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安定

明人は、また一人になってなぜかホッとしていた。これで、自分が仮に命を落としたとしても、困る者は居ない。そんな風に考えること自体が、既に責任逃れなのはわかっていたが、それでも明人は、やはりまだ、他の命を背負う覚悟は出来て居ないのだと悟った。

紅雪を愛している気持ちは変わらなかった。なのに、あの襲撃や、父のこと、母のことを経験する短い間に、何か遠い女を見るような心持ちになっていた。

紅雪は、嗣重の宮と同じように月の宮の領地の横に移設されることになった鶴の宮建設現場に、父と共に帰って、あれから会っていない。

鶴の宮の人口はとても少なく、宮も小さいので、すぐに建ったと聞いている。

恐らく、向こうで妹と一緒に、幸せにしているのだろうと思っていた。

嘉韻が言った。

「明人、引いておるぞ。」

明人はハッとして釣竿を上げた。今は、慎吾と三人で、湖の畔に座って釣りをしていたのだ。

「お、逃げられたか。」

慎吾が言う。明人はため息を付いた。

「つい、ぼうっとしちまった。」

嘉韻が気遣わしげに言った。

「…まだ気にしてることがあるのか?」

明人は黙った。慎吾が言った。

「いろいろあったものな。父母のこと、紗羅のこと、紅雪のこと…我でもそんなに早く気持ちを切り換えられぬであろうよ。焦ることはないゆえ。のんびり過ごせば良いわ。」

明人は頷いた。

「…親父やオレを振り回してたのは、結局おふくろだった。二人の夫婦関係なんてオレは知らなかったが、親父は優しすぎたんだ。こっちに戻って言うことを聞かないオレ達におふくろは狂い出し、いろんな神を不幸にした…。結局、結界の崩壊もオレ達のせいだ。おふくろ以外、誰も死ななかったのが唯一の救いだがな。」明人は息を付いて空を見上げた。「感情とか想いほど、怖いものはねぇと、今回の事で思ったよ。宮を一つ滅ぼす可能性まで秘めてやがる。そう思うと、紅雪とのことも、今のオレには受け止めるだけの心の余裕はねぇな。」

慎吾は神妙な顔をした。

「…深いの。僅かの間に、別人のようぞ。」

嘉韻は頷いた。

「そうだな。精神的に成長したのだ。主、抜かれたの。」

慎吾はムッとした顔をした。

「なんだ嘉韻、己は成人しておるような口ぶりぞ。我らの歳は近いのだぞ。」

嘉韻は竿を投げた。

「歳はいっても、心は努力せねば成長せぬぞ?のう、明人。」

明人は苦笑した。そんなことで言い合う事が、そもそも子供なんだがな。

明人は晴れ渡った空を見上げて、それでも今は、これが一番落ち着いているのだと思った。


利晋は、いよいよ出来上がって来た宮を、鈴藍と共に歩いていた。

嗣重に願い出て、早々に婚姻の許可をもらった二人は、宮の完成と共に式を上げる事になっていた。

宮の外の臣下の屋敷の方も、もうほとんどの者が、建設途中の屋敷にまで移り住んで来ていた。

この豊富な命の気に、皆が一様に満足げに微笑み、穏やかな表情だった。

月の宮の領地に隣接しているということは、月の支援も簡単に受けられる。利晋が考えながら歩いていると、鈴藍が言った。

「利晋!あそこはどう?」

鈴藍は、広い中庭の端を指した。利晋は頷いてそちらへ向かった。

「ここなら日当たりも問題ないの。」

利晋はそこに小さく穴を掘り、輝重からも預かって来たギンナンをそこへ埋めた。

「…我らを守り続けてくれた銀杏ぞ。ここで再び根を張り、我らの子も見守ってくれると良いの。」

鈴藍は、そこに優しく水をやりながら頷いた。

「あの兄弟銀杏にも、また会いに行けたら良いわね。でも、月についてきてもらわねば…話がわからないわ。」

利晋は笑った。

「分からずとも良いのよ。」と、空を見上げて兄弟銀杏を思った。「恐らく、伝わって来るものなのだ…我らがあの、切られた銀杏を慕っていたようにの。」

利晋が手を翳すと、そこから小さな芽が出た。鈴藍も同じように手を翳す。すると、それは双葉になった。二人はそれを見て、微笑み合った。

鈴藍も空を見上げた。こんな幸せは、考えてもみなかった。これで皆、幸福になれますように…。


維月は、戻ってから毎日、あの森へ行った。

そこに居たら、木々の控えめで暖かい気持ちに触れることが出来るからだ。嗣重は、いつも森を散策していて、維月に会った。

最初に会った時、嗣重は維月を覚えていなかった。

「…これは、こんな所に客人とは。して、誰であるか?」

維月は驚いた。しかし、確かにあの時はあの大人数で居て、しかも牢に繋がれて処刑されるかもと行った状況であったのだ。回りを見て居なくても仕方がない。

維月は答えた。

「…陰の月の、維月と申します。蒼の母に当たるもの。牢で一度お会いしておりまするが、あの時は込み入っておりましたので、ご挨拶も出来ず、失礼いたしました。」

嗣重は驚いた顔をした。

「なんと。では主が月の片割れと申すか。」と、まじまじと維月を見た。「こちらこそ失礼を。維月殿。」

維月は首を振った。

「こちらこそ…王になんのご挨拶もなく、宮の回りを散策などして申し訳ありませぬ。維月と呼んでくださいませ。」

嗣重は微笑んで頷いた。

「では、維月。」と、木々を見上げた。「ここは、気に入られたのか?」

維月は微笑んで言った。

「はい。ここの木々はとても素直で、穏やかでありまする。皆、嗣重様が好きであるようですわ。」

維月は木々の声に耳を傾けた。皆が王を心から想っている…なんて心地よい気なのかしら。

嗣重は穏やかに微笑んだ。

「心行くまでいらしてくれてよいゆえに。」

…そして、毎日ここへ来る維月を待つように、嗣重もここに居た。そして二人は共に話し、木々の祝福を受けていた。

嗣重は、黒髪にグレーの瞳の、整った顔の神だった。維心にも通ずるそのきりりと引き締まった顔は、最初に見た時に驚いて、思わずドキドキしたほどだった。おそらくそこそこの歳であるだろうが、これも維心と同じで見た目は人でいう30代ぐらいだった。

しかし、維心とは違って穏やかで受け入れるようなその気に、維月はとても癒された。維心も穏やかだったが、それは表面上、己の龍の血を抑えているだけで、本当は激情型の激しい気質の持ち主だった。一度怒り出すと手が付けられないので、十六夜とも大ゲンカして回りに迷惑を掛けたこともあったほどだ。

しかし嗣重は、根っから穏やかな感じだった。厳しい感じは受けるものの、激しくはない。なので、どこか安心して、維月は毎日嗣重と話していた。

そんな時に、維月が里帰りをしていると聞きつけた炎嘉が、維心が来ない間にと早々に、嘉楠や延史を連れて月の宮を訪れた。

「炎嘉様!」蒼は炎嘉を歓迎した。「ようこそ。嘉韻のために、嘉楠を連れて来てくれたのでございますか?」

炎嘉は手を振った。

「何を言う。維月に会いに参ったのだ。あれが居ると、維月に会わせてもらえぬのでの。で、維月は部屋であるか?」

蒼は顔をしかめた。

「いえ、最近は外出ばかりで…嗣重殿の宮が、ここの隣に移設されることはご存知ですか?」

炎嘉は頷いた。

「維心から聞いたわ。それがどうしたのだ。」

蒼はそちらの方向を指した。

「おそらく、そこではないかと。母は、そこの木々が大変気に入ったようなので。」

炎嘉は眉をグッと寄せたかと思うと、立ち上がった。

「参る。一人で良い。嘉楠、主も自由に過ごせ。延史もぞ。」

二人が驚いて頭を下げる中、炎嘉はサッと庭から飛び立って行った。


維月は、空を見上げて、日が暮れかかっているのを見て言った。

「まあ、もうこのような。そろそろお暇致しまする。」

木の下の座っていた維月は立ち上がった。隣りの嗣重も立ち上がる。

「…宮の中も案内しようと思うておったのに。」

維月は苦笑した。

「お話に夢中になってしまいましたわね。でも、帰らないと、蒼にまた叱られてしまいまするゆえ。」

嗣重は穏やかに微笑むと、そっと維月の手を取った。

「…嗣重様?」

嗣重は、スッと維月に膝を付くと、その手の甲に唇を寄せた。

「では、また明日。」

維月は驚いて、頷いた。

「は、はい。また、参りまする。」

嗣重は立ち上がった。

「約してくれるか?木々が聞いておる。」

維月はドキドキとして頷いた。なぜに、本日はこんなに言われるのかしら。

「はい…必ず参りますので。」

嗣重は頷いて、微笑んだ。するとそこへ、何かが舞い降りて来て維月を抱き締めた。

「維月!久しいの!」炎嘉だった。「しばらく会わぬ間に、また美しゅうなったの。維心が居ってはこうは行かぬゆえ…」

維月は驚いて、必死に言った。

「ま、まあ、炎嘉様!いったいどうなさったのですか、このような所まで…。」

炎嘉は、嗣重に今気付いたかのように、見た。

「…なんと、嗣重ではないか。久しいの。壮健か?」

嗣重は軽く頭を下げた。

「炎嘉殿。久しくお会いしておらなんだ。龍になられたと聞いておったが…確かであるようだの。」

炎嘉は頷いた。

「転生とは、思うように行かぬものよ。で、我は維月を連れ帰るぞ。そのために南からここへ参ったのであるからの。こんな時でもなければ、維心がうるそうてこやつを離さぬのでな。」と、維月を抱き上げた。「ではの。」

維月がジタバタとした。

「まあ炎嘉様!自分で飛んで参れまするゆえ!」

炎嘉はそのまま飛び上がって言った。

「何を言う、良いであろうが。ささ、宮へ戻ろうぞ。」

炎嘉は、宮へと物凄いスピードで帰って行った。

嗣重は、それを険しい顔で見送った。


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