雲のいづこに
明人は朝の光に目を覚ました。伸びをして起き上がると、屋敷の窓から外を見る。昨夜は、本当に大変だった。
庭から戻った慎怜が紅雪を連れていたのは驚いたが、そのまま維心の前に行き、頭を下げたかと思うと婚姻の話をし、維心は驚いて絶句しているし、維月は口を押さえて黙り込み、蒼は「ええ?!」と叫び、緑青は、やっと一人片付いたと涙を流して喜んだ。
嘉韻と慎吾は気遣わしげに明人をうかがっていたのがわかったが、明人はというと、紅雪の事をすっかり忘れていた。顔を見て、ああ紅雪だ、とは思ったが、婚姻云々と言われてもピンと来ない…なので、素直に祝う事が出来た。
恐らく、自分の中ではあの日涙を流した事で、終わったのだと明人は思っていた。
しかし、慎怜からは恋愛特有の気というものは全く感じる事がなく、それは王も同じなようで、訝しげに見ていた。維心も怪訝な顔で慎怜を呼び、簡単に離縁とは言うでない、せめて子の一人でも生んでからにせよと、わざわざ呼びつけて言っていた。
明人は慎怜も自分と同じ気の色なのだと思い出し、大丈夫なのかと少し心配はしたが、二人が龍の宮へ飛び立って行っても、別段何も感じない自分の方を心配して、すぐにそんな懸念は忘れてしまった…。
龍の宮では、珍しく義心が腹を抱えて大笑いしていた。
「なんだ主」義心は息も絶え絶えでやっと言った。「息子の婚姻に立ち合いに行って、己の相手を連れて帰って来るなど!我は初めて聞くわ!」
慎怜は憮然として言った。
「あのな義心。行き掛かり上仕方なくそうしようかと思うたのよ。別に惚れた腫れたで連れ帰って来た訳ではない。そのように笑うでないわ。」
義心はヒーヒー行って笑っていたが、やっと笑いの発作から復帰して、言った。
「いやいやあまりにも主らしゅうないものでな。ま、良いではないか。なかなか美しい女であるし。王族であろうが、畏れ多くも。」
慎怜はため息を付いた。
「その通りよ。だが、そんな甘い雰囲気でもないのだからな。昨夜だって初めての夜だというのに、文句の言われっぱなしだったわ。痛いのは我が悪いのだと。もう少し気を使えとな。確かに我はああいうことに気を使うことはなかったが、あれはないであろう?」
義心はせっかく笑いの発作がおさまったところだったのに、また笑い出した。
「ははは!もうよしてくれ。腹がよじれるわ。」と、出て行こうと立ち上がった。「ここに居ったら笑い死ぬ。我は去ぬ。ま、うまくやれよ、慎怜。」
慎怜は憮然と頷いた。
「笑っておる場合ではないぞ?独身は主一人…主への風当たりがきつくなろう。そろそろあのおかたのことは想い切ることぞ。」
義心はフッと笑うのを止めた。
「…我のことは良いわ。」と、義心は背を向けたまま言った。「ではの、慎怜よ。」
義心は出て行った。
慎怜はその背を、気遣わしげに見送った。
それからしばらく。結朋にも、そして紅雪にも子が宿り、それが育ちつつあるのが確認できた。つまりは慎怜は、孫と子が同い年になることになる。
慎吾は相変わらず明人や嘉韻と共に過ごすことも多かったが、きちんと毎日結朋の所へ帰って、それは仲睦まじくしていた。何しろ家が三軒並んでいるので、お互いに家を行き来しやすい。最近では、二人にも早く結婚して、結朋の話し相手をと、慎吾がうるさくて困っていた。
「オレらの嫁は、お前の嫁の話相手のためじゃねぇぞ。悪いがあと200年は待ってくれ。」
明人が釣り糸を垂らしながら言った。嘉韻は答えない。慎吾が言った。
「しかし、子の年齢が離れてしまうと、家族交流が難しくなろうが。我の子は来年早々にでも生まれてしまうし、200年あったら成人してしまうわ。」
明人は慎吾を横目で見た。
「お前だってまだ100歳にもならねぇで子を作って、子が成人するのと己が成人するのが近いってのがまず問題なんでぇ。オレらは神の世に倣ってゆっくりやる。急かすな。嘉韻が無口になってるじゃねぇか。」
慎吾はそれに気付いて嘉韻を見た。嘉韻はぽつりと言った。
「…我は、おそらく婚姻はせぬ。子も要らぬわ。主らが婚姻を済ませて行くのは止めはせぬし、良いと思う…だが、我は良い。もし時が来たら言うゆえ、それまでは放って置いてくれ。」
明人も慎吾も顔を見合わせた。嘉韻が女嫌いなのは知っているけど。
二人が困っていると、宮から急使が飛んで来た。
「師団長殿!」
今や師団長になっていた嘉韻は、振り返った。
「何事だ?」
その軍神は膝を付いた。
「…王が、旧鳥の宮皇女、華鈴殿との縁談をお受けになった由。明日、龍の宮へ参られるので、その共の一人にと、李関殿よりの命でございまする。」
嘉韻は立ち上がった。
「承知した。」
軍神は飛び立って行く。明人は言った。
「ってぇことは、王は二人目の妃をとうとう迎えられるのか。あれだけ方々からの縁談を断っておられたのに…。」
嘉韻は頷いて、釣り竿を上げた。
「王であっても、逃れられぬ。この婚姻という呪縛からはな。」と、宮を見た。「我は行く。段取りを聞いて来なければならぬ。ではの、慎吾、明人。」
見る間に飛び立って行く嘉韻を、明人と慎吾は呆然と見つめた。呪縛…嘉韻は、そういう風に思っていたのか。
王であっても断り切れない話もある。明人は、なんだか分からなくなった。神の世での婚姻というものがなんなんのか、そう好き嫌いで済まされることでもないらしい。
考え込んで見上げる空には、昼間であるのに雲の間に月が薄っすら見えた。
そうだ、自分にはまだ分からないことだらけなのだ。もっともっと学んで、神として成人して行こうと、明人はその薄い月に向かって誓った。
十六夜の気配は、そこにはなかったが。
夏の夜は まだよひながら 明けぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ…。
ありがとうございました。終わらそうと思えば思うほど登場人物があっち行ったりこっち行ったりして、うまく御せなくてやっと落ち着いた感じです。まだ続きますが、次はまた明日からの連載に出来るように致します。新・迷ったら月に聞け3~皇子達です。こちらは迷ったら月に聞けの本編と強く連動しているので、明人達よりどちらかと言うと十六夜、維心、維月が物語を動かします。よろしくお願い致します。それから、本編迷ったら月に聞けの外伝・龍の恋その後 http://ncode.syosetu.com/n1822bq/も、明日から連載です。5/10




