表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/95

いつか、君を。

 あけて月曜。制服に身を包んでバス停に向かうと、腕組みして壁に寄りかかっている少女を見つけた。


「何だ、こんなとこにいたのか。部屋までもってっちゃったよ」

 なるべく明るくそういって、僕は手にぶら下げていた袋をうとうとしている銀髪の前に差し出した。

 第零小隊の事は機密だと言われていた。その機密事項を彼女に言う気は一ミリも無い。


「え? あ、うん、ありがと」

 驚いて顔をあげた藤崎が、目を瞬かせ、気まずそうにもごもごとお礼を言ってくる。


 僕はニヤリと笑ってみせた。のんきにお礼を言ってられるのも今のうちだ。なぜならその袋の中身は、焼肉サンドだ。今夜、今宮隊長が僕の退院祝いをしてくれると言っていたので、ニンニクたっぷりの焼肉サンドだ。ははっ、これぞロビ霧島クオリティ。


 我ながら小さい男だと思いつつも、受け取った藤崎の反応を期待しながらバスのステップに足をかけた僕の肘が、グイっと後ろに引っ張られて僕はバスから転がり出る。


「うわ! 痛っ! すいません、ごめんなさい! 僕が食べますから!」

 思わずあっさり謝罪の言葉を口走り、ひょいっと差し出された左手から逃れるように身を縮めていると。

「……何よ? 早くつかまりなさいよね」

「え?」

「だから、送ってあげるって言ってるの」

 きょとんとした僕の手を強引に掴むと、藤崎は空へと舞い上がった。青空に飛び込む程に、高く、高く。限界飛行点ギリギリまで。


「うわっ! 藤崎、危ないって!」

「じたばたしなけりゃ大丈夫なのっ!」

 突然の飛行にバランスを崩して暴れる僕を、藤崎が一喝した。


 しゅんとした男の手を引きながらあっという間に島を横断した藤崎は、学校の上空を三周ほど旋回してから口を開いた。


「……ありがとね」

「え? 何が?」


 視線を外し唇を尖がらせた藤崎は極めて不機嫌な様子で島を見下ろし、唇にかかった髪を乱雑に払ってから。


「……いろいろよ」

「いろいろ?」

「もういい。それくらい自分で考えて」


 照れた藤崎は一つ大きく息を整えると、遠い地面を見つめながらごにょごにょと言葉をこね始める。


「……それから……言っとくけど私、本当はあんなもんじゃないから。いつもだったら、あんたの助けなんていらないくらい強いんだから」


「知ってるよ」

 藤崎に見えない様に小さく笑った。


「だから……その、あの日はいろいろダメな日で……だから……」


 右手が、ぐっと締め付けられて。


「だから……あの日のことは全部内緒よ。私が泣いてたなんて誰かに言ったら、あんた、病気に見せかけて殺すから。ていうか、そもそも……あんなの、全部、冗談なの」


 藤崎は、ちらりと一瞬だけ僕を見た。


「だから……別に、あれも本当じゃないから」

「あれ?」

「……だから、本当は………いらなくなんて、ないから」

「え?」

 思わず聞き返した僕の言葉に一瞬眉をひそめた藤崎は、呆れた顔で息を吐くと高らかに。


「せいぜい頑張れって言ったのよ、ば~かっ!」


 重力より早く加速する体を感じながら、僕は必死に落下する藤崎の手を握り続けた。

 特別に柔らかい彼女の手から伝わる力よりも、少しだけ強く。


 本土から遥か遠いこの狂った魔法使いの島に、彼女の願いが呑み込まれてしまわぬように。


 いつか、この手を離せるように。

 いつか、君を縛る檻をぶち壊して。


 いつの日か、君を、いらない子にしてあげようと心に決めて。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ