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銀杏(いちょう)

宮はまだ落ち着いていなかった。

ひっくり返ってしまった椅子や机などを元に戻したり、掃除をし直したりと召使いや臣下達が総出で対応していた。

だが、占拠された割には損傷はなく、綺麗なものだった。皆が端に寄せられたテーブルなどを元に戻せば、それで大広間は元通りになった。

治癒の対も元通りに機能しているし、驚くほど丁寧に扱われていたのだった。

蒼は維心と維月を、自分の居間へと連れて入った。

そこには、十六夜と翔馬が居た。十六夜が維心を見て不機嫌に言う。

「遅いぞ、維心。いい歳してんだからちょっとは落ち着けよ。どれだけ時間くってるんでぇ。」

維心は眉をひそめた。

「我だって疲れることぐらいあるわ。それでなんの用よ。」

「座りな。」十六夜は言って、自分も座った。「いろいろ見て来たから、知らせようと思ってよ。知りたくないならいいがな。」

維心は渋々座った。維月は維心と十六夜の間に座る。蒼は自分の居間の定位置に座った。

それを見てから十六夜は、話始めた。

「きっかけはうるさいポプラだったんだがな。」十六夜は言った。「そしたら銀杏がぽつりと、自分の兄弟の友だったと言うもんだから、あの寡黙なヤツが言うぐらいだから何かあるんだろうと、あっちこっちの木やらなんやらに聞いていろいろ繋がったんだ。あのな維心、地を統べてるんだったら、他の宮のことも聞いてやれよ。自分ちが気が豊富だからそれでいいってんじゃダメなんじゃねぇのか。」

維心はため息を付いた。

「…確かにの。分かってはおるが、どうすれば良いのだ。人には干渉出来ぬ。殺せば済むならやっても良いが、また新たな人がやって来よう。きりがないゆえの。人は数が絶対的に多いし、何も知らぬのに殺すのも不憫であるしな。」

十六夜は眉を寄せた。

「あのな、どうしてお前はそんな極端なんだよ。他に考えは浮かばないのか。」

「まだ炎嘉が王であった頃に考えたことがあったわ。」維心は心外な、という顔をした。「我らの宮の気を送ってはどうかとの。だが、それではさすがにこちらも大変だ。何しろ気を送ること自体に気を使う。足りなくなるのは目に見えておったし、対策の立てようもなかった。我の領地へ来ることを打診しても、臣に下るようなものだと嫌がりよるし。」

維月は頷いた。

「それは輝重も言っておりました。臣に下るつもりはない、と。」

維心は維月を見た。

「そうであろう?誇りを持っておるゆえ、あやつらは滅ぶ方を選ぶのだ。気持ちも分からぬでもないし、それが王の選択であるなら、我もそれ以上は言えぬで来たのだ。」

十六夜は顔をしかめた。

「そういう複雑な感情はこの際放って置いて、嗣重ってのはいい王じゃねぇか。結局は臣下や軍神達の気持ちを汲んで、ここを侵攻することにしたものの、奴は穏やかな王だ。あれだけ自分達を苦しめた「人」を、それでも少ない自分の気で助けてやったり…未だにだぞ。あの辺りに迷い込んで気を失った獣まで助けてやるのさ。そんな王を見て来たから、回りの木々も何とかしてやりたいと、斬り倒されるその時まで嗣重に命の気を送り続けてな。」十六夜は下を向いた。「今残ってる木々も、自分達が成長出来なくても、宮へ気を送ってるのさ。その中には近日中に伐採される木だってあるんだぞ。なのに、あいつらは嗣重の事を心配してる。植物ってのは正直だし、オレも見ててけなげで泣けて来たぐらいだ…まさか、木と話してて泣けるとは思わなかった。」

蒼は驚いて聞いていた。植物も、自分たちの思うような感じではないにしろ、何かを考えてそこに立っているのか。そして見ているのだ。十六夜は、今まで気にも留めていなかった木々の声に、耳を傾けていたのだ。

「私にも聞こえるかしら…?でも、どうすればいいのか分からないわ。たまに、ふと、桜の木の下に居る時に、何かの声のような意思のような感じのが聞こえることがあったんだけど、あれかしら?私の妄想かしらと思ったりしていたのだけど。」

十六夜は笑った。

「それだよ。桜はお前に何か話してたんだろうな。心配しなくてもあっちは聞こえるとは思ってないみたいだから、答えてなくても大丈夫だぞ。オレが話し掛けた時には、皆一様に黙っちまって、おろおろしてるのを感じたからな。だがポプラはうるさい。ずっと喋っててちょっと黙ってろと言ったぐらいだ。隣の銀杏はよく耐えてるなと思うよ。」

維心が痺れを切らしたように言った。

「で、その銀杏の兄弟云々とはなんだ?」

十六夜はハッとしたように頷いた。

「そうそう、輝重と利晋がまだ子供の頃、登って遊んでた木があったんだ。デカい銀杏で、こっちの銀杏とは同じ木の種から育っていて、遠くても念を飛ばし合ってお互いが見えてたらしい。」十六夜は何か遠い目になった。「何でも兄弟銀杏のある程度近くに生えてた木が言うには、その辺りが開発され始めて銀杏が斬り倒される時、輝重はあれほど大切にと教えられて来た人を一人傷つけてる。子供ながら必死に銀杏を守ろうとしたからだ。利晋は、木の影でぶるぶる震えていたのだそうだ。だが、銀杏は斬り倒され、必死に頑張った輝重は気を使い過ぎて寝込んだ。利晋は、後から来て、泣きながら銀杏の実を拾って帰ったと言っていた。こっちの銀杏が言うには、ずっと二人を見守ってたんだそうだ、その斬り倒された兄弟銀杏は。無事に大きくなれるようにと、いつも命の気を体いっぱいになるようにと与えてやってな。何しろ…向こうの子供たちは皆、常に気が少ない状態、つまり腹を空かしてるような状態だったらしいからよ。」

維月は涙を浮かべた。それじゃあ、いつも餓えているような状態で、それを我慢することを覚えて育って来たというの…。だから、輝重はあんなに、年の割に世を諦めたような感じなのかしら…。

「…子供まで気を満タンに補充出来ないなんて…。そこまで枯渇しつつある地なのね、そこは…。」

十六夜は、暗い顔をした。

「今もそうだ。誰か死ぬのを待って、誰かが子を宿すことを許される。だが、それも出来なくなった…なぜなら、妊婦に十分な気が行き渡らず、無事に生めないケースが増えて来たからだ。だから、ここ数年でグッと人口が減って来てるんだよ。」

維月は、皆で話し合った数時間を思い出していた。

何とか輝重達の宮が復活出来ないかと、敵味方関係なく意見を出し合って考えた。その時、隣室の桜も椿を抱いて出て来て一緒に考えていたが、椿が泣き出したのを見て、皆が寄ってたかってあやしていた…向こうの軍神達は、赤子がとても珍しく、かわいく思うようだった。輝重も話を中断されても憤りもせず、穏やかに微笑んで見ていた。とても戦をしに来たようには見えず、維月は余計に何とかしてやらねばと思ったのだ。

翔馬が蒼を見て言った。

「王、我ら維月様と皆で知恵を出し合って考えたのでございます。」と、明らかに手書きの図面を出した。「月の宮の結界は、こういったように領地全体に掛かってございます。」

蒼だけではなく、皆がそれを覗き込んだ。真ん中に月の宮の円、そして領地の円、そして、その領地の円の回りに、小さな円がくっついていくつか描かれてあった。

維月が指した。

「いろいろ考えたの。こちらから、十六夜を通して気をあちらに送ることも考えたけれど、それではとても追いつけないし、十六夜が常にあちらを気にしていないといけなくなるでしょう。パイプラインみたいなのを繋ぐことも考えたけど、それも送るほうにより多くの気を使ってしまって難しいし。なので、近隣の宮々を月の宮の結界の回りに移動させて、一部をメッシュみたいに開いて気だけが行くようにするの。」

維心が眉を寄せた。

「メッシュとはなんだ?」

「網です。」蒼が答えた。「人は行き来出来ないようにするんだな。」

維月は頷いた。

「最初は単に穴をって話になったんだけど、それじゃあ月の宮の防衛が崩れてしまうから。」

翔馬が引き継いだ。

「それだけでは将来的に気が足りなくなったりしてはならぬので、移設する宮は皆、別次元に半分は入れて建設して頂きまする。そうすることで、そっちの次元からも気を補充できるので、月の宮のシステムと同じ状態になるのですな。気が不足する心配は無くなるでしょう。」

維心が、考え込むように図を見た。

「こちらとこちら」と、円を指差す。「次元が不安定ぞ。地盤も安定せぬ。地の大きな亀裂というものがあるのだがな、ここを通っておるのだ。月の宮はそれを避けて建てさせた。なので、こちら側は無理なのだ。領地のこちら側の端は長く断崖のようになっておろう?昔にここがずれて上がり、こちら側が下がった。そのせいぞ。」

蒼はあ、と思い当たった。

「人の世ではそれを断層といいます。あれがそうだったのか。地の揺れを起こしたのですね。」

維心は頷いた。

「1000年も経ってはおらぬのではないか。その時にここの神達が全滅し、王だけが生き残ったが虫の息での。我が駆けつけた時には手の付けようがなく、託されたのだ。それを、我が主に譲った訳よ。宮を建設させたのは、その時残った唯一の地。なので安定しておるのだ。あの亀裂のせいで、人もここには開発にも来ぬしの。」

蒼は今になって、やっと月の宮の場所の意味が分かった気がした。

「では、こちら側を避けて、」と蒼は手を翳した。円が描かれる。「こちらに二つ配置しましょう。こちら側は維心様の結界が近いので避けて、主に宮の北から東に架けて配置したらどうでしょうか。」

皆がそれをじっと見た。確かにこれなら、二つの宮が近接しすぎることもなく、次元も安定しているだろう。

維心が頷いた。

「我は、それでいいと思う。主はどうか?」

維心は維月を見た。維月は頷いた。

「良いと思いまする。やはり維心様に来ていただいてよかったこと。」

維月が嬉しそうに微笑むと、維心は機嫌よく微笑んだ。

「なんでもないことよ。なんなりと我に聞くと良いぞ。」

十六夜が呆れたように横から言った。

「ゴネてなかなか来なかった癖によ。お前の知識に誰も敵うはずないだろうが。出し惜しまないで、もっと積極的に使うべきだとオレは思うぞ。」

維心は維月の向こうの十六夜を睨んだ。

「我は王であるのだぞ?そうそう出て行く訳には行かぬのだ。臣下達がうるさいしの。我が自分達の王であるのに、他の地の臣下達まで面倒を見ると言って。王であるとは、いろいろと面倒なのだ。」

蒼は苦笑して頷いた。

「確かに、我が王が我が王がと龍達は言いますよね。他の誰にも渡したくないって、これも一種の嫉妬みたいなものかな?」

維心はため息を付いた。

「昔からそうよ。ま、我は長く王をしておるからの。」と、維月を見た。「今は、我は維月さえおれば良いわ。維月が宮に居るから宮を守る。ここに居るならここを守る。それだけよの。あとは将維がなんとかしよるわ。」

維月はまあ、という顔をした。

「まあ維心様…将維一人に背負わせるには早すぎまする。もう少し見守ってやって頂かなければ。」

維心は笑った。

「わかったわかった。冗談よ。そういう心持ちだと言うただけだ。」と蒼を見た。「後は、主が話を付けられるの。我らが明日、龍の宮へ帰っても大丈夫であるな。」

蒼は驚いたが、頷いた。確かにもう、予定よりかなり長く維心をここに引き留めてしまっている。どこまでも頼る訳には行かないだろう。

維心が満足げに頷くと、維月が言った。

「では、戻る前に輝重との話し合いの席には私も同席させてくださいませ。私が話しておりましたものを、このまま放って置く訳にもいきませぬゆえ。」

維心は仕方なく頷いた。

「確かにそうであるな。早々に話しを蒼に引き継ぐが良い。」維心は立ち上がった。「では、戻る。」

反射的に維月も立ち上がった。王が戻ると言ったら、王妃は何が何でも戻らなければならないのが神の世の理なのを学んで知っているからだ。十六夜が維月の腕を掴んだ。

「こらこら、お前の部屋はこっちだろうが。ここは月の宮だぞ?」

維月は、あ、という顔をした。維心がそれを見て、言った。

「では、我もそっちの部屋へ戻る。」

十六夜は立ち上がって維月の手を引きながら、うんざりしたかのように言った。

「だからまた三人かよ。いくら里帰りでないからって少しは遠慮しろよな。」

三人は蒼の居間を出て行った。

蒼は、明日早くに牢の輝重の所へ話に行くことを翔馬に伝え、翔馬は頭を下げて戻って行った。

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