手立て
また、その少し前、明人達は飛び上がって行った軍神達を追いたいのを堪え、残って三人の軍神に守られるように居る鈴藍へと向かって行った。
鈴藍は、どこかにあの魔法陣を持っているはずだった。それをなんとしても奪って、この封じを解かねばならぬ!
《明人、左、慎吾、右、我は中央。》嘉韻が念で言った。《参る!》
三人は一斉に飛び出した。三人の敵の軍神達は、上ばかり気にしていたので、いきなり出て来た三人に面食らってよろめいた。嘉韻はあっけなく気弾を胸に食らわせて敵を吹き飛ばし、明人は刀を抜くのが早くすぐに斬り掛かって来た軍神に少し手間取った。間違いなく、あの中ではこの軍神が一番気が強い。
明人は慎重に戦闘モードに入って、相手の動きを見切った。
…殺すなって言われてるからな…。
明人は間合いを詰めて一気にかたを付けようと刀を振った。しかし相手の気弾が急に明人を捕え、必死に回避したもののかすって行って上に向けて飛んだ。銀杏の木の枝に引っかかるような形で、止まった明人は、すぐに体勢を変えて気弾を飛ばした。
今度の気弾はまともに相手を捕えた。相手は気を失って倒れた。気が付くと、慎吾も相手を倒し終わっていた。
「…なんでぇ、時間が掛かったのはオレだけか。」
慎吾が笑った。
「これが序列の差かの。嘉韻など一瞬で一発よ。」
気を失った三人をまとめて拘束の呪で捕え、明人は鈴藍を振り返った。
「…急いでるんだ。頚連を出せ。」と刀を構えた。「丸裸にしても手に入れて見せるぞ。それとも腹掻っ捌いて中を改めたほうがいいか。」
明人は本気で怒っていた。紅雪が捕えられたのは、恐らくこの女に話しに行っていたせい…。今頃、どんなに怖い思いをしているか。十六夜が言っていた、その一人が無事ならば他はなんだっていいって言葉…これほど的を射た言葉はない。
紅雪が無事ならば、他の女はどうなってもよかった。
鈴藍はぶるぶる震えていた。宮で時々見かけた、穏やかな龍とは似ても似つかないこの姿…。これが、龍の軍神なのだ。
ふと、上空が騒がしくなる。宮のほうが一瞬明るく光った。その途端、上から誰かが落ちて来るのが分かった。
「…親父!」
明人は叫んだ。物凄い速さで降下して来て、落ちて来た軍神を掴んだのは、信明だったのだ。
「李関殿!」
嘉韻が叫ぶ。落ちて来たのは李関だったのだ。額に玉の汗を浮かべている…胸に傷を受けていた。
「我が運ぶ。」信明が言った。「主らは務めを果たせ。殺してでも魔法陣を手に入れろ。…宮が占拠された。」
三人は衝撃を受けた。では、これは陽動だったのか。信明はサッと李関を担いで飛んで行った。明人は刀の切っ先を鈴藍の喉に向けた。
「出しやがれ!出さねぇなら殺してから身ぐるみ剥いでやらあ!」
目が光っている。鈴藍は震えていた。
「あれは、もう我は持っておりませぬ。」鈴藍は言った。「利、利晋が、持って参って…持っていたら危ないからと。」
明人は舌打ちした。あのここを飛び立ったヤツか!
明人はまとめて拘束の呪で縛り上げ、気で持ち上げた。
「行くぞ!やつらが結界に入る前に捕えなければならない!」
二人は頷くと、そこを飛び立った。
銀杏の木が揺れながらそれを見送っていた。
横のポプラは騒がしかった。
「…妹が来ぬの。」
輝重が言った。座ったまま、窓から外をそっと見た。維月は言った。
「それは、鈴藍のこと?」
輝重は頷いた。
「そうだ。我の妹よ。あれはほとんど何も知らされずにここへ来た。父も元より、これが上手く行くなどとは思うておらぬ。だがの、軍神達はそうではない。」輝重は、ため息を付いた。「若い軍神が、己の運命がこのまま滅び行く宮と共にあるなど、どうして納得できようか。なんとか抗うてみたいと思うのも、また分かる。」と、維月に視線を移した。「我らはこのままでも、あと100年ほどで命の気が足りなくなって滅ぶ。それはまだ臣下達には知らせておらぬ。既に出生の制限などではどうにも出来ない所まで来ておるのだ…人の開発とかいうものは、一度始まると先へ先へと切り崩して来る。そしてその回りは枯渇して行く。あそこで終わるとは思えぬ…なので、あれが加速したことを考えると、50年持つかも分からぬの。」
維月は眉を寄せた。人は、知らぬ間に神の棲家をも奪って行っているのか…。でも、命の気が枯渇したら、人だって…。維月の表情から察したのか、輝重は言った。
「もちろん、人も生きては行けぬの。いや、人は命自体は繋ぐことが出来ようが、魂が枯渇しよう…しかし、生きておる間にそれを知ることはない。あの世へ行って、初めて知って、その渇きに苦しまねばならぬ。我らはそれを知っておるだけに、人が憐れでならぬのだ。父も、だからこそ助けてやれと言うのだがな。若い軍神達は、そんなことは理解出来ぬの。なので、したいことをさせようと父と話し合ったのだ。我ら、もうすぐ滅び行く身。ならば、最後にあがきたいというのも、わかってやろうとの。」
維月は、じっと輝重を見た。
「…あなたは、おいくつなのですか?」
輝重は答えた。
「我は、300歳になる。しかし、ここに来てよかったと思うておるぞ?成人してこの方、気を全て満たされたのは初めてであるのだ。我らはいつも、気を半分しか補充することが出来なんだ…全て補充してしまうと、他の者の分が無くなってしまうゆえ。ここへ来て、軍神達もまるで水を得た魚のように生き生きとしておった。これほどに満たされるのは、生まれて初めてな者もおるのでな。」
維月は口を押えた。そこまで酷いなんて。このままでは、あちこちの宮の命の気が枯渇して、神が滅んで行ってしまう…戦を起こしたのは、餓えや乾きゆえであったのだ。そしてその中でさらに抑圧され、婚姻すら許されず、しかし気が減って行くのは自分たちのせいではなく、人のせいで…。
維月は月を見上げた。十六夜がじっと黙っているのは、恐らく何か考えるところがあるのだろう。木々から何か聞いたのかもしれない。しかし十六夜は、黙っていた。なので維月も、無理には話し掛けなかった。
「輝重」維月は言った。「滅ぶと決めつけないで、何か考えましょう。ここには月があって、龍の力も借りれるし、何か対策を練ることが出来るはずよ。この宮には豊富にある命の気をどうにか利用できないものかしら…。」
輝重は苦笑した。
「どうにかとは?我ら、500人以上がまだ残っておるのだぞ。この数の命の気…、ああ確かにここならばいくら増えても大丈夫であろうが、しかし誰かの臣に下るつもりはないの。」
維月は首を振った。
「そんなことを言っているのではありませんわ。」維月は何か思い出しそうで思い出せない自分を呪った。「…命の気が豊富なのは…ここが月に守られているからと…月の力で土地自体の力が強いからと、それから次元を変えてまたがっているから…。」
輝重は眉を寄せた。
「…どうしようというのだ。」
維月は自分が思いつく限りのことを挙げて見た。そして、翔馬も呼び、恒も呼び、輝重の軍神も入り、果ては大広間に移って皆の意見を聞き、皆で必死で考えたのだった。
利晋は、先に他の軍神達を皇子の結界に入れ、そこで鈴藍を連れた軍神達が来るのを待った。
万が一宮の制圧が失敗した時のためにと一時助け出した事に、今は後悔していた。中に置いていたら、こんな心配はせずともよかった…。
不意に影がよぎり、軍神達が来たのかと上を見上げると、そこには月の宮の甲冑を着た三人の軍神が浮いていた。そのうちの一人が言う。
「…オレは気が短けぇ。既にかなりイライラしてるんでぇ。魔方陣を出しな。」と、眉ひとつ動かさずに気で拘束された鈴藍を前に浮かして出した。「こいつの腹を掻っ捌いて探してもいいんだぜ。お前らだって紅雪を人質にしやがったんだ。それぐらい許されるだろうよ。」
その軍神は刀を抜いた。本気で怒っているのはその目の光から分かった…龍は感情が昂ると、目が光る。
利晋は咄嗟に足元に座っている紅雪に、刀を抜いて切っ先を向けた。
「同じ事をしてやろうぞ、龍よ。やれるものならやってみるが良いわ。」
相手は、気弾を利晋に向けて放出した。利晋はいきなりだったので飛び退き、咄嗟に紅雪を掴んだ。
「…何をする!お前、この女がどうなってもいいのか。」
その軍神は不敵に笑った。
「…気に入らねぇな。」と、また手を上げた。「気安く触るんじゃねぇ!」
また気弾が、今度は細かく小さな弾になって、紅雪を避けて飛んで来た。避けようと身を翻したが、いくつかは腕や脚をかすめて行き、紅雪はその衝撃で地面へ倒れた。その機を逃さず、その軍神は急降下して来て刀を振り切った。利晋はそれを受けて、睨みあった。
「…なるほど、手段は選ばぬのか。」
激しく斬り合い始めた時、別の軍神が舞い降りて来て紅雪を担いだ。
「明人!紅雪殿は保護した!」
慎吾の声だ。明人は言った。
「魔方陣を出しやがれ!あいつを殺されたくなかったらな!」
利晋は歯を食い縛った。
「…一族の悲願を背負っておる!」利晋は言った。「渡せぬ!」
紅雪が叫んだ。
「右胸の甲冑の中ですわ!」紅雪は明人を見た。「鈴藍から受け取って入れるのを見ました!」
明人は利晋を見てニッと笑った。
「そうかい。」明人は刀を持たない手で右胸の甲冑を掴んで気を込めた。「もらうぞ!」
甲冑が引きちぎられて取れ、気にはね飛ばされた利晋は後ろ向きに吹き飛ばされて倒れる。その刹那、ペンダントが飛び出して宙を舞った。
「あったぞ!」明人は掴んでそれを宙へ放り投げた。「慎吾!嘉韻!」
三人はそれを目で追った。一番最初に明人が刀を振り上げ、それを縦半分に斬った。
「掴まっておれ!」
慎吾は紅雪に叫んで、自分の腕を斬ると、溢れた血をそれに飛ばした。
「どいておれ!」
嘉韻が進み出て横半分に斬り、すぐに呪を唱えてそれは炎に包まれた。激しい炎に、そのペンダントは悲鳴のような音を立てながら焼失していく。ついに消し炭になったが、月を見上げても何の変化もない。
明人は膝を付いて叫んだ。
「どういう事だ!」
残りの二人も呆然とそれを見た。
「…まさか、あいつに口付けろとかではないだろうな。」
慎吾の呟きに、嘉韻が凍りついた。




