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襲撃

宮の中では、維月が不安げに月を見上げていた。

十六夜の力はまだ回復する様子はない。今はきっと、軍神達や蒼や維心達を上空から見守っているはずだ。上から見えるのは、本当に心強かった。

維月が部屋の中へ取って返して椅子に落ち着きなく座ろうとすると、宮の奥から声が聞こえた。何事かとまた立ち上がって様子を伺っていると、侍女が慌てて走り込んで来た。

「維月様!地下の捕えられていた軍神が、上に攻め込んで来たのでございます!お早く外へ…!」

維月は戦慄した。それでは、宮の中の者達は…!

「お前達は早く外へ!私は皆を外へ誘導するから!」

侍女は驚いた顔をした。

「そのような!維月様!」

維月は走り出した。宮に居るのは力の無い者ばかり。皇女達や、治癒の対には病気の者、それに、赤子まで…。

維月は必死に走った。このままでは皆、捕えられて、殺されてしまうかもしれない…!


桜は、椿を抱いてじっと立っていた。闇雲に走り回って、この不案内な宮の中で余計に悪い結果になるかもしれない。治癒の龍が走り込んで来た。

「桜殿!すぐに外へ…!敵の軍神達が…!」

桜が頷いてそちらへ行こうとすると、治癒の龍が驚愕の表情を浮かべてその場にくずおれた。桜がびっくりして顔を上げると、そこには、見たこともない色の甲冑に身を包んだ軍神達が立っていた。

「…ここは、治癒の対であるのか。」

一人が、桜を見て言った。もう一人が頷く。

「あちらに居た者も大層気を失って、病いのようであった。起き上がることもままならぬようであったしの。」

桜は、椿を抱き締めてふるふると震えた。軍神達は言った。

「心配せずとも良い。子を何とかしようとは思うておらぬゆえ。」と、足元の治癒の龍を見て言った。「これは治癒担当の者か。殺してはおらぬ、気を失っているだけぞ。死にたくなければ、おとなしくしておることだ。」

軍神達は、違う場所へ足を向けた。もう、こちらには興味が無くなったのか、何か話し合いながら歩いて行く。桜がホッとしていると、すぐに他の、もっと若い軍神がやって来て言った。

「こちらへ。ここの対の者は皆、一か所に集めておるゆえ。」と、気を失った治癒の龍を担いだ。「さあ。子は抱いておって大丈夫か?」

桜は慌てて頷いた。そしてその軍神に従って、部屋を出たのであった。


維月は、皇女達の部屋を回った。既に客間の辺りは皆がらんとしていて、軍神達が通った後であるらしかった。広間を抜けて大広間の方へ行こうとした時、翔馬の叫び声が聞こえた。

「やめよ!それは何もわきまえぬ子供であるぞ!」

維月は慌ててそちらを見た。軍神達が、体は大きいが、まだ学校を卒業してやっと宮に仕え始めたばかりの若い神の一人に刀を向けていたのだ。様子から見て、どうもその神は翔馬を庇って前に出た様子。その神の後ろに、翔馬は尻餅をついた状態で居た。

「…逆らう者は生かしておけぬのだ。」その軍神は言った。「我らとて、力の無い者を殺す趣味はない。だが、こやつは力があるだろう。」

確かにそうだった。軍神並の気があるにも関わらず、あの神は宮仕えを選んだのであろう。だが、訓練を受けていないので、戦い方などわからない。敵の軍神は、刀を構えた。

「…すまぬ。これも責務ぞ。我が一族の命が掛かっておるゆえ。」

その若い神は咄嗟に目を閉じた。刀は空を切って、振り下ろされた…が、その刀は何かに押し返された。

驚いて敵の軍神が見ると、目の前に青白い膜が出来て、それが自分を押し返している。軍神は、力の出所を見た。

「維月様…!」

翔馬が言った。維月は陰の月の力で、防御壁を作っていたのだ。

「あなた方にも事情はあるのでしょうけど」維月は言った。「殺さないでくれる?維心様はあなたがたを殺さなかったでしょう。皆殺しにしようと思えば、今頃はあなた方はこの世に居ないのだから。」

相手はじっと維月を見た。

「維月…月の王の母、龍王妃か。」相手は言った。「我は輝重(きちょう)。嗣重は我が父。主に申すが、我が筆頭軍神利晋が陽動で主らの軍神達をあちらへ引き付けておる間、我はここを制圧する予定であったのよ。主の夫も息子も、乗ってしまったようであるの…すまぬが、ここに我らと居ってもらうぞ、維月よ。」

維月はじっと相手を見た。まるで維心のような落ち着きを感じる。とても宮を侵攻して落とそうとしているようには見えないのだけど…。

「わかったわ。」維月は言った。「少し話したかったし、あなたは落ち着いていて、話しが出来そうだものね。でも、他の者達にも危害は加えないで。」

輝重は頷いた。

「抵抗さえしなければ、何もせぬ。」と、隣の部屋を指した。「そちらの部屋に、病の者を集めてあるゆえ。臣下達はここに。主はこちらへ。」

輝重は、軍神達に頷き掛けた。

「合図を。警備に付け。」

軍神達は頭を下げて、出入り口を固める。維月は一人、輝重について隣の部屋へ移った。


その少し前、森の東では、利晋と数人の軍神達が、紅雪を連れて飛び上がって来た所だった。

それを見た蒼は顔をしかめた。完全に囲んでは居るが、これでは手を出せない。

「話しをしようとしておるのか。」

蒼が進め出て言った。利晋は首を振った。

「話した所で、聞くまい。聞いても、わからぬであろう…このように恵まれた土地に居て、月に守られて来て、しかも人であった王にはの。」

蒼は険しい顔で利晋を睨んだ。

「では、何が望みだ。」

利晋は数人の軍神と刀を構えた。

「我らの望みは始めから同じ。」と、斬り掛かって来た。「ここで一族を繁栄させることだ!」

李関が物凄い速さで蒼の前に出てそれを受けた。他の軍神達も囲みを縮めてものの10人ほどの軍神達に対峙した。しかし、中心に紅雪が居るので、思ったようには気も使えない。対して相手は気弾も向けて来る。

蒼は後ろに下がってそれを見た。維心が眉を寄せる。

「…おかしいの。仮に人質がいるとは言っても、とても持ちこたえられる訳はない…ものの数分であろうて。なぜに…」と、宮の方を見た。宮から、何かの狼煙のような光の玉が一筋、打ち上がって消えた。維心は顔色を変えた。「我としたことが!」

維心は一気に宮へ向けて飛んだ。蒼が気付いて叫んだ。

「宮だ!」と、軍神達に言った。「陽動ぞ!」

「もう遅いわ!」

そちらに気を取られた李関に、利晋は刀を振り下ろして斬り付けた。李関は咄嗟に防いだが間に合わず、傷を受けて下へ落ちて行く。

「李関!」

信明が急降下してそれを追う。利晋はその隙に、他の軍神達と共にかなり上空へ飛び上がって、宮の方へ一目散に飛び去って行く。月の宮の軍神達もそれを追って必死に飛んだ。


宮には、大きな結界が張られ、拒まれている者は誰も、維心ですら入れないようになっていた。維心は歯ぎしりした。

「…我の気が消耗しておらねばこのようなもの、破って見せようものを。」と、その結界を見て傍に浮いた。「王族が張っておる結界ぞ…これでは我以外には破れぬ。だがここの領地の結界を消失しなければ、我にもこの敵の結界を破ることは出来ぬ。」

ふと、蒼は、大広間横の部屋の窓から、維月の姿を見て取った。その隣の大広間には、臣下達が生きて集められているのが見えた。そしてまたその隣の部屋には、治癒の龍達が忙しなく動きまわっているのが見えた。

「皆…無事か。」

蒼はホッとした。誰も欠けているようには見えない。どうやら敵は、そこまで残虐でもないようだ。

「維月!」

維心が隣りでそれに気付き、その窓の近くに飛んだ。中の維月はこちらを見て、慌てて窓に駆け寄って開けた。

《維心様!》

まるで遠くから聞こえるように維月の声が聞こえる。維心は目を光らせて叫んだ。

「己れ、我が妃をこのような所へ篭めよってからに!」

維心は見る間に龍身になった。維月が中から叫んだ。

《維心様!大丈夫でございまする!》

維心は大きく口を開くと、そこから気を放出させて結界を襲った。

《我が妃を返せ!このようなもの!気が満ちておれば簡単に壊せるものを!》

結界は維心の攻撃を受けて激しく光り輝いている。宮がそれに伴って大きく震え、揺れているのがわかった。蒼は叫んだ。

「維心様!結界が破壊されてもそれと同時に宮まで破壊されまする!中に居る者が皆!」

《維心様!維心様、私は大丈夫でございまする!》維月が必死に叫んでいる。《お時間を!必ず良いように話を致しまするゆえ!そのようにご無理をなさらないでくださいませ!》

維心は気の放出を止めると、維月を見た。

《維月…。》

維月は微笑んだ。

《ひどい扱いなど受けておりませぬゆえ。むしろ、とても落ち着いておりまするのよ?維心様、落ち着いてくださいませ。》

維心は頷いた。

《…ここに居るゆえ。》

維月は首を振った。

《ずっと浮いていては疲れてしまいます。あちらから見えるのですから…》維月は、結界の中に入っていない、軍の宿舎のほうを指した。《あちらから見ていてくださいませ。私は陰の月です。だから、大丈夫なのです。》

維心は己で戻ったのではないように、人型に戻った。気が消耗されて、龍身を維持できなくなったのだ。

蒼が慌てて近寄って来て、維心を支えた。

「維心様、宿舎のほうへ。さすがにお疲れなのです。」

維心は気を補充しようと、体が勝手に眠ろうとしているのを感じた。

「…維月から離れとうない。」

蒼は頷いた。

「大丈夫、見える位置へ参りまするので。」蒼は傍の軍神と手分けして、維心を支えて宿舎の方を向いた。「母さん、また来るから。」

維月は頷いた。

《ええ。維心様をよろしく…。》

心配そうにこちらを見る維月を背に、蒼は軍宿舎へと飛んで行った。月の宮の軍神達は、交代で宮を囲んで結界が緩まないか見張り続けたのだった。



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