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追い掛けて

十六夜は、維月と有が和やかに話している部屋へ飛び込んだ。

「維月っ!」

「はい!」

あまりの迫力に、思わず維月は返事をした。十六夜は駆け寄ると維月を小脇に抱えて走り出した。

「維心が来る!間に合わせねぇと大変なことになるんでぇ!」

昔自分達二人の部屋だった所へ飛び込んで維月を寝台へ投げると、十六夜は自分も飛び乗った。

「な、なにっ?!何をそんなに急いでるの?!」

十六夜は腰ひもも解かずに着物の前を開くと維月を抱き寄せた。

「だから維心が来るんだっての!嗣重の気を消さねぇとややこしいことになるだろうが!オレがアレをしたら、オレの方が気が強いから消えるだろ。まったく誰のせいでこんなことになってると思ってるんでぇ!」

「ご、ごめんなさい…。」

維月は覚えがないが、とにかく謝った。そしてそのまま、慌ただしく十六夜は維月を抱いた。

こんなに急いだのは、初めてだった。


ホッとした十六夜が目を開けると、維心が不機嫌に立っていた。

「…なんだよ、もう来たのかよ。」

十六夜が言った。維月はすっぽりと布団をかぶって顔だけ出して維心を見ている。十六夜は体を起こした。

「あ~あ、お前はどこまでも追って来るよなあ。」

維心はフンと横を向いた。

「まさかこのような状態で念を飛ばして来ていたとはな。呆れてものも言えぬわ。」

十六夜もフンと鼻を鳴らした。

「見えねぇんだしいいだろうが。連絡だけはしといた方がいいと思ったんでな。嫌な思いをしたくないなら、お前は月の宮で待ってたら良かったんだ。いちいちオレ達を追って来ないでもよ。」

維心は黙った。だが、ため息を付いた。

「…一目、顔が見たかっただけぞ。」

「オレの?」

「なぜに主よ。維月だ。」と、維月に手を差し出した。「維月。」

維月は慌てて布団の中で襦袢を整えると、維心の手を取った。維心は微笑んで、維月を引き寄せた。

「…よかった。なぜか胸騒ぎがしての…。まあ十六夜が共であるなら、大事ないか…。」

維月は頷いた。

「…ご心配をお掛けして、申し訳ございませぬ。」

維心は首を振った。

「良い。我が案じ過ぎておるのだな。」と、頬を摺り寄せた。「明日には月の宮へ戻るのだぞ。」

維月は維心を見上げた。

「はい、維心様。」

維心は満足げに頷くと、月の宮の方角に向けて飛び立って行った。

それを見送りながら、十六夜は小さくつぶやいた。

「…間に合った…。」


明人達三人は、嘉韻の部屋で座っていた。

「全く、あんな場に我らを呼びおって。」慎吾が言った。「それにしても、王はあれほどに月と龍王に挟まれて難儀しておられたのか。知らなかった…。」

明人も頷いた。

「最初は嘉韻に腹が立ったが、オレはむしろ良かったと思ったよ。王をお一人にするのはお気の毒だからな。元は人であられたのに…今までご苦労なさって来たのだろうな。王だぞ?考えられねぇ…。」

嘉韻も険しい顔をした。

「月に後を押し付けられておられたのでな。しかし我一人では心許のうて。つい主らを呼んでしもうた。」と、視線を落とした。「しかし嗣重様も、なんと思いきった事を。いくら記憶を消しても、共におる十六夜に気取れぬ訳はあるまいて。」

明人は、それを先に嘉韻から聞いていた。植物を司る神。あんな魔方陣を使わなくても、恐らく王の嗣重には月も操れただろう。しかし、それをしなかった。それほどに分別のある王であるのに関わらず、女ゆえに道を踏み外し…もう少しで、大変な事になるところだった。

十六夜は、こういう事には寛大だ。相手の気持ちを思いやる余裕まで感じる。だが、維心は必死だ。何としても手の中に置き、守り抜こうとする…相手を殺してでも。そして連れ去られたなら、相手の一族を滅ぼしてでも取り返す。鳥の宮の炎翔が連れ去った時、あれほどに迅速に攻め入ったのだから…。

明人はため息を付いた。

「…あれほどの愛情ってすごいな。オレは確かに紅雪を愛してたと思うが、もしも誰かがめとったとしたら、それは仕方ないと思ってしまう…。つまりは、まだ本当の愛情じゃないってことか?」

嘉韻と慎吾は顔を見合わせた。

「…どうであろうか。」嘉韻が口を開いた。「我は女を恋うるということが、まだ一度もないのだ。なので何とも言えぬ。己の全てを懸けてなど愚かと思うてしまうな。しかし父と母を見ていると、最近はそれも悪くはないのかも知れぬと思う。」

慎吾は、考え込むような顔をした。

「それは嘉韻の母上は絶世の美女であったし、あんな女にすがられて見捨てられなかった父上の気持ちは分かる。だがのう、分からぬのだ。維月様は確かに美しいかただが、あれほどにあちこちから乞われるほど目の覚めるようなお美しさではないからの。何が王達を惹き付けるのか。」

嘉韻は慎吾を見た。

「主な、見た目ばかりを見ておるようなら、まだまだかもしれぬぞ。蒼様はよくご存知で、我らには傍に寄るなとおっしゃっておるではないか。巻き込まれると言われての。何に巻き込まれるかは分からぬが、あれほどの気持ちに興味があるなら一度傍に行ってみてはどうか?我は御免よ。龍王に殺されるのは真っ平だからの。」

慎吾は慌てて首を振った。

「王がわざわざご忠言くださっておるのに!我も御免よ。」

明人は考え深げに言った。

「維月様か…。」

嘉韻は驚いたように明人を見た。

「冗談ぞ!やめておけ、あれは大変ぞ。我でも近くに寄る時は自分を閉じるようにしておるのに。王は何でもよくご存知なのだ。従って損はないゆえ。」

明人は笑った。

「分かってるよ。あり得ねぇ。十六夜の嫁なのによ。」と、窓から空を見た。「一度、紅雪にも、会った方がいいのかも知れねぇなあ…。」

明人に、再三文が来ているのは慎吾も嘉韻も知っていた。だが、明人はまだ落ち着かないからと短い返事しか返していなかった。明人にとって今、紅雪がどんな存在なのかも二人には分からなかったので、何も言わずにいたが、少なくとも、最初の頃のような思い詰めた感じは全くなかった。

嘉韻は言った。

「…しかし…主らは婚姻の約束はしておらぬのだろう?そのように気遣わずともよいのではないのか。」

明人は苦笑した。嘉韻が、自分を気遣っているのがわかったからだ。

「そうだが、あんな風に過ごしといて、何も言わずに突き放すのもな。オレがもっと成長出来ればいいが、今は無理だ。たから、きちんと話して一度離れた方がいい。紅雪だって引きずるだろうし、いい縁が来ても断っちまうかもしれねぇ。そんなことは本位じゃねぇからな。」

明人は立ち上がって伸びをした。

「さて、オレはもう戻るよ。」

慎吾も立ち上がった。

「我もそうする。明日は任務だものな。」

二人は、嘉韻の部屋を出て行った。


紅雪の話をしていた折りも折り、その父王・緑青が蒼に会うために月の宮を訪れた。

娘の紅雪、霧花を連れて、筆頭軍神一人を連れてたった四人で来訪した。蒼は緑青には、宮の移転の話をするのに既に何度も会っていた。此度は表向きは移転完了の挨拶とのことだったが、何度も会ううちに蒼を気に入ってのことであることは、月の宮の皆知っていた。

たまたま、まだ里帰り中の維月を待って維心も居たので、共に対面となった。緑青は維心に頭を下げた。

「維心殿、此度は宮の建設に、龍のお手伝いを頂きましたこと、御礼申し上げまする。」

維心は頷いた。

「無事、鶴を守る事が出来て、まずは重畳である。これよりは安定してこの地で繁栄させて参ることぞ。我らも尽力しようぞ。」

「はい。」と、緑青は顔を上げた。その目は黒く、そして髪も黒かった。「ゆえ、我の娘達の嫁ぎ先を、早速決めて参ろうかと思うておる所存でございまするが…。」と、後ろに控える紅雪と、霧花を見た。「維心殿におかれましては、未だ妃はお一人とおうかがい致しておりますが、いかがでございましょうか。」

維心は驚いたように二人を見た。そしてすぐに首を振った。

「我の妃は、正妃維月ただ一人と決めておる。なので我は月の宮に頻繁に参るのだ。それに、我の気は相手を殺してしまう。そうでないとしても、生まれる子は龍であるしの。鶴の繁栄を考えるなら、龍には嫁がせないが良い。龍の子は龍。増えるのは龍であるのだ。」

緊張気味にしていた娘達は力を抜いた。緑青は顔をしかめた。

「やはり、聞いておった通りでありまするな。維心殿はどなたでも首は縦に振らないと。」

蒼が横で笑った。

「…確かに美しい方々ではあるが、維心様は誰であってもうんとは言いませんよ。」

維心は微笑んだ。

「よくわかっておるではないか、蒼。我には維月だけよ。あれに手が掛かるゆえ、他など娶る余裕はないわ。それにしても、あやつはまだ龍の宮へ帰らぬのか…我もそろそろ戻らねばならぬに。明日辺りどうか、主、言ってやってくれぬか。」

蒼は苦笑した。維心自身が言うと、また拗ねたりするからだろう。

「維心様…わかりました。言ってみましょう。」

緑青はため息を付いた。

「ほんに難しい事…蒼殿も今のところ他に娶る気はないとおっしゃるし。二人も良い縁を見付けねばならぬというのに。」

維心は笑った。

「分かるぞ。娘を持つと気が揉めるの。しかし、王でなくとも良いではないか。真に命を懸けて守ってくれる者であるなら。我はそう思うぞ。」

緑青は驚いた顔をした。

「維心殿…お変わりになられましたな。」

維心は少し驚いた顔をして、微笑んだ。

「…我が妃のせいよ。あやつがああであるから、我もこうなった。」

緑青は感心したように言った。

「…しかし、一度お会いしたいものでございます。お式の時に遠目で見たきりで、ついぞお話しする機会がのうて。」

それには、維心も顔をしかめた。

「いや、あれはの…、」

「蒼。」後ろから声が飛んだ。「話があるの…」と、緑青を見、「…お客様?」

「ああ、緑青だ。」十六夜がその後ろから顔を覗かせて言った。「鶴の宮の王だ。紅雪の父親の。」

蒼はたしなめた。

「母さん、十六夜、後で聞くから…」

維月が慌てて頭を下げた。

「緑青様。失礼を…蒼の母の維月と申しまする。」

そこは長く龍の宮で暮らしているだけあって、教えられて身についている維月は美しく頭を下げた。

緑青はまじまじと維月を見て、呆然としていたが、ハッとしたように言った。

「ああ、なんと…維月殿。今、維心殿と話していたところでございまして。まさかこれほどとは…。」

維心は本当は緑青に維月を会わせたくなかったらしく、渋い顔をしたが、維月に手を差し出した。

「これへ。」維月が急いでその手を取ると、維心は腕の中に抱き寄せた。「我が正妃、維月よ。」

緑青は維月に微笑みかけた。

「維月殿。お目に掛かれて光栄でございまする。」

維月は微笑み返した。

「こちらこそ、緑青様。」と、二人の姉妹を見た。「ああ、紅雪。それが話しておった、霧花かしら?」

紅雪は、急に話を振られて驚いたようだったが、頷いて答えた。

「はい、維月様。」

維月は霧花に微笑みかけた。

「まあ、はじめまして。これからは近くに住んでおるのですもの、心安くしてくださいませね。」

霧花は、緊張気味に頭を下げた。

「はい、龍王妃様。」

緑青は機嫌よく娘を見て、そして維月に視線を戻した。

「我も心安くして頂きたいもの。月の事など聞きたいものでございまする。」

維月は驚いたようだったが、頷こうとして、隣の維心が先に眉根を寄せて言った。

「月のことであるなら、この十六夜に聞けば良い。これは月になってそう時は経っておらぬゆえ。我は妃に他の王と話すことは、我の居らぬ所では禁じておる。」と、維月の手を取って立ち上がった。「戻る。ではの、緑青よ。」

蒼はその様子に、維心が機嫌を悪くしたのを見て取った。陰の月の気は、神の間では有効なので、変な気を起こす神が出ないよう、なるべく他の神に会わせたくないと維心は思っているのだ。

それが、嗣重のことを知ったらどうなるのだろう…。

蒼は背筋が寒くなるのを覚えた。

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