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事実

湖の近くには、あの戦の折、蒼が作らせた墓所があった。

軍神達がそこへ、陽花を連れて到着すると、墓所の入り口を開け、中へと入って行く。恐らく、地下へ埋葬するためであろう。

それを見とめた玲は、紗羅と共に近くの木の影に身を潜めて、気を抑えてじっと座っていた。あの埋葬が終わってから、軍神達が去って行くのを待とう。

軍神達は、すぐに墓所から出て来て戸を閉めた。葬儀などはまた改めてということなのだろう。そして飛び去って行くのを見送って、玲は紗羅の手を引いて森のほうへ回り込んだ…この辺りの結界が、確か薄いはずなのだ。

「どこへ行く?」上から声が飛んだ。「オレには全部見えると知ってるだろう。」

玲は見上げて、十六夜の姿を見て取ると、必死に言った。

「頼む、我達を外へ出してくれ、十六夜!我は…どうしても紗羅を助けたいんだ!信明殿が陽花殿を斬ったと聞いた。明人だって何をするかわからない。こんな所に紗羅を置いておけない!」

十六夜は、顔をしかめて頭を掻いた。

「んーお前、信明がほんとにただ邪魔だから陽花を斬ったと思ってるのか?そりゃ考え違いもいいとこだ。オレ達は今、何も言わない信明の代わりに、その理由ってのを探してるのさ。結界が、なぜか変に騒ぐんでな…何かあるかも知れない。こんな時に外に出ない方がいいと思うぞ?紗羅にだって今は危険だ。どうしても出て行きたいなら、落ち着いてから筋通して行きな。紗羅は明人が面倒見てる女だ。明人から奪いたいなら、正々堂々としなきゃな。こんなこそこそするんじゃなくよ。」

玲は紗羅を見た。

確かに、結界が揺らいでいるような時に、外へ出て自分に紗羅を守って行ける力はない。玲は紗羅の手を握る手に、力を入れた。

「…じゃあ、我は戻る。十六夜、必ず筋を通す。」

十六夜は頷いた。

「ああ。だが、今明人はそれどころでないと思うがな。母親が殺されて、犯人は父だ。自分を責めててオレも声のかけようがないぐらいだ。良識があるなら、しばらく待ったほうがいいんじゃねぇか?」

玲はためらったが、頷いた。

「そうだな。」

玲は、そんなことにも思い当たらなかった、自分を恥じた。明人は友なのに…自分をあれほどに気遣ってくれていた友。玲は顔を上げた。

「紗羅、戻ろう。我はもう一度、きちんと主を手に出来るよう、努力してみる。」

紗羅は黙って頷いた。十六夜が言った。

「ちょっと、紗羅を送ったらこっちへ戻ってくれないか。お前確か頭良かったよな。手伝え。」と、墓所の方を指した。「陽花をもう一回調べようと思ってるんだ。お前から見てどうか、言ってもらえねぇか。」

玲は驚いたようだったが、ひとつ頷くと、急いで宮の方角へと飛んで行った。


李関は、桜を治癒の龍に引き渡すと、急いで宮の地下牢へ走った。宴の折、桜は、信明に傍に付いていてもらえるのだと、とても嬉しそうに話していた。このままでは一人で戦わねばならない。それが涼であったならと思うと、李関は居ても立ってもいられなかった。

地下牢に付くと、信明は窓の方を向いて、じっと座っていた。李関が息を切らせて走り込んで来ると、信明は驚いたようにこちらを見た。

「李関?何事ぞ。」

李関は乱れた息の間から言った。

「約したことぞ。」李関は言った。「桜殿を宮の治癒の龍に引き渡して来た。」

信明は驚いて立ち上がった。

「桜が…産気付いたのか!」

李関は頷いた。

「此度の事を王が告げに参った時であった。おそらくショックで早まったのであろう。桜殿は主を信じておる…今も主の名を呼んでおる。」

信明は衝撃を受けた表情になって、そしてうなだれた。

「我は傍に居てやれぬ。李関、付いていてやってくれぬか。」

李関は首を振った。

「何を甘えておる。あれは我の妻ではないわ。」と、李関は牢の格子に近付いた。「信明、まだ間に合う。何があったのか話すのだ。」

信明は迷うように李関を見たが、首を振った。

「…駄目だ。我は陽花を斬った…我だけが幸福になる訳には行かぬ。」

李関は怒鳴る様に言った。

「もう二人不幸にするつもりか!」信明はその剣幕に顔を上げた。李関は続けた。「桜と子に、なんの罪もないというのに!明人もそうよ!主は我がままが過ぎるわ!」

そうはっきりと言い切られて、信明は呆然と膝を付いた。確かにそうだ。我は何もかも不幸にしようとしている…。

「李関。」信明は顔を上げた。「主には話す。王にお伝えするかどうかは、主が決めてくれ。」

李関は頷いた。信明は椅子に座り直すと、格子の中から話し始めた。


宴が終わった後、信明は陽花のことをはっきりとさせるために、数か月ぶりに屋敷へ戻った。数人居るはずの召使いが一人も居ない。

「陽花。」

信明は呼びながら、居間へ入った。陽花が、奥から出て来た。しかしその目は、最早普通ではないようだった。自分に対する憎しみがそうさせるのか…信明にはわからなかったが、それでも陽花に話し始めた。

「召使い達はどうした。主一人か?」

陽花はフッと笑った。

「私は一人よ。ずっとここで。召使いなんて、私にあの小娘をここへ入れるように言うのですもの…女主人は最早あのかたでございますってね。だから、皆もう居ないわ。」

信明は眉を寄せた。

「居ない?どういうことだ。」

陽花はそれには答えず、信明に歩み寄った。

「そんなことより、私に会いに来てくれたんでしょう?共に人の世に戻る、決心は出来た?」

信明は距離を取った。

「そのようなつもりはない。明人もやっとのことで神に戻ったのだ。王にも申し訳は立たぬ。それに、我は神であるから、神の世に留まりたいと願い、それが当然だと思う。」

陽花はいきなり叫んだ。

「何が神よ!私も神だなんて虫唾が走るわ。神の世なんて、所詮私には慣れないの!帰りたいのよ!人の世に!一緒に行きましょうよ!あの時は来てくれたじゃない!」

信明は同情気味に陽花を見た。

「…我は若かったゆえ。主は死ぬほどつらいと言っておったではないか。なので、不憫に思うた。それで人の世へ渡った。しかし、我も人の世でつらかったことは、主にはわからなんだか。」

陽花はフッと笑って頷いた。

「知っていたわ。だって、私が寝た後いつも押入れの甲冑を眺めていたじゃないの。気付かないふりをしていたの…見られたくなかったのではないかと思って。」

信明は衝撃を受けた。知っていた…それでも、何も言わなかったのか。あまつさえ、それを思い出して、陽花は笑うのか。我の気遣いは、陽花にとって当然のことであったのか…。

「…我は人の世へは行かぬ。正妻は王族であるゆえ桜。主、どうする?面倒を見ることはする。がしかし、ここは桜の屋敷。主は別の所へ房を与えるようにする。最早我は主に通うことはないであろうがの。」

陽花は急に表情を険しくしてぶるぶると震え出した。顔が赤くなって来る。

「よくもそんなことを!私が妻でしょう!新しい女がいいって言うの!」

信明は首を振った。

「そうではない。主は、我が想うておった主ではなかった。我は夢を見ていたのかもしれぬの。思えば、我は安らぎというものを感じたことがついぞなかったやもしれぬ。今、やっと幸福であるのよ。邪魔はせんでもらいたいの。我は、これからは我のために生きる。主のためではない。」

陽花はまだ怒りの表情で震えていたが、フッと笑った。そして、言った。

「そう」と、握り締めていた手を開いた。「じゃあいいわ。私、あるかたに出逢ったの…ここでこれを発動させたら、人の世に帰れるって。」

信明は、その手の平に掛かれてある変な模様の絵のようなものを見て、嫌な予感がした。あれはまさか、仙術ではないのか。

「…何をするつもりだ。」

陽花はその手を天井へ向けた。

「ここを無くすのよ!そうしたら、誰もかれもこには住めなくなるでしょう。あなたも明人も、人の世に戻るしかなくなるでしょう。あなたが大好きな、なんでもいう事を聞いて差し上げるあの王が守る地が無くなる訳だから!」

陽花の手の平から光が立ち上った。信明はその眩しさから目を庇いながら思った…なんと大それたことを。月の結界を破ろうというのか…。だが、そんなことまでさせてしまったのは、自分なのだ。陽花は人の世に帰りたいあまり、どこかの輩に付け込まれ、そして、このようなことに手を染めて…。

信明は刀を抜いた。それを見た陽花は、一瞬ぎょっとした顔をしたが、すぐに笑った。

「あなたに私が殺せるはずなんてないわ!そんな度胸もないでしょう。」

信明は、首を振った。

「罪を被るのは、我だけでたくさんよ。」信明は、陽花の胸を一突きにした。「逝くがよい。楽になれる…罪を背負って、一生送ることを思えばの。」

光りが一瞬にして途切れた。陽花は、信明を見た。

「あ…まさか…。」と膝を付く。「あなたが…刺すなんて…。」

陽花は、血だまりの中へと倒れた。

信明は抜き身の刀を血で染めて、じっとそこに立っていた。そこまでさせてしまった我。主にこれ以上罪は背負わせぬ…。

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