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黄泉の門で

結朋は、不思議な気持ちだった。

自分は枯れて、そのまま消滅するのだと思っていた。それが、こうして人型でこんな所を歩いている。どこに向かうのか分からなかったが、早くそこへ行かねばと思った。

どれくらい歩いたのか。しばらく行くと、光輝く四角い入り口が見えた。結朋はそれを見てほっとした…私は、あれを探していたのだわ。

近くまで行くと、そこに王の姿が見えた。

《結朋。》

結朋は駆け寄った。

「王!…紫銀様?」

そこには嗣重と、紫銀そっくりな人型が、並んで立っていた。結朋が迷いなくそこへ入ろうとすると、嗣重が首を振った。

《結朋、しばし待て。主はまだ、こちらへ来てはならぬ。》

結朋は戸惑った。

「…どういう事でございまするか?」

嗣重は微笑んだ。

《主の体は、輝重が復活出来たゆえに元気ぞ。しかし、主がここに居るゆえ、中身は空だ。主は戻らねばならぬ。》

結朋は困った顔をした。

「でも、道が分かりませぬ…どうしたら良いのですか?」

嗣重は、結朋のずっと後方を見た。

《迎えが、参る。》嗣重は嬉しそうな顔をした。《おお…なんと。もう、しばらくは会えぬと思うておったのに。》

結朋が振り返ると、そこには、腕に維月を抱いた龍王が立っていた。

「なんと、入らずにおったのか。これは維月が喜ぶの。」

維月は涙を流しながら微笑んだ。

「よかったこと…結朋、帰るのよ。迎えに来たの。」

門の中の、嗣重は声を掛けた。

《維月…。》

維月はそちらを見た。

「まあ、嗣重様!では、嗣重様が留めてくださったのですか?」

嗣重は頷いた。

《主らの様子は見ておったからの。維月…主のお陰で、我はこちらでも心安らかに過ごす事が出来る。礼を申すぞ。》

維月は頷いた。

「お会い出来てよかったこと…本当に。」

嗣重は微笑んだ。維心が憮然として言った。

「嗣重、主には言いたい事が山ほどあるが、それはまた我がそちらへ行った時にしようぞ。我も長くここには留まれぬゆえ。」と、結朋に手を差し出した。「さあ、我らと共に参れ。生きるのだ。」

結朋は頷いて、その手を取った。

「王よ、ありがとうございます。またお会い出来る事が分かりまして、安堵致しました。」

嗣重は頷いた。

《我もよ。》と、維月を見た。《ではの。維月、また。》

維月は頷いた。

「はい、嗣重様。」

嗣重の隣の人型が、言った。

《紫銀に申せ、結朋。兄弟は今、王と共に安らかであると。あれもまた、いつかここへ来るのだとな。》

結朋は驚いて言った。

「あなたは、紫銀様の…、」

維心が飛び上がり、ぐんぐんと上昇して行く。嗣重と紫銀に似た人型は、それを見上げて見送っていた。

そして結朋は、気を失った。


維心と維月が、大銀杏の前に降り立った。

そこに居た皆が一斉に振り返る。十六夜が言った。

「維心!どうだった?」と、回りを見回した。「結朋は…間に合わなかったか。」

維心が首を振った。

「嗣重が留めておったわ。」と、ポプラを指した。「連れ帰った。」

ポプラから、ゆらりと光が立ち上った。そしてそれが集まって光の玉になり、みるみる人型を取り、結朋になった。

まだ気を失っている結朋を、慎吾が慌てて抱き止めた。

「結朋!」

結朋はゆっくりと目を開けた。「…慎吾様…。」

慎吾は、着物を形作れていない結朋に、自分の甲冑を解いて中の着物を脱ぎ、着せ掛けた。

「結朋…もう会えぬと思うた…。」

涙ぐむ慎吾に、結朋は微笑み掛けた。

「ああ慎吾様…愛しておりまする…。」

「我もよ。」慎吾は言った。「我もだ、結朋。」

新芽がどんどんと伸び始める。輝重はそれを見上げて満足そうに頷いた。

「もう大丈夫であるな。十六夜殿に引っ張って来られた時にはどうしようかと思うたわ。」

結朋はそちらを見て、体を起こした。

「王…お手数をお掛け致しました。嗣重様にお会い致しましてございます。」

輝重は結朋は見た。

「父上はいかがでいらしたか。」

結朋は微笑んだ。

「いつものように、とても穏やかでいらした。我が戻れるよう、留めてくださいました。」

輝重は涙ぐんで微笑んだ。

「そうか。」

大銀杏から、紫銀が現れた。

《結朋…大変なことよ。主を留めようと、これほどの王が一同に会して努めてくださるとは。》

結朋は慌てて紫銀を見た。

「紫銀様!主様にお姿がそっくりのかたが、兄弟に伝えよと。ただ今は嗣重様と共に安らかであると。紫銀様も、いつかあちらへ逝くのだと…。」

紫銀は、驚いた顔をしたが、結朋に背を向けた。

《…我が兄弟は消滅しておらなんだか。それはまた気の長いことよ…我はまだまだぴんぴんしておるしの。》

紫銀は、スッと消えた。十六夜はそれを見て意地悪く笑った。

「はっ!嬉しい癖に、素直じゃねぇな。」

維月は十六夜をつついた。

「十六夜!しーっ!」

蒼は笑って、前に進み出た。

「さあ、結朋を宮へ。維心様も輝重殿も、今夜はこちらへお泊まりになられては。」

輝重は首を振った。

「いや、すぐそこではないか。我は我が宮へ帰る。また何かあれば申してくれ。」

輝重はサッと飛び立って行く。維心も維月を抱いて飛んだ。

「我も戻る。そうそう宮を放って置く訳にもいかぬのよ。本来ならこのように我を呼び付けるなど出来ぬのだぞ?我が妃が頼むので仕方なく来ただけのこと。ではの、蒼。十六夜。」

維心はそのまま飛び立った。十六夜はそれを見上げて言った。

「ま、今回は仕方ないな。あいつが居ないとどうにもならなかったしよ。早く将維に譲位すりゃいいのに。」

蒼はそんな十六夜をせっついた。

「とにかく戻ろう。さ、慎吾。」と、隠れてずっとこちらをうかがっている影にも言った。「ほら、明人も、嘉韻も。」

二人は驚いて、ばつが悪そうに立ち上がった。慎吾が呆れたように結朋を抱き上げて立って、そちらを見た。

「ほんに主らは…ずっと見ておったのか。」

明人が言い訳がましく言った。

「だってお前、全然話してくれねぇし、心配でよ…。」

慎吾は外した甲冑を肩に背負い、結朋を抱いたまま飛び上がった。

「ま、説明する手間が省けて良いわ。参ろうぞ。」

「ちょっと待てよ、慎吾!」

そのあとを、二人は追って行く。蒼はそれを見て微笑んだ。十六夜も宮に向かう中、蒼はソッと大銀杏を振り返った。

「…ではな、紫銀よ。」

大銀杏は少し揺れた。

蒼は宮へ向けて飛び立った。


慎吾は正式に結朋を妻に迎えることとなり、蒼は明人の屋敷の横に、少し空けて慎吾の屋敷を建てさせた。そして、嘉韻の屋敷も新たに、ついでに反対側の隣に建てさせた。どうせあの三人はいつも一緒だろうという蒼の配慮だった。

屋敷が建つのを待つ間、結朋は宮の、瑞姫の隣の部屋をもとのまま使うことを許していた。慎吾は時に宮を訪れて、結朋と庭を散策していた。軍神達は式を挙げたりはしないし、一般的に神は事実婚のような感じで妻を娶るのだが、慎吾は龍の宮の次席軍神・慎怜の一人息子であるので、龍の宮へ戻る可能性もある。ゆえに正妻として迎えるに当たり、慎怜も呼ぶことになり、その日を待って娶ることになったのだ。

屋敷の完成を待ってその日を決めたのだが、その屋敷もひと月もすれば建ち上がった。

「…こう、三件並ぶと壮観であるの。まさか我の屋敷までここに建ててくださるとは。」

嘉韻は言った。ここは他の屋敷と比べても宮がほど近く、よく見える位置にある。慎吾は笑った。

「早く妻を娶れという事ではないのか?段々とそんな年にもなって来るであろうて。しかしここならば、近くて良いわ。我も安心して置いて行けるというもの。」

明人はため息を付いた。

「オレはこんなに近いのに、ここへあまり帰ってやらなかったんだよな。思えば悪いことをしたよ。これからは、こっちをメインで使うことにするさ。宿舎は当直の時ぐらいで。嘉韻も慎吾も両脇に居るし、あっちに居る必要もないだろう。」

嘉韻が言った。

「そうか。では我もこっちへ帰れという事であるな。ま、母がここを出て召使い達もやることが無くて困っておったからの。我もそのようにする。」

慎吾は頷いた。

「…まさか、我が妻を娶る時が来ようとは。」慎吾は感慨深げに言った。「思ってもみなんだ。明人を見て、我は当分そんなことはないと思っておった矢先であるのに。こうなると嘉韻、主だけであるの…女を恋うるということを知らぬのは。我を子供扱いしておったが、こうなると主の方が子供ではないか。」

嘉韻は驚いた顔をしたが、フンと横を向いた。

「別に恋愛など知らなくとも生きて行けるわ。それで子供だなんだと言われては堪らぬの。」

明人は雰囲気が悪くなりそうだったので、慌てて言った。

「そういや、オレ明日からちょっと龍の宮へ行って来る。」

二人は突然だったので驚いて明人を見た。

「龍の宮へ?何をしに参るのだ。」

慎吾が言う。明人は答えた。

「オレの祖父に会いに行くんだ。親父が王に休みもらって、オレも同じようにもらったんだよ。桜殿も連れて、椿も少し大きくなったし、挨拶しに行くんだ。慎怜殿がこっちへ来るのと一緒に帰って来るから、心配すんな。」

嘉韻が考え深げに言った。

「そうか、初めて会うのであろう?生まれながら龍の宮に仕えておるような龍であるのだから、緊張するの。主、跡取りであるし。」

明人は顔をしかめた。

「確かにそうだが、やめてくれよ。オレだってわかってるけど、忘れようとしてたのにさ。だがまあ、いいさ。楽しみだと思うようにするよ。」

その日の日が沈んで行く。明人は、伸びをした。

「さあて、もう休もうや。オレ、明日早いんでぇ。じゃあな、嘉韻、慎吾。」

二人は頷いた。

「ではな、明人。」

三人は並んでそれぞれの屋敷へ入って行った。それぞれの屋敷では、待ち構えていた召使い達が、それぞれを嬉しそうに迎えたのだった。



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