパミンという伝達物質を過剰に放出させた。このドーパミンとは人に快の感情を与え、感情が高まり動悸も早まり顔も赤くなる。つまり、ときめいているという状況を作るのがこのドーパミンだ。

 二人が出会ったときにこのドーパミンを過剰放出させれば、恋と勘違いしてしまう。

 

 さらに、二人が離れているときは、セロトニンを抑制した。セロトニンは、本来、ドーパミンの放出のバランスをとるものであるが、これが少なくなると、ドーパミンの分泌はコントロールできない。つまり、快を感じたり、反対に不安に襲われたりしてしまう。

 最初に出会ったときに、これでもかとドーパミンを過剰放出させたことで、二人は、互いの存在を特別だと思ってしまった。そこにセロトニン不足が加わり、いわゆる恋に対する不安感を感じさせる。そして、また出会ったときにドーパミンを増やしてやり、今度は放置してしまえばいい。

 互いに出会って、快の感情を抱き、その制御ができなくなると相手を想いながら悩んでしまう。完全に恋におちた状態を作り上げた二人に、さらにノルアドレナリンという物質を過剰放出させる。これは、簡単に言うならば興奮状態を作り出す物質だ。恋に燃え上がり、興奮状態を作り上げた二人を密室に閉じ込めればどうなるか――言わずもがなだろう。


 こうして、二人を恋に落とした亮は、今度はマリアーヌの神経伝達物質をコントロールした。まずは、ドーパミンを過剰放出させる。先ほどの執事長やメイド長のように恋に落ちるわけではなく、常時過剰に放出した状態というと、躁だ。つまりは、常にハイテンション。この状態だと、突拍子のない考えでも、乗せることが簡単だ。

 その状態で、王都に行くとなれば準備もあっというまにすすむ。


「そこで、今度は、セロトニンを低下させドーパミンのコントロールを失わせる。さらに、今度はドーパミンを限りなく少なくさせると――こうして鬱状態にできるわけだ。これがテレーシアの感じていた感情だよ。どうだい? さぞかし気分がいいだろうね。君は人を追い詰めて追い詰めて、これだけの感情にさせたんだ。どれだけの罪があるのかわかるかい? こうなると、人は死ぬ以外に抜け道がないと思ってしまう。さて、今マリアーヌ様はどう思っているのかな? 自分がどれほどひどい人間で価値がないか、ようやくわかったんじゃないかな?」

「うっ、ひぐっ、ぐす……えぐっ」

「泣いてちゃわからないよ。ちゃんと答えもできないの? だから、婚活競争にも負けて、その腹いせに加虐趣味に走るんだ。どれだけ心が弱いんだろうね。僕らのことを蛆虫呼ばわりしてたけど、まだ蛆虫のほうが生きる意志を持っているんだ。価値があるよ。つまり君は蛆虫以下さ。逃げることしか能がない生き物なんだから、しょうがないとは思うけど。第一、」

「何かございましたかな? ――リョウ殿。これは一体どういうことですかな?」

 亮がマリアーヌを言葉攻めにしている最中、大声に気づき何やら様子がおかしいと感じた執事長が馬車を止め入ってきた。そして、当然その異変に気づき、亮へと剣呑とした視線を向ける。

「おっと。これはまずいかな」

 そう言うと、亮は微笑みながら両手を挙げた。


 ◆


「説明してもらいましょうか」

 執事長に見つかり、外に出された亮。周囲を執事長と警備のものに囲まれている。皆の表情は険しく、亮に対する敵対心が透けて見えた。

 あたりは荒野であり、身を隠すものは何もない。後ろは崖になっており、逃げる場所は残されていなかった。

「近頃、お嬢様はなにやら様子が変でした。妙にあなたを重宝するし、急に王都に行くと言いだす始末。一体、何をやられたのかな?」

「何を言いますか、執事長。私は、マリアーヌ様の幸せな未来を考えて行動したまでですよ。マリアーヌ様が尊い方にお嫁ぎになれば、それはきっと幸せなことでしょう?」

「この状態のお嬢様をみて、まだ何かいうのですか?」

 亮が視線を向けると、そこには頭を抱えながらぶつぶつとつぶやいているマリアーヌがいた。

「さぁ! もとに戻してもらいましょうか!」

 全員が一歩前へ踏み出した。皆から剣を向けられているこの状況は、亮にこの上なくまずい状況だ。だが、そんな中でも亮は一向に笑みを絶やさない。執事長は、その不気味さに、少なからず恐れを抱いていた。

「さぁて。近づく人は覚悟してね? 僕に近づくと、マリアーヌ様みたいになっちゃうからね?」

 その言葉に皆は一斉にマリアーヌを一瞥する。そして、顔を歪めると悔しそうに歯を食いしばった。

「それに、もうマリアーヌ様は元には戻せない。心が壊れたんだ。これまで行ってきたことの報い。当然なんじゃないのかな?」

 両手を広げ、傲慢ささえ感じるその仕草に、執事長達はいらだちを覚えていた。その苛立ちはやがて怒りに、憎しみへと昇華され、亮へと向けられる。

「お嬢様は少々性格が歪んではいましたが、性根は純粋な方なのです。小さいころから見てきた私には、孫のように感じられる……。そんなお嬢様をこのような状態にしてその態度。万死に値する」

 そう言うと、執事長自ら剣をとって振りかぶった。

「心が壊される前に、貴様の頭をかちやってやる。私はどうなっても構わない! 覚悟しろよ、このチンピラめ」

「嘘っ!? 思ったより慕われてるの!?」


 無言で走り出す執事長。そして、その勢いのまま振り下ろされる剣を、辛うじて交わす亮。攻撃の手段を持たない亮は、必死でその剣をかわそうと躍起になった。

 執事長も、つたない剣技で亮の命をとろうとやみくもに剣を振るった。その戦いはまさしく泥仕合だ。それでも、武器をもつ執事長が徐々に亮を追い詰めていく。崖際に追い込まれた亮は、両手を前に出して表情を強張らせた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。話を聞いてくれるかな? お嬢様は僕が責任をもって治すよ。だから、だから剣をおさめる気はないかい? このままでいるよりもそっちのほうが断然いいだろう? だから、ほら。仲直りしようじゃないか」

「そうだな、その言葉はあの世で聞いてやろう。私も遠からず行くことになるからな」

「だから、待てって――え」

 後ずさった亮の足元。そこには地面はなく、体はゆっくりと傾いていく。あっという間に、執事長の視界から消え去った。

 慌てて、崖下を覗き見る執事長だったが、奥は暗く底は見えない。水音が聞こえるため、川が流れているのあろう。ここに落ちて助かる人間はいない。

「つまらん最後だったな。皆のもの、急ぎ家に戻り医者にみせるぞ? さあ、準備を急げ!」

 執事長が警備のものに声をかけると迅速に準備が進んでいった。そうして、王都とは逆側、つまり元来た道を急ぎ足で帰っていく。執事長は何度も後ろを確認したが、その視線の先にはなにも見えなかった。あるのは砂と石。それだけだった。

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