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嗣重は、月の宮王、蒼からの書状を受け取って愕然とした。

やはり、駄目だったか。

しかも、輝重も利晋も、全ての軍神達が捕えられている。蒼からは、話しがあるのですぐに月の宮へ来られたし、という短い文面のみ書かれてあった。

…あれほど大それたことをしたのであるから、皆殺しは免れまい。

嗣重はそう思って、臣下達を見た。今は、軍神達が全て出払っているので、皆命の気が補充出来て楽そうだが、不安そうにこちらを見ている。

しかし、月の宮の王は穏やかな気質と聞いた。王が責任を取れば、おそらく臣下達の命まで取るまい。

嗣重は立ち上がって、歩き出した。

「…大事ない。軍神達を迎えに行って参るゆえ、留守を頼むぞ。」

臣下達がためらいがちに頭を下げる中、嗣重は覚悟して宮を飛び立った。


月の宮に近付くにつれて、その気は濃く清々しいものになって行った。あの宮は、存在するだけで回りを浄化する力があるらしい。

宮の結界に弾き返されるかと思ったが、一瞬抵抗があったあと、すんなりと中へ入ることが出来た。月が、自分を通したのだとわかった。

中は、一層空気が澄んでいて、そして全ての気がこれでもかというほどに集まり、まるで夢のような地だった。尚も溢れる命の気が、どんどんと自分の体を満たして行くのが分かる。嗣重は、上空から頑強な月の宮を見降ろし、その大きさに驚いた。あやつらは、こんなものに向かって行ったのか…。

その覚悟のほどを思うと、嗣重はいたたまれなかった。なんとか、自分の命だけで他の者を見逃してはもらえぬものか…。

宮から、龍が飛んで来た。月の宮の軍神であることは、甲冑の色で分かった。その軍神は言った。

「嗣重様でいらっしゃいますね。我は信明。この宮の軍神の将でありまする。我が王からの命で、お迎えに上がりました。」

嗣重は頷いて、信明に付いて飛んで行った。

宮に入って歩いて行く間に、宮の召使いや侍女達と行き違ったが、皆穏やかに微笑んで頭を下げて行く。とても罪人に対する扱いではない。

嗣重がためらっていると、信明は振り返ることもなく、どんどんと歩いて行く。そして、地下へと降りて行った。

そこで初めて、嗣重は小奇麗ながら、そこが牢であることを悟った。いきなり牢へ繋がれるのは、思っていたことであったので、やっと理解出来ることが出て来て、反対に嗣重はホッとした。

しかし、突きあたりの大牢の所へ出た時に、そこの下に皆が座って、しかも王らしい者まで座っていたことに、嗣重は驚いた。封じは取り払われ、軍神達はそこに一同に会して座っていた。後ろの者は、立って、何かを見ていた。信明が、膝を付いて行った。

「王、嗣重様をお連れ致しました。」

軍神達が一斉にこちらを見る。「王!」

こちら側に座っていた、若い男が言った。

「嗣重殿か。初めてお目に掛かる。月の宮の王、蒼だ。いきなりお呼びたてして申し訳ない。」

まるで、茶飲み友達でも呼んだ風な感じだ。その後ろにいた、見たことのある龍が言った。

「嗣重。久しいの。」

それが龍王であることを知った嗣重は、仰天した。龍王まで、このような牢の床に座っているなんて。

「ま、座られよ。今輝重殿や、軍神達とは話が付いておった所よ。」

召使いが慌てて持って来た大きな座布団のようなものに、嗣重は蒼と並んで座った。維月が嗣重を見て、驚いたような顔をしたかと思うと、少し頬を染めて横を向いた。維心は怪訝な顔をしたが、十六夜は面白そうにチラッと維月を見た。嗣重はそれどころではなく、明らかに戸惑った顔をして蒼を見た。

「…話とは?我ら、ここへ攻め入って、大変な迷惑を掛けたのではないのか。なのに、我に話とはなんぞ?」

輝重が、父に向き合った。

「父上、実は…。」

輝重は、父に順を追って話した。嗣重はただ驚いてそれに聞き入っていたが、眉を寄せた。

「…そのような…これ以上蒼殿に迷惑を掛けると申すか。いろいろと大変であったはず。我は、我が滅しられて済むのであるならと、ここへ参ったのであるのに。」

蒼は首を振った。

「それではなんの解決にもならない。嗣重殿、これはこれから命の気が枯渇し始めるほかの宮にとっても、大切なことになり申そう。恐らくは我が領地と繋がっている主の領地と他の領地を繋いで貰わねばならぬことも出て来るかもしれない。そうやって他の宮の命を繋ぐことが出来るように、こうしてどこかの宮に侵攻してその地を奪うなどと考えずとも済むように、我らは道筋を作ってやらねばならぬと思わないか?」

維月は感心してそれを聞いていた。蒼はそんな先まで考えて、この計画を良しとしたのか。嗣重は考え込んでいたが、座り直して深く頭を下げた。

「蒼殿。どうか、我の臣下達に生きる希望を与えてやって欲しい。我はどこへ行っても良いのだ。本当なら、主の臣下に下っても良いぐらいよ。だが、臣下達のことだけは、助けてやって欲しいのだ。」

蒼は頷いた。

「嗣重殿、主が王だ。我は手助けするだけ。これから宮を一から建立するのは、また骨の折れる仕事であるし、大変な事と思う。共に助け合って参ろう。」

嗣重は、頷いた。十六夜が言った。

「根こそぎ移して欲しいものがあれば言いな。オレが予定地に移してやるからよ。」と、嗣重に言った。「例えば、あの杉とか、ブナとか。」

嗣重は驚いた顔をした。

「何故にそれを…」

十六夜は笑った。

「本人っていうか、本木?が言ってたからな。あの木々がお前に命の気を与えて来たんだろう。あいつらはお前命って感じだから、お前が居なくなったら、きっと張りつめてたものが切れて枯れちまうんじゃねぇかと心配だ。」

嗣重は目を細めて十六夜を見た。

「…月か?そうか…あれらと話しが出来るか。」と、羨ましそうに言った。「我の宮の回りの木々は、出来ればこちらへ持って来て欲しいの。」

十六夜は頷いた。

「いいだろう。宮の位置と形が決まったら、こっちへ移そう。」

蒼は立ち上がった。

「さて、そうと決まればここに居ることもないだろう。軍神達全てに事情を話すには、ここで話すよりなかったのでな。」召使い達が駆け寄って、座っていた座布団のようなものを片付ける。皆は蒼に倣って歩き出した。

「嗣重殿、輝重殿は上の会合の間へ。利晋、主らは信明に従って軍神達の駐屯する場を作るが良い。あとはあちらの宮の方も心配だろうし、嗣重殿の命に従って行動せよ。主らはもう、客人であるからな。」

維心が蒼に言った。

「我らはもう戻る。」蒼が振り返った。維心は続けた。「また、様子を知らせよ。我も我が宮は心配なのでな。将維がおるゆえ、大丈夫であろうがの。」

十六夜が言った。

「維月、一か月ほどしたら迎えに行くからな。今回は里帰りじゃねぇと維心に邪魔されまくりだったしよ。」

維月は頷いた。

「わかった。」

その間に嗣重は軍神達に何やら命じ、半数は飛び立ち、半数は残った。その間に、維心はもう、不機嫌に十六夜に背を向けて維月を連れて去っていた。


宮は落ち着きを取り戻したが、解決せねばならないこともあった。

陽花が信明に斬られた時は、陽花自身の死しか問題にならず、そのあとの襲撃でうやむやになっていたが、実は信明の屋敷の召使い達が一人残らずいなくなっていた。

屋敷に使えていた者達の家族によると、一か月以上も戻っていないらしい。そこで軍神達は最悪の事態も考え、森や湖、川などを探したが、意外にも見つかったのは、信明の屋敷の庭だった。

庭を掘り返した跡があり、軍神達が掘ってみると、そこから次々に侍女や召使いが出て来たのだ。

その辺りの気を探り、残留思念を追った結果、陽花が一人ずつ殺しては埋めていたと分かった。十六夜が傍の橘の木に聞いても、それは明白だった。

そこまで病んでいたことを気づけなかったと信明はまた沈んだが、椿の笑い声や桜の優しさに癒されて、また元気になって来ていた。蒼はその屋敷の取り壊しを命じ、殺された侍女達の埋められていた所には、小さく碑を建てた。

信明の屋敷は、宮にほど近い所に建て直されることになった。


明人は、蒼に紗羅との離縁を願い出た。蒼は覚悟していたことだったので、漠になんと言うか考えてあったのだが、どう切り出したものかと思っていた所に、すぐに玲が紗羅を娶りたいと名乗り出た。

余りに早かったので訝しんだ蒼が聞いてみると、玲は素直に全てを話した。そういうことかと蒼はホッとしたが、それはそれでまた漠にどう説明したものかと悩んだ。

しかし、その後も、紅雪と明人が一緒に居るところを見かけることはなかった。

どうしたのかと訊こうとは思っていたが、それは鶴の宮の王、緑青(ろくしょう)の訪問や、嗣重の宮移設の事で取り紛れている間に、聞けず仕舞いだった。

結局、二つの宮が、月の宮領地の北東外に少し間を開けて並んで配置されることになった。


七夕まであと一か月を切った初夏の頃、あの時の約束から一か月以上経って、やっと維月が里帰りして来た。十六夜はぶつぶつ文句を言っている。

「あいつは何様のつもりでぇ。いつまでも駄目だ駄目だと言いやがって。誰の嫁だと思ってるんだ。連れて帰ってもう二度と帰さねぇって言って、やっと了承しやがって。来ても宮の結界に入れてやらねぇからな、絶対に。」

維月は困ったように十六夜を撫でた。

「わかってあげて。最近神経質におなりなのよ。またすぐに戻ると思うから。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

「我がままなんだよ、あいつは。」と、維月を見た。「さ、お前も見たいだろうと思って、連れてってやりたかったんだ。嗣重の宮の建築現場へ行こう。」

維月は顔を輝かせた。

「まあ!楽しみよ。どれぐらい出来たのかしら。」

十六夜は維月を抱いて飛び上がりながら、答えた。

「あんまり大きく作ってなかったからな。かなり出来ていると思う。」

ほどなくして見えて来たそこには、確かに高野だったと思うのに、たくさんの木々が宮を囲んで生えていた。維月は驚いて言った。

「まあ…すごいわ!こんな森があったかしら!」

十六夜は笑った。

「オレが移したんだよ。皆一緒に来たいと言うからな。ほら、宮の前にあるのが臣下達の屋敷だ。」

パラパラと、何人かの神はもう移って来て居るようだ。十六夜は、木々の中に降り立った。木々がざわざわと揺れる。維月が聞こうと意識を向けると、確かに木々の声が聞こえた。

…ありがとう…。

無数のお礼の言葉が降って来る。十六夜は笑った。

「聞こえるだろう?ここへ来る前は怯えて無口になってたくせに、着いたら途端にこれだ。もういいのによ。」

それでも、十六夜は誇らしげだった。

「すごいわ、十六夜!月は、本当にすごいわ!」

十六夜は維月を見た。

「お前だって月だろう。これで、嗣重の宮は安泰だな。ほら、向こうの宮の裏側が、お前の言ってたオレの結界との結合部の、メッシュさ。」

結合部は、宮の中に直結させて、外から守る事にしたらしい。維月は十六夜と共に、宮の方へ入って行った。


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