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「ここが侯爵ルブラン家の別邸ね。やけに豪華な造りじゃない」

「ここはマリアーヌ・ルブランに与えられた屋敷らしいですよ? なんでも、娘を溺愛した当主が特別に作らせたとか」

「それもこれも、私達が治めている税金が元だというのだからやるせないな」

 ディアナ、テレーシア、カレラ達は、ある屋敷の前で話していた。当然、その屋敷はマリアーヌ・ルブランの屋敷であり、亮が連れ込まれたという場所だ。

 三人は日中に支度を済ませ、ここに集合をしていた。そして今は夜。すでに明かりは落ちており、道には人が歩いている様子はない。

「さて。では、決めていた作戦通りに動くとするか」

「ええ。失敗するんじゃないわよ。特にテレーシア」

「なっ――!? 普段のディアナさんを知っていると、ディアナさんだけには言われたくない気がします!」

 そんな軽口を交わしながら、三人は屋敷へと近づいていく。


 シーフルの話だと、この屋敷は二階建てであり、地下室があるとのこと。上物は、マリアーヌや使用人達の生活の場となっているのだが、地下は様子が違うらしい。おそらくは、そこに亮が捕えられているのではないかというシーフルの予想だった。

 

「といっても、地下への入り口がどこにあるのか、わからないからね」

「侵入して探すしかないだろう」

「っと、やっぱり見張りがいますね。外には二人います」

 三人が人目を避けながら小声で会話をする。視線の先には剣を持った男が二人おり、周囲を警戒していた。

「じゃあ手筈通りに……」

 テレーシアはそう言うと、小さな火種を作り出す。それをそっと送り出すと、道端に置いてあったゴミ屑へと燃え移らせた。途端に炎は大きく燃え上がる。

 すると、当然見張りの二人は火に気づく。

「なんだ!? 何故火が!」

「いいから消せ。この程度なら、すぐに消せるだろう」

 大きいといってもゴミが燃え上がった膝丈程度の火種だ。すぐさま消火に当たれば消せるだろう。だが、そうは問屋がおろさない。

「がっ――」

「ぐぇ――」

 男の後ろから忍び寄っていたディアナが、雷魔法で意識を飛ばす。崩れ落ちた二人を後目に、カレラが火を消していた。

「さて、行きましょうか」

 そう言うと、倒れた見張りから鍵を取り出し、三人は裏門から中に入っていった。


 その後も大きな騒ぎもなく過ぎていく。


 基本的にはディアナの雷魔法で見張りの意識を飛ばしていく。突然出くわしてディアナが対処できないときは、カレラの早業で対応したり、テレーシアの火の玉をみて「幽霊だ」と叫びながら倒れ込まれたりしたのだが、おおむね順調に足取りは進んでいく。

 そしてたどり着いたのは物々しい扉。

 扉全体にちりばめられた細工は見るからに手がかかっていることがわかる。取っ手にも禍々しいモチーフが佇んでおり、これを作らせたものの趣味がこれでもかと現れていた。

「行きますか」

「はい」

「気を抜くなよ」

 三人はそう言いながら、重い扉を開いていく。蝶番がこすれる音が耳に突き刺さる。

 中は真っ暗闇であり、どこかかび臭い。それでも歩みを進めると、三人の後ろで扉がどしんとしまる音が聞こえた。

 テレーシアが無言で火の玉を空中に浮かべると、ようやく周りが見渡せる。床も壁も特に変わったところはないが、少し行くと、地下へと続く階段が見えた。

 三人は目を合わせ頷くと、ゆっくり進んでいった。


 周囲に注意しながら階段を下っていく。すると、下の方に明かりが見えた。テレーシアがすかさず火の玉を消す。それとともに、三人はさらに足を忍ばせながら明かりのほうに向かっていく。

 たどり着いたのは小さな小部屋。そこには、三人が入ってきた入り口しかなく、それ以外は変わったところのない、ただの部屋だ。三人はだれもそこにいないことを確認すると、小さく息を吐き緊張を緩めていく。

「外れ、なのか?」

「どうだか。でも、見る限り行き止まりだし、ここに亮はいなそうね」

「なら、どこにいるんでしょうか……一つの屋敷に地下が二つもあるんでしょうか?」

 周囲を見渡しながら疑問を漏らす三人だが、やはり何も見つからない。

「やっぱり何もないわね。どうする? 一度戻って探しなおす?」

「そうするしかないな」

「一体どこにいるんでしょうか、リョウ様は――」

 さあ、帰ろう。というその時、三人が入ってきた入り口が突然石の壁で閉ざされた。

「なっ――!?」

 誰の叫びだろうか。驚きに満ちた表情を浮かべながら、一斉に扉へと向かっていった。

「何よこれ!? どういうこと?」

「くそっ! 押してもまったくびくともしない!」

「……もしかして閉じ込められた?」

 そうこうしていると、部屋の天井の一部が開き、そこから大量の水が流れ込んでくる。遠からず訪れる未来を想像し、三人から途端に血の気が引いていく。

「カレラ! この壁、斬り壊せないの!?」

「無理だ! この壁はかなり分厚い! 二人の魔法は!?」

「だめです! 火はこの大量の水で威力を失ってしまいますし、ディアナさんの雷は使ったら全員が感電してしまいます!」

「八方塞がりってことね」

 そんなやり取りをしている間に、水はあっという間に腰丈にまで満ちていた。その間も、彼らが壁に切り付けてみたり、テレーシアが火魔法をぶつけてみたりと足掻いていた。

 だが、現状は何も変わらず、水だけが満ちていくばかり。三人に焦りの色が見え始めた。

「どうすれば……どうしたら――」


 ディアナは考えていた。魔法を行使できない状況で自分ができるのは考えることだけだ。出口は塞がれ、水は瞬く間に満ちている。このままでは溺死してしまう。そして、自分達が抜け出すことができなかったら亮も遠からず死ぬのだろう。

 何か手はあるはずだとぼんやりと水の流れを見ていた。天井の一部から流れてくる水。その勢いはすさまじく、どこからこの水を持ってきているのだろうと考えていた。

 

 ――水の出所? まさか!?


「カレラ! テレーシア! 私を天井までぶん投げることってできる!?」

「ディアナ殿!? なにを?」

「できることはできますけど、あ、そうか!」

「いいからあの水が入ってきているところに投げてほしいのよ! あの水の流れに逆らえるくらい、強い力でね!」

 ディアナの言葉を聞いて、二人はすぐさま準備を始めた。


 まずはカレラが土台となり、ディアナを支える。それだけで、天井に達するほどの高さになるが、このまま投げても水の流れには逆らえない。

 その二人を押し上げるのはテレーシアだ。といっても、テレーシアの細腕で二人を支えられるわけでもなく、テレーシアが持つ火の魔法――爆発を伴うものを使ってそれを推進力にすることとした。魔法の調整次第で、熱を抑え殺傷能力をほぼゼロにすることができるらしい。

 テレーシアは、その魔法に集中していた。水は、いまだに嵩を増している。

「行きますよ! 準備はいいですか!?」

「ああ、いつでも来い」

「じゃあ、えええええいいいいぃぃぃぃぃぃ!」

 カレラの足元で爆発する魔法。それに合わせてカレラは飛び上がっており、爆発とともに勢いが倍増する。そのまま水の流れに飛び込むディアナだが、やはり爆発だけでは勢いが足りない。すぐさまカレラが、その腕力を使ってディアナを投げた。

 すさまじい水の勢いに逆らうディアナだが、その顔にかかる圧力は相当のものだ。とんでもない顔を披露しながらカレラに投げられたディアナは弾かれるように水を潜り抜けた。


 水を通り抜けた先。そこは、おそらくは屋敷の中の部屋ではあろう。だが、土壁でおおわれており、ただの部屋ではないことがわかる。

 だが、息はできた。

 水に溺れて命を失うことはもうなくなったのだ。安堵と達成感を感じたディアナは、すぐに我に返り、二人を助けようと立ち上がる。だが、その瞬間に、ディアナの四肢の自由は奪われ地面へと転がった。

「ぐっ――」

 思わずうめき声をあげたディアナに見えるのは、隣に立つ誰かの足。その誰かは、ディアナの横でうずくまると、芝居がかった口調で話し始める。

「罠を抜けた先にまた罠があるって思わなかったのかな? だとすればとても想像力が貧困だよね。ここまで来れたのは素直にすごいと思うけど、やっぱり詰めが甘いよ、ねぇ、ディアナ」


 そこには、いつもの気持ちの悪い笑みを浮かべた亮がいた。


 ◆


 その後は、水の中に伸ばされた手を何の疑いもなくつかんだテレーシアとカレラが、同じように亮に捕まった。その戒めからは当然抜け出すことができない。亮は『拘束』を使っていたのだ。


「ちょっと! 早くこれ、ほどきなさいよ!」

「それはできないんだよ、ディアナ。ほら、僕にもいろいろと事情があるし?」

「冗談はやめてください、リョウ様! なんで、なんでこんなことを!」

「別に僕にこういう趣味があるわけじゃないだけどね。仕方ないこともあるんだよ。あきらめてくれるかな、テレーシア?」

「なら、その理由を説明してもらおうか。内容によっては、ただでは済まさない」

「その言葉も、この状況じゃなかったら怖いんだけどね。でも、ほら。今、三人とも動けないわけだからさ。凄んでも怖くないんだ、だからごめんね」

 倒れている三人の横で、にやにやと笑みを浮かべている亮。三人は必死に亮に訴えているが、まったく響く様子はない。それどころか、現状を楽しんでいる節まであった。


 そんな亮達の後ろから、足音が聞こえてくる。その響き具合からこの部屋がそれなりの奥行きを有しいるのが伝わってきた。

 だが、部屋の中は暗く、近づいてきたものが誰であるのか、三人にはわからない。亮は、すぐさま跪き首を垂れる。

「ご覧のとおり。捕まえることができました」

「そう。ごくろうだったわね。さすが、リョウの言うとおりになったわね。褒めてあげるわよ」

「ありがとうございます」

 亮が頭を下げている相手は、楽しげに笑い声をあげながら近づいてくる。ディアナとカレラはそれが誰なのかわからなかったが、テレーシアは声を聞いた途端に震えだしていた。その様子をみて、ディアナ達は状況を察する。

「まさか、亮……」

「その通りさ。彼女は、マリアーヌ・ルブラン様。今、僕が仕えている相手。君達の敵だよ」


 三人が視線を上げると、そこにはこれでもかと巻かれた金髪を垂らしている少女がいた。彼女の名はマリアーヌ・ルブラン。テレーシアを追い込んだ張本人だ。


「まだ生きていたのね、この糞冒険者風情が。せいぜい、これでもかって苦しんで、殺して、あ、げ、る」


 そういって、マリアーヌは歪んだ笑みを浮かべていた。


「まあまあ、マリアーヌ様。お戯れはこの程度にしたらいかがです? 今更、このような下賤な輩、マリアーヌ様が関わる必要のない人間です。むしろ、人としての格がさがると思いますよ」

「何よ。リョウは私に口答えするっていうの?」

「いえいえ。そんなことはありません。ただ、マリアーヌ様の崇高な志からすると、ふさわしくないのでは、と思っただけでございます。これからマリアーヌ様は国を背負っていく身。ともすれば、このようなこと、時間の無駄でございましょう。むしろ、マリアーヌ様に相手にすらされなかった屈辱を、その身に刻んであげればいいんです。至高の存在であるマリアーヌ様が歯牙にもかけてくださらない。その事実が、この三人には一番の罰かと」

 外見だけみると非常に愛らしいマリアーヌは首を傾げて考え込む。すると、小さく笑みを浮かべ頷いた。

「リョウがそこまで言うのならそうしようかしら。なら、こんなゴミ。さっさと捨てておきなさい。私は寝る準備でもしてるから」

「仰せのままに」

 亮が頭を下げると、マリアーヌはどこか満足したように立ち去って行った。その後ろ姿を、見届けると、亮を睨みつけた。

「いったい、あんた……なんの真似よ」

「ん~、言葉づかいには気を付けたほうがいいんじゃないかな? 君達の生殺与奪権は今、僕が握ってるんだからね」

「本気で言ってるの!?」

「本気も本気さ。僕だって、命がかかってるんだ。マリアーヌ様の望みをかなえなければ、僕は生きていくことができない。君達の命よりも僕の命が大事なんだ。わかってくれるかい?」

「わからないわ」

「なら、やっぱりディアナは駄女神だね」

 そういって笑みを浮かべながら、亮は鈴を鳴らす。すると、奥から屈強な男達が三人現れ、ディアナ達を担いだ。

「ちょ!? どこに連れて行くんですか!?」

「離せ! 離すんだ!」

「じっとしているのは君達だ。不法侵入もいいとこだからね。さっさと出てってくれないと、僕は眠れないんだよ」

 男達に担がれながら、ディアナ達は屋敷の前に来ていた。そして、放り捨てられると、亮と男達は踵を返す。その後ろ姿に向かって、ディアナは叫んだ。これでもかと怒りを込めて。

「あんた! 本気なの!? 本気であの糞女にとりいろうっていうの!?」

「ああ」

「あんたはそれでいいわけ!? 少なくとも私は楽しかったわよ? あんたたちと過ごして楽しかったのよ!」

「僕だって楽しかったさ。けど、状況っていうのは刻一刻と変わるんだよね。だから、今は僕はここにいなきゃいけない。それだけのことさ」

「でも、でもぉ!!」

 ディアナは立ち上がり、そして頬に涙を這わせながら叫んでいた。亮は振り返らずに言葉を重ねる。

「ここでさよならだ」

 そういって、亮は振り返った。そして空を見上げている。その表情は暗く見えない。だが、普段の軽々しい雰囲気ではないことをディアナ達が感じ取っていた。

「今は欠けているこの月も、いつかは満ちて光を宿す。その光が降り注ぐときにまた出会えたら、違う景色が見えるかもしれないね。眼下に広がる絶景はきっと心地いいよ。足が竦むくらいの興奮を感じられるんだから。その時は、君達も来るといい。新しい世界が、きっと待っているよ。それが、助けになるだろう」

 それだけ言い捨てると、亮は屋敷に入っていく。扉も絞められてしまい、ディアナ達の声は届かない。

「なんなのよ。あの馬鹿」

 嗚咽とともに漏れ出たのは、ディアナのそんな一言だった。


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