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次の日の朝、蒼が十六夜と維心を呼びに十六夜達の部屋へ行くと、維月が出て来てホッとしたような顔をした。蒼がどうしたのだろうと後ろを見ると、維心が不機嫌に眉を寄せていて、十六夜がしらっと椅子に座っている。蒼は恐る恐る訊いた。
「…母さん、昨日何かあった?」
維月は小声で言った。
「何かって?私は知らないのよ、疲れてすごく寝てたから。でも維心様が言うには、十六夜の寝相が物凄く悪くて、何度か起こされたのですって。」
神の聴覚はものすごくいい。維心は言った。
「あれはわざとよ。」怒っている。「真ん中の維月は避けておるのだからな。我には触れるなとあれほど言っておいて、維月にくっついて眠っておるし。そのせいで足が我に当たって起こされたのだ。」
十六夜はフンと横を向いた。
「知らねぇなあ。オレはそんな姑息なことはしねぇよ。お前だって向こう側から維月を抱き締めて寝てたじゃねぇか。二人で維月にくっついてりゃ、足ぐらい当たらぁな。」
蒼は維月を見た。
「母さん、そんな戦いが繰り広げられてる中で寝てたんだ?」
「だって敵に拉致られた後だったのよ?疲れてるじゃない。でも確かに寝苦しかった…横向きになろうとどちらかに寝返りを打ったら、上向きに引き戻されるのを繰り返してたような…。ま、私はどんな状況下でも、眠かったら寝るの。三人で寝たらいつもこれだから、もう慣れたわ。」と、蒼を促した。「それより、輝重の所へ行くのね?行きましょう。」
維月は気にしていないようだ。三人で寝るときはどちらも手を出してはいけないという取り決めがあるらしいが、男の蒼から見ると、気の毒に思えた。
維月に促されて歩いて行くと、後ろから維心と十六夜が慌てて付いて来る。
「待たぬか!維月、我も行く。」
維心が維月の手を取る。十六夜が追い付いて来た。
「オレも行く。輝重と利晋と話しがしてみてぇ。」
蒼は頷いて、三人と共に牢へと向かった。
月の宮の牢は、どの神の宮の例に漏れず地下にあった。
上から順番に、下へ行くほど重罪人が入る牢になる。しかし月の宮の牢は、まだ出来て間がないので、維心の龍の宮の牢に比べたら新しくて綺麗なので、おどろおどろしい感じが全くなかった。
一見小ざっぱりとした部屋のような牢で、輝重は座っていた。他はまとめて入れられてあるが、輝重だけは皇子であるので他と分けたのだ。
蒼達が入って行くと、輝重は座って何か読んでいた目を上げた。上の方の牢には、机とパソコンがセットされてあるのだ。
「輝重殿、話に参った。」
輝重は頷いた。
「…誠、月の宮とは面白い所よな。」輝重はパソコンの電源を落とした。「このようなの、ここに来るまで見た事もなかった。しかし、いろいろなことを知ることが出来る…人の世の最近の事情もの。ただ訪ねて来ただけであるなら、どれほどに良かったことか。」
蒼は、牢の封じを解いた。
「訪ねて来ただけと思っておるぞ?」蒼が言うと、輝重は驚いたような顔をした。蒼は促した。「さあ、奥の大牢に全ての軍神が集められてある。共に参って、話をしようぞ。」
輝重は慎重に足を踏み出して、黙っていて何も言わない維心や十六夜に伴われ、大牢の方へ歩いて行った。
「…輝重様!」
大牢の軍神達が叫ぶ。蒼や維心、十六夜に挟まれているのを見て、絶望した面持ちになっている者も居た。しかし、思いに反して蒼は手を上げて牢の封じを解いた。
軍神達が驚いて見ていると、蒼は言った。
「我ら月の力を取り戻しておるし、龍王も共に居る。何も恐れることなどないゆえに。主らも、無謀なことはせぬ方が良い。オレはただ、話をしたいから来たのだ。主らがあのようなことをしたゆえに、牢にはつながねばならなかったが、本来そのような気持ちではないのだ。」と輝重を見た。「さ、軍神達と共に。」
輝重は軍神達のほうへ足を進めた。利晋が走り寄って来て膝を付く。輝重は頷いた。
「共に、話を聞こうぞ。主は我の横で聞けば良い。」
「は!」
利晋は頭を下げた。蒼がそこへ座ろうとすると、驚いた召使い達が慌てて敷物を持って来た。こんなところで座るなど思ってもみなかったらしい。維心も驚いたようだったが、維月がスッとなんの疑問もなく座ったので、その横に胡坐をかいて座った。
輝重は軍神達を背に、こちらを向いて座った。お互い向かい合った状態で、蒼はあの、図を出した。
「さて、宮の移設の件であるが」いきなり、蒼は言った。神なのだから、回りくどいことは要らないだろう。「龍王の助言に従って、ここにある亀裂周辺はまた崩壊の危険もあるゆえ避け、こちら側にという事でどうであろうか。」
そこに居た軍神の一部は既に、維月と共に話し合いに参加していたので、知っていた。初めて聞く軍神達は、驚いたような顔をして見た。移設…。
輝重はそれを見て、蒼を見上げた。
「しかし、蒼殿、見た所我らの宮だけでなく、他の宮もこのように横へ配置する様子。これほどに月の宮の命の気を流して、今は大丈夫でも先々はどうであるのか?」
蒼は頷いた。
「充分に気があるのは分かっておることであるが、念のため、主らの宮は次元に空間を開いて、そちらに向けて、月の宮のように建ててもらいたいと思っている。そうすればそちらからも気の補充をしてもらえるし、我らも安定するので面倒がない。」
利晋がその初めて見る図面を見つめて、言った。
「しかし…我ら宮を建設したことはなく、しかもそれに適した次元の事に関しても、全くわからぬですが。」
維心が、後ろから言った。
「それは心配することはない。この月の宮は、我が龍達が建立したもの。手伝わせるゆえ、主らはなんなりと訊けばよいぞ。」
輝重はそれを見て、考えた。自分が判断できることではない。王の父に聞かねばならぬ。
「…我は、維月殿と話しておって、そちらさえ受け入れてくれるのなら此れで良いと思うておる。だが、父が決めることであるのだ。父に判断して頂かねばならない。」
蒼は頷いた。
「そうであろうと思うておった。なので、嗣重殿には昨夜連絡を送ってある。鶴の宮の緑青殿にもな。今、緊急になんとかせねばならぬのは、この二つの宮であるからだ。緑青殿は早々にこちらへ来られるとお返事があったが、主の父からはまだだ…どうなっておることか。」
輝重は下を向いた。おそらく、父は我らが捕えられて、もう後がないと思うておられるだろう。他の臣下達もどれほどに案じておることか。もしも自ら宮を閉じようとなさっておられたらどうしたら良い。軍神達は全てここに連れて来てしまっている。父は、いったい…。
十六夜が、ふと言った。
「…お、嗣重だ。」皆が驚いて十六夜を見た。「一人っきりだぞ?結界は通した…あの変な物は持っていないようだしな。」
あの変なものとは魔法陣のことだった。魔法陣が発覚してからというもの、仙術を感知する魔法陣を皆が携帯していて、それに反応するものは決して中に入れない構えになっている。
蒼は、後ろに控えている信明に頷き掛けた。信明は頭を下げると、サッと出て行った。
「迎えに行かせた。だが、なぜにお一人なのだ。しかも、こちらに連絡もなく。」
輝重は気遣わしげに出入り口の方向を見た。
「…おそらく、我らがしくじって処刑されると思うておると思う。今まで、戦に負けた者がこのように扱われることはなかったゆえに。」
蒼はため息を付いた。
「…ここは月の宮ぞ。神の世であって神の世ではない。オレだって、事情さえ分かれば片っ端から封じて回る訳ではないのに。なぜにこのようなことをする前に、相談してくださらなかったのかと嗣重殿には文句を言いたいが、それぐらいぞ。」
利晋が急いで言った。
「我が!」皆がそちらを見た。「我が…王にご進言し申した。王は黙って聞いておられたが、主らがそうのように望むのならと言って下さった…王は何も悪くはないのだ。我が…。」
維月はそれを見て、ソッと言った。
「…きっと、あのままでは婚姻もままならないからでしょう。」利晋はビクッとして維月を見た。「誰か好きなかたが居るのね?」
利晋は下を向いて小刻みに震えていたが、言った。
「そうです。だが、それはあの宮では誰にも許さぬこと。王でも皇子ですら然り…我の想うかたは、外の宮へ嫁ぐようにと言われて、宮を出され申した。このままでは、あのかたまで意に染まぬ相手とでも縁を繋がねばならず、我は…。」利晋は下を向いた。「…己のことしか考えておりませなんだ。」
「それは、あなただけではなかったはずよ。」維月は言った。「だからこそ、皆は従ってここへ攻め入ったのでしょう。勝ち目があるかはわからなかったけれど、このままでは悪くなる一方だと分かっていたから…。王も、きっとそれを知っていて、許したのだと思うわ。」
十六夜が言った。
「なあ、お前は銀杏を覚えているだろう。その懐に入れてるヤツだ。」と、輝重にも言った。「お前も持ってるな。」
二人は驚いた顔をした。そして顔を見合わせると、茶色く変色したギンナンを取り出した。
「…なぜにこれのことを?」
十六夜は微笑んだ。
「月の宮の森のお前らが潜んでた所にあった、あの銀杏を覚えてるだろう。あれが、斬り倒された銀杏の兄弟だったんだと。」と、そのギンナンに手を翳した。「死んじゃいねぇな。これを新しい宮に植えてやりな。あの銀杏の話じゃ、お前らが小さい頃、これを通してなんとか命の気を送ってやれねぇか、必死に頑張ってたらしいぞ。斬り倒された銀杏の、それが最後の望みだったからなんだと。きっと最近まで、少しずつでもこれから命の気が出てたはずだ。」
利晋はギンナンを見た。あの時、これだけはと思って持ち出した実。あの後気を使い過ぎて寝込んでいた輝重の枕元に置いておいたら、次の日にはかなり回復したのだった…。
「そう致しまする。」利晋は涙ぐんで言った。「今度こそ、誰にも斬り倒されることがないように。」
信明が入って来て膝を付いた。
「王、嗣重様をお連れしました。」
皆が顔を上げた。
そこには、黒髪でグレーの瞳の、輝重に良く似た穏やかな気の男が立っていた。




