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信明は、緊張気味に頭を下げていた。その横では明人が同じように膝を付いて頭を下げ、そして桜も子を抱いて膝を付いていた。

そこは、維心の結界の内、龍の宮にほど近い位置にある、信明の父、明蓮(めいれん)の屋敷だった。

早朝に宮へ着いた一向は、まず宮で戻ったことを報告し、その時にもう起きていた将維に挨拶を済ませ、こちらへ来た。父はここを、もう60年以上前に飛び出したきり、戻って居なかったのだ。先の戦で顔を合わせているとはいえ、気まずいことには変わりなかった。

「信明!」

飛び出して来たのは、初老の美しい女だった。信明は驚いたような顔をした。

「母上、」

信明が言い終わらないうちに、その女は信明を抱き締めた。

「ああ、どれほどに案じておったことか。我は…あなたが辛い思いをしておらぬか、そればかり…。」

それに続いて、信明に良く似たまた、初老の龍が歩いて来た。

「こら、悠姫(ゆうき)。もうそれは良い歳になっておるのに、そのようにいつまでも子供扱いをするでないぞ。」

悠姫は、信明を離した。

「はい、明蓮様。」

明人は、ただドキドキしてそれを見ていた。これが、オレの祖父母…よかった、神の話し方をマスターしておいて。二人ともやっぱり完全に神だ。

「父上、母上、ご無沙汰致しておりまする。長い間、ご心配をお掛け致しましたこと、心よりお詫び申し上げまする。」

信明が頭を下げたので、明人も同じように深く頭を下げた。神の世に来て、この頭を下げることには、すっかり慣れた。そのタイミングも外さなくなった。思えば自分が真っ先に覚えたのは、この頭を下げることだっけ。

明蓮が、傍の椅子に腰かけて、悠姫に手を差し出した。悠姫はその手を取って、明蓮の横に腰掛ける。明人は、龍王と同じだと思って見ていた…やはり、あれは神のオーダナリティーなのだ。

「先の戦で会った時に申した。もう良い。なんにせよ、主はまた戻って参ったのだ…しかし、龍の宮ではないがの。王から直々にそのことについては我にお話しくださり、畏れ多く思うておったのよ。王が我らのためにお心を砕いてくださるなど、滅多にないこと。主は幸せ者であるの。」

信明はただただ恐縮して頭を下げていた。月の宮に居れば、しょっちゅう見かける龍王は、龍の宮では滅多にお目に掛かることも出来ない雲の上の王で、それは他の神であっても同様であるのだ。それゆえに父の明蓮も、許す気になったのであろうと、信明は思っていた。

「…して、此度は詫びばかりではあるまい。」と、回りを見回した。「主は我らの孫たちを連れて参ったのであろう?表を上げよ。そのようにいつまでも膝を付いておらぬでもよいわ。」

信明は戸惑いがちに立ち上がった。そして、明人を見て言った。

「…こちらが、長男である明人。月の宮で軍神の将をしておりまする。」

明人は深く頭を下げ、言った。

「お祖父様、初めてお目に掛かりまする。明人でございます。」

明蓮は目を細めた。

「…なんと、主に良く似ておるわ。」と、悠姫を見た。「のう、悠姫よ。」

悠姫は涙ぐんで、袖で顔を隠して頷いた。

「ええ。姿は信明に、気の色が明蓮様にそっくりでありまする。」

明蓮はびっくりした顔をした。

「そうか?」と、明人を凝視した。気を読んでいるのだと明人にも分かった。「…なんと。誠にそうよ。ということは、主、婚姻には困るであろうのう…我が悠姫を迎えるまで、どれほどに大変であったか、後で話して聞かせようほどに。」

明人は心底驚いて祖父を見た。

「…婚姻に?気が、関係あるのでございまするか。」

明蓮は深く頷いた。

「知らぬは道理よ。後で話そうぞ。知っておらねば、主も困るであろうて。軍神は皆多妻であるのに、我は悠姫一人であるのは何故か?ま、楽しみしておるがよい。」

悠姫は横で困ったように微笑んだ。

「まあ、明蓮様ったら…。」

明人はものすごく気になった。が、まだ挨拶の最中なので、我慢した。信明は、桜のほうを振り返った。

「こちらが我が妻の桜。鵬様の宮の皇女で、抱いておるのが、このほど生まれました長女の椿でございます。」

桜は緊張気味に頭を下げた。

「桜と申しまする。よろしくお願い致します。」

明蓮は頷いた。

「主が王族を娶るとは。月の宮では次席軍神であるそうだな。それゆえのことか…大事にするがよい。」

悠姫がうずうずとしている。

「明蓮様…。」

明蓮は苦笑して手を離した。

「仕方がないの。好きせよ。」

悠姫は嬉しそうに立ち上がると、桜に歩み寄った。

「桜殿、我に椿を抱かせてくだされ。」

桜は驚いて立ち上がると、椿を悠姫に渡した。悠姫はそれは嬉しそうに笑いながらそれを抱き取ると、椿の顔を見た。

「まあ、なんと愛らしいこと。このように愛らしい孫を抱くことが出来るとは、まるで夢のようですこと。」

明蓮も立ち上がって悠姫に並んだ。

「確かに愛らしいの。信明に似ずに良かったことよ。こやつは我に似て無骨であるから…。」

悠姫は、まあ!という顔をした。

「何を申されまするか。明蓮様はとても整ったお顔立ちであられて、信明もそれを継いでおるのでございます。子が愛らしくないはずはないのですわ。」と桜を見た。「ねえ、桜殿?」

桜は大真面目頷いた。

「信明様は美しいお顔立ちでございまする。ですのでお父上の明蓮様も、ご子息の明人様もそうなのですわ。」

明蓮と信明は、嫁パワーに負けて黙っている。明人は笑いたいのを堪えるのに苦労したのだった。


場は居間へと移り、すっかり仲良くなった桜と悠姫は連れ立って椿を連れて散策をしていた。明蓮はそれを居間の窓から横目に見て、前に座る信明に言った。

「…主も、いろいろと懲りたであろう。」信明が明蓮を見た。明蓮は続けた。「我らは、何も闇雲に反対しておったのではないのだぞ。人は人で良い所もあるが、悪い所もまたある。龍でありながら人として育てられ、それが身についてしまっておるあやつと主では、絶対に主が苦労すると思うておったからの。人は嘘をつくであろう?神には無い概念であるがな。」

信明は視線を落とした。明人はそれを見て、その当時、父が若くて純粋な神であったのだと思った。神の世しか知らぬ神は、時に人に騙されて祟り神に身を落としたりすることは、この世に来て学んで知っているからだ。

「…はい。しかし、我はあれはあれで幸せであったのだと思いまする。明人が出来、不自由な人の世でありましたが、たくさんのことを知りました。そして月の宮で、我は良い王に恵まれて、桜を娶り、幸せにしております。全ては人の世に行ったからこそ手にしたもの。後悔はしておりませぬ。」

明蓮はじっと信明を見ていたが、頷いた。

「過去はどうあれ、今が幸福であるなら我ももう何も言うまい。」と、明人を見た。「次は主よ。同じように王族を娶ったというのに、離縁したと聞いておる。相違ないか?」

明人は急に話しを振られて慌てた。そして少し頭を下げて言った。

「はい。どうしても、特別な感情というものが湧いて参らず…相手にも不幸な事と思い、そのように決意しましてございます。」

明蓮はフフンと首を逸らして笑ったかと思うと、背もたれにもたれて言った。

「我もよ。」明人はびっくりして祖父を見た。祖父は言った。「あのな明人、あがいても無駄ぞ。何を隠そう我も、三人の妻を離縁しておる。終いには王に呆れられたわ…想うておらぬなら、相手に流されて妻になど迎えるでないとな。」

明人は呆然とした。三人?三回離婚したのか、この祖父は!

「それは…先程おっしゃっておられた、気の色と関係があるのでしょうか。」

明蓮は頷いた。

「…これは宮の治癒の龍に聞いた話であるがな、あまりに女を想うということが出来ない為に、我はどこか悪いのかと思うて、相談に参ったのよ。」明人は真剣にそれを聞いた。自分と同じだからだ。自分もどこか悪いのかと思って、十六夜に相談した。「すると治癒の龍は我の気をじっと見ていたかと思うと、こう言った。『欠陥でもなんでもございませぬ。これは龍特有のこと。なかなかに相手を信じず、そして物事に動じないその精神力のせいで、恋愛にもまったく動じないのでありまする。』とな。」

明人は眉をひそめた。だが、慎吾も龍だし、他にも龍で軍神で精神力があってもちゃんと相手を想っているじゃないか…。

その表情を見て、明蓮は察したように頷いた。

「主、今他の龍を思うたであろう?我だってそうだった。なので問うた。するとその治癒の龍は言った。『はい。特にこの色の気を持っておる龍は龍としての血がとても強く、その傾向は強まりまする。誰か一人、想うかたを見つければ、そのかただけを強く深く迷いなく想い続けることが出来るので、頑張ってそのお一人を見つけてくださいませ。』と。我は愕然とした…そのようなもの、一生見つからぬのではないかと思うたからだ。ちなみに我らと同じ色の気を持つ者を上げてくれたがの、畏れ多くも王・維心様、そしてその当時まだ若かった現在の筆頭軍神義心殿、そして次席軍神慎怜殿、そして我。なので諦めた。仕方がないとな。そのうちなんとかなるだろうと。」

明蓮は少し誇らしげだった。力の強い軍神達が、軒並み同じ気の色を持っていたからだ。だが、明人はためらった。自分がそんな気を持っていたなんて…じゃあ、オレのせいじゃないじゃないか。気のせいだったのだ。

明人が何気なく、庭の悠姫に目をやると、祖父は微笑んだ。

「そう、軍務にばかり明け暮れておった300歳の時、あれに出逢った。あれはまだ成人前の若い龍であったが、我は一目見て妻にと思うてしもうた…で、すぐに使者を出し、あれの両親に頼み込んで、妻に貰った。あれは驚くばかりであったがな。仕方がないわ。明けても暮れてもあれのことしか浮かばなかったゆえ。あれでは仕事にならぬしの。で、すぐに信明が出来、悠華が出来、桜華が出来、聡華が出来…」

おいおい、と明人は思った。次々子が出来たのか。まるで龍王と同じだ。そうか、同じ気の色とは、そういうことであったのか。信明が困ったように言った。

「父上、明人が驚いておりまする。他の兄弟姉妹のことは、まだ話しておりませぬゆえ。」

明蓮はハッとしたように明人を見た。

「おおそうだったか。男は信明だけよ。他は女ばかりが信明の下に四人おる。なので我の子は五人ぞ。皆嫁に行ってここには居らぬ。」

あっさり言い切るその感じも、気のせいか龍王を思い出させた。つまりは、なかなか見つからないし想えないけど、見つけたらそればっかりで他は目に入らなくなる生まれらしい。しかし、自分が情緒欠陥ではないことがわかって、明人はホッとした。

「お祖父様」明人は、微笑んだ。「なぜか肩の荷が下りた心地でございまする。お話を聞けて、本当によかったと思います。」

明蓮は明人を見て、満足げに微笑んだ。

「であろう?主はついておるわ。我が先にこんな目に合うて、いろいろと調べておったゆえの。」

信明が困ったように眺める中、明人は祖父との語らいを楽しんでいた。

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