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想い

嘉韻は、嘉楠を連れて母の待つ屋敷へ戻って行った。

今頃はきっと、妻と再会出来ているだろう。蒼がそれを思って感慨深く空を眺めていると、炎嘉が怒り狂って戻って来た。

「蒼!」本当に怒っているようだ。「維月をあのような場所に行かせるとは何事ぞ!我は…我は間に合わなんだかと思うて、身の毛がよだったわ!」

蒼はびっくりした。

「…え?あの地は穏やかで何も問題はないでしょう。」

炎嘉はドカッと前の椅子に腰掛けた。

「あのな蒼、あやつらは、なぜにこの地へ来た。」

蒼は考え込んだ。

「なぜにって…命の気が枯渇したから、豊富にとれるようにと、ここへ。それは無事に果たされておるでしょう。」

炎嘉は、はーっと大袈裟にため息を付いた。

「だからよ。わからぬか?あれらは今、何をするにも制限がなくなったのよ。わかっておるのか?今まで制限されておったことが、制限されなくなったのだ。体も自由に動くようなった。しかもあの宮は、婚姻まで制限されておった宮であろうが…それは、王であっても同じこと。」

蒼は頷いた。皆が幸せになって、良いことではないか。利晋も、鈴藍と婚姻が決まったと報告して来ていたし、これで皆、幸せに…。

蒼がわからぬようなので、炎嘉は言った。

「つまりはな、主、餓えた狼の前に、仔羊にたっぷりソースを掛けて毎日置いておるようなものであるぞ!よくぞ今日まで維月が無事であったことよ!嗣重と維月が話しておるのを見た時には、胆を冷やしたわ。」

蒼はそう言われて、ハタと思い当たった。確かにそうかもしれない。だが…。

「…嗣重殿は穏やかで、とても自制心の強い神であられる。なので、母さんが嫌だと言えば、無理強いなどしないでしょう。今まで手を出していないのだって、運が良かっただけどは思えませぬ。」

炎嘉はちらっと蒼を見た。

「確かに我は自制心など欠片も無いかもしれぬがの。維月は特殊だ。月、特に陰の月には抗えぬのだ。こちらの好みに合わせて、無意識に変化するあの気…我らに抗う術などないわ。ずっと傍に居る維心を見よ。すっかり骨抜きになってしもうて。」

蒼はため息を付いた。

「わかりました。明日からはしっかり見守っておきますので。今日は、母さんと一緒に戻ったのではないのですか?」

炎嘉は不機嫌に横を向いた。

「戻ってすぐに十六夜に持って行かれてしまったわ。あれには勝てぬし仕方がないの。」

結局はそれで機嫌が悪いんじゃないのか。

蒼は思ったが、その時、何も言わなかった。

だが蒼は、神の王というものを、甘く見ていた。


次の日、あれほどに強く約束したので、維月は嗣重の所へ行かなければと思ったが、炎嘉が朝から全く離してくれなかった。

夕方になって、帰らねばならないとなった時、やっと炎嘉から解放された維月は、ソッと抜け出して、少しだけでもとあの森に向かった。

嗣重は、じっと待っていた。維月は、その姿を見て駆け寄った。

「お待たせしてしまって…炎嘉様が離してくださらなくて。」

嗣重は頷いた。

「知っておった。炎嘉殿は、よほど主を気に入っておると見た。あのように、人目をはばからぬ様子を見ておるとの。」

維月は下を向いた。

「とても良いかたなのです。維心様のご友人で…ただ、少し困った所がおありでいらして。」

嗣重は、黙って手を差し出した。

「まさかもう帰るとは言わぬな?本日は宮の中を見せて回る約束…参ろうぞ。」

維月は少しためらったが、確かにまた明日と帰ることが出来る雰囲気ではない。その手を取って、宮の中へと歩いて行った。

宮は、確かに月の宮や龍の宮に比べれば小さいものであったが、広々とスペースを取って、美しく出来上がっていた。一通り見て回った後、王の居間に通された維月は、そこから木々が見渡せるようになっているのを知った。

「まあ…!全て見えるのですね。木々も喜んでいるみたい…。」

嗣重はフッと微笑んだ。

「喜んでいるのは、主がここに居るのを見たからだ。」嗣重は言った。維月は何のことかと振り返った。「維月…我は主に会っておって、このように慕わしい女は初めてであると思うた。木々はそれを感じて、主をここへ、ここへと呼んでくれておった…おそらくそうであろうかと思う。我は、感じるが、聞こえぬのでな。」

維月は驚いた。嗣重様…そのような気持ちでいらしたの…。

「嗣重様…私は、そのようなつもりでは…。」

嗣重は維月を抱き寄せた。

「力の戻った我は、こうして主を抱くことも出来る。子を成すのも、臣下達の命を気遣って出来ぬような中で生きておったが、今はそれもない。」嗣重は、維月の頬に口付けた。「維月よ…我のものに。」

維月は、いけないと思った。月の力を呼べば、十六夜にも伝わる。維月がそれをしようとすると、嗣重はその手を優しく掴んだ。

「…我は、植物を司る神。」嗣重は言った。「月は植物ではないであろうに。主は我の腕の中では、何も出来ぬのだな。それを知ったのは、数十年ほど前のことになるがの…。」

維月は驚いた。そうなの…?私は、植物と同じ扱いになるの?嗣重様は、植物を司っていらしゃる…。

維月は気が遠くなった。嗣重の腕が、自分を抱き上げるのがわかる。なのになぜか、心は穏やかだった。


十六夜が、蒼に言った。

「…なんかよ…昨日、維月は帰ってからおかしいんだ。」

蒼は眉を寄せて十六夜を見た。

「おかしい?どういうことだよ?」

十六夜はため息を付いた。

「嗣重の宮はどうだったと聞いたら、少し首を傾げて、あれ?記憶が抜けているような気がする…って言ってな。で、夜は夜で何もしねぇで寝ちまうし。オレは別にアレをしなくても大丈夫なんだが、こんなことは初めてだからな。今朝も、なんだか呼んでいらっしゃるようだからと、嗣重の所に行っちまった。」

蒼は、しばらく考えて、眉を寄せた。

「…炎嘉様が、気を付けろと言ってたんだが…嗣重様に限って、何かあるってないかと思ってさ。母さんに無理強いなんてしないだろう。そんな感じじゃないし。」

十六夜はじっと考え込んだ。

「覚えてないってのがおかしいだろう。だが、嗣重は聞いたところによると、植物を司る神なんだ。植物意外に力を使えるわけでもなく、維月の記憶を封じたり出来ねぇだろう。」

蒼は頷いた。植物を司っているのか。嗣重らしい…。

嘉韻が入って来て、膝を付いた。

「王。」

蒼は頷いた。

「嘉韻。何用ぞ。」

嘉韻は顔を上げた。

「はい、父と母のことについてご報告が。」

蒼は言った。

「続けよ。」

「父は、母を南の砦へ連れ帰る許可をもらい、共にあちらへ戻りましてございます。なので、あの屋敷は只今我一人のもの、我には大きすぎるかと思いまして。」

蒼は笑った。

「何を言う、嘉韻。もしも主が誰かを娶ったらなんとする。そのまま使っておればよい。また結婚となった時に、またではあの屋敷をでは面倒であるしな。」

嘉韻は、頷いた。

「は!」

十六夜は、そう言えばと思い出して、嘉韻を見た。

「あの魔法陣だが、解き方聞いておくのを忘れたな。どうやったんだ?」

嘉韻は頷いた。

「あれは、玲が見つけた方法を片っ端からやってみたのだ。まず、縦半分に斬り、次に血をかけ、そして横半分に斬り、炎で焼き尽くした。…が、それでは足りぬでの。」

十六夜は先を促した。

「解けなかったのか。」

嘉韻は頷いた。

「仕方なく、玲が他にやり方を書いておったやり方を片っ端からやるかとなった。だがしかし、やりにくいものもあっての…たまたま明人が甲冑に銀杏の葉を挟んで来ておったので、それを燃やすという方法を試してみた。これは植物の花粉拡散を封じる魔法陣を解くための方法で…月に効くとは思わなかったが、それぐらいしか思いつかなかったし…。」

蒼はそれを聞いて感心した。そんな魔法陣があるのか。人の世界で花粉症に悩まされている者の為に、使ってやってほしいものだ。

十六夜は何かを気取ったようで、体を緊張させた。

「…それが、効いたのか。」

嘉韻は頷いた。

「そうなのだ。慎吾と一緒に、月は植物なのかと話したの。この際なんでも解ければよいと、その時は気にも留めなかったが。」

十六夜は急に立ち上がった。蒼はびっくりして十六夜を見た。

「十六夜?」

「…蒼。」十六夜は言った。「嗣重は…その気になればオレ達も操れるんじゃねぇか。ただあいつは、やらなかっただけで。自分達が滅びようと、その力は使わなかったのに、なのに…」

蒼は戦慄を覚えた。まさか。

「…母さんか。」

十六夜は、窓へ走った。

「維月は、どうしても欲しかったんだ!あいつは…だから維月を操っているかもしれねぇ!」

蒼は、炎嘉の言葉を真剣に聞いておかなかったことを後悔した。維心様に気取られない間に何とかしないと、大変なことになる!

十六夜は、窓から飛び立った。

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